体育教師、殺害

 その後、LINEを交換しやり取りをしている中で、黒野と遠山は同じ高校に通っていることが分かった。

 黒野は昇降口の外にある青いベンチに座っている。冬に近づくにつれ空気が澄み渡り、周囲の景色がクリアに見えた。

 そこに、ブレザー姿の遠山が現れる。なかなか似合っていた。

「学校で会うのは初めてですね」

「同級生に黒野さんがいたのに、今まで知らなかったことが悔やまれます」

 そんなことを話しながら、二人で最寄駅まで歩いた。

 遠山はかなり緊張していたようだ。所々で言葉を噛んだり、たどたどしくなったりする。終いには、脚がもつれて転びそうになった。

 可愛いなと思いながら、黒野は体制を戻すのに手を貸す。すると、余計に緊張が増したようで、さらに足元がおぼつかなくなる。

 それでも、二人はまた歩き出した。

 遠山は自分語りはせず、ちゃんと黒野の話も聞いてくれる。それに、会話や仕草の節々から良い人だなと思わせるオーラがあった。

 最後の交差点。道幅も狭く、車通りはほとんどない。黒野と遠山は並んで赤信号を見つめていた。すると、遠山が左手をもぞもぞさせる。手を繋ごうとしているようだ。でも恥ずかしいのか、苦悩しているのが伝わってきた。

 黒野は緊張をほぐしてあげようと話しかけ、遠山もさっきまでのように返してくれる。でも結局、その日は指を絡ませることはなかった。そして信号はなかなか青にならなかったのである。

 黒野と遠山は駅に辿り着いた。この駅は無人で、改札もない。特徴といえば、昔ながらの木製屋根が付いているくらいだ。

 遠山は電車通学だが、黒野は駅を越えてすぐのところに家がある。だから、ホームにつながる階段の下でお別れをした。

 遠山は最後まで、手を振っている。黒野もそれに応えた。

 そして、お互いの姿が見えなくなった瞬間、黒野の胸にいつもの衝動が訪れる。全身に力が湧いてきた。何でもできそうな全能感。高揚。破壊願望。

 胸がキューっと締め付けられる。黒野は胸に手を当て、自身を強く抱く。

 また、人を殺したいと思ってしまったのだった。


 実行は三日後にした。殺すのは、黒野と遠山の学校に勤める体育教師だ。彼は白髪混じりの爺さんで、話が長い上に、大した事も言わない。そして気に入った生徒を贔屓して、さらには女子生徒にセクハラまがいのこともしてのける。一言で言えば、時代遅れの老害だ。

 ターゲットを彼にした理由は特にない。恋愛と同じかもしれない。誰かを好きになるのは、顔が良いから性格が良いからと理由付けをできなくもないが、基本的にはふとした瞬間であり、きっかけなんて大したものではないのだと思う。

(まぁ恋が何か、知らないけど)

 そして、当日。この日は用事があるからと遠山と帰るのを断った。

 黒野は教室で時間が来るまで自習をする。狙っているのは、他の生徒・教師が帰った後だ。あの体育教師は誰よりも早く学校に来て、遅くまで残ることがとても素晴らしいことだと思っているらしい。

 9時ごろ、そろそろかと思って教室を出る。やはりほぼ全ての教師が帰ったようで、職員室まで明かりが付いている部屋はなかった。

 そして唯一明かりの灯った職員室にやってくる。念のためノックを三回し、中に入った。

 思った通り、中にいたのは体育教師だけだ。職員室の真ん中の方にぽつりと座っている。

「先生、ちょっと相談があって」

 実は黒野も気に入られている生徒の一人だった。だから、甘えた声を出すとなんの警戒もなく近づける。

「おお、どうした?こんな時間まで、勉強していたのか?」

 体育教師は、少し嬉しそうでさえある。彼はパソコンを見ているが、大したことをしているようではなかった。

 黒野は彼の背後に回る。気持ちの高鳴りが、最高潮を迎えていた。そっと腕を伸ばし、後ろから抱きつくような形になる。

「何をしているんだ?」

 体育教師は戸惑いながらも、鼻息を荒くする。黒野の右手に小型ナイフが握られていることにも気づかず。

「気をつけ、礼。さよ〜なら〜」

 黒野は耳元で囁きながら、体育教師の首を掻き切った。血が鮮やかに宙を舞い、床に飛び散る。

 黒野はまるで言葉で表すことのできない高まりを感じていた。きっと告白に成功するとこんな気分になるのだろう。自然と満面の笑みになる。そのまま、職員室の端まで駆けていき、窓を全開にした。夜の鋭い冷気が、全身を刺激する。快感。たまらない。何度やっても飽きない。

 そうやってしばらく余韻に浸った後、田辺に連絡する。

「盗聴器、しっかりと回収してね」

 黒野は計画的に人を殺す場合、必ず盗聴器を使って情報を収集する。そして、前に一度田辺が死体の処理に気を取られて、回収し損ねたことがあるので、毎回釘を刺すようにしているのだ。

 電話を切った後、この先は彼に任せようと思い、職員室の引き戸を開く。

 その瞬間、妙に嫌な予感がした。第六感とでもいうのだろうか。

 そこには、遠山がいた。

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