言い訳!!!!!!!!!!!

 押し潰す重い風切り音に、鋭利な風圧が押し寄せた。サルジの頭を狙っていた半グレの視界にあったバットが、一瞬で消え失せる。


 バキィンッ!


 かっ飛ばす音とは言い難い、何かが粉砕する音が追い付いた。半グレはそこで何が起きたか、やっと理解する。振り下ろしたバットを、八雲が回し蹴りで半分に折ったのだ。中心の太い部分が綺麗に真っ二つになってしまった事が、その破壊力を物語る。


「はあぁあッ⁉︎ これ金属バットだぞ!」


「なんで こんなこと するの?」


 ゆらりと、八雲はそう口にした。バットが破壊された事に驚き続ける半グレの左頬に一発、八雲は躊躇なく回し蹴りを食らわせる。


「ガ……ッ⁉︎」


 半グレの開いた口から、血飛沫と歯が2本飛び出ると、一瞬で麓の道に生える木にバァンッッと叩き付けられた。何が起こったか分からない集団の中で、それを理解しているのは額の傷が疼く杉本だ。八雲ではなく、快晴とサルジを襲ったのも、半グレ集団をかき集めたのも、からなのだろう。


「……また出やがったな、『マジな奴』が!」


 八雲はメガネの奥から強い眼力を覗かせながら、ゆらり、ゆらりと、息を呑む半グレ達に接近していく。それは、祖父の武生たけきが危惧していた極限状態ゾーンに入ってしまった、八雲の姿である。


「し、新入……部員、おち……つけ」


 サルジが気力を振り絞って声を掛けるが、それも聞こえていない程、八雲は半グレ達に集中していた。そこに杉本が、一斉攻撃の声を上げた。


「流石のお前でも、この人数と銃には敵わねぇだろうがぁ!」


 しかし全てが手遅れだった。八雲は、真っ先に銃を持っている男の腕を蹴りで払い除け、両手首をへし折った。人数任せに突っ込んでくる半グレ達だが、鋭い蹴りや強烈な突きで次々に薙ぎ倒されてゆく。


「じゃま」


 怒りや悲しみを限界突破した八雲に、攻撃はもう届かない。何十人もいた半グレ達は、八雲に圧倒され、痛みで唸りを上げる者、一瞬で気絶させられた者が積み重なり、その中で動けるのは、杉本だけになってしまった。


「嘘だろ……こんだけ、武器と、強ェ奴……集めたのに……ッ!」


「もういっかい あのひ やる?」


 トラウマを呼び起こす静かな声に、ヒィッと杉本は腰を抜かしてしまった。絶望させる顔を見たいが為に、暴力に長けた大人を寄せ集め、仲間に手をかけた。もう、なす術がない。


 ドバァァンッッ!


 ヒュッと八雲が回し蹴りすると、人体にクリーンヒットした音が静かな朝に共鳴する。バサバサッと、木で休んでいた山の鳥達が一斉に飛び立つと、硬直していた杉本の意識が痛みを探す。しかし、身体に何も起こっていない。


「…………はっ……?」


 極限状態ゾーンに入っていた八雲が、声から元の人格に戻っていく。蹴った右足は確実に手答えがあった。しかし、それは杉本に届いていない。両腕を使って攻撃を防いだのは——頭から血を流した快晴だった。


「……ッとり……君?」


「いッッッッてぇ……えぇ〜……ッさすが、クモの足……だぜッ!」


 受け止めたとはいえ、金属バットを一発で真っ二つにする破壊力の蹴り。まともに食らった快晴の左腕は青い大きなアザが広がり、赤く腫れ上がる。当たり所が悪ければ大惨事だ、八雲は罪悪感で元に戻った。


「服部くんッ! な、なんで……」


「はぁ……ハル……お前……!」


「は……、はは! 見ろォッ、なあ二瓶ェッ!」


 無傷の杉本は、すかさず精神攻撃を加えた。極限状態ゾーンに身を任せていた八雲に、あの日のトラウマが駆け巡る。無意識な自分の蹴りで、人を傷付けてしまった、あの出来事が。


「お前はそうやって、無意識に他人を傷つける! 悪気がない暴力が、一番タチ悪りぃんだよォッ!」


「ご、ごめんなさ……ごめんなさぁ……!」


「問題ないッ……俺は、クモを……許す」


 パニック寸前になる八雲と、追い詰めようとする杉本の間にいる快晴が、ニヤリと余裕の表情でそう言い放つ。その言葉の意味を、二人とも理解出来なかった。


「……その手ェ見て、分からねぇのか? 誰のせいで、そうなった⁉︎ 何で、そんな怪我させられて許せるんだよォッッ!」


「んなの、わざとじゃないからだぁ——ッ!」


 八雲の濁った瞳に、朝日が射した。ずっと自分に非があると、言い聞かせてきた八雲。自分が悪いと、無理矢理納得してきた八雲。しかし心のどこかで、言い訳したいと蹲る八雲もいた。


「わざと……やっ……じゃ、……いんだ……」


「おう、そうだ……ッ、無理矢理、俺がクモのッ、間合いに……入ったから……なッ! いでで……ッ」


「わざとやったんじゃないんだッ! だから……ごめん、あの時も、今も、僕のせいで怪我させて……ごめん……ごめんなさいッ!」


「いいぞッ! 俺は、クモをゆる————ッす!」


 そのやり取りを見て、杉本は意味が分からず固まった。全てが自分の思い通りにいかず、苛立ちが自尊心を正当化させていく。


「ふざけるな……許せるわけねぇだろ? お前は俺のを台無しにしたんだ……ッ」


「杉本……くん」


「俺は、世界から認められるべき人間だ……! なのに、全部上手くいかない……お前のせいだぁッ!」


「俺だって……うまくいかなかったさ」


 勝ちと価値に執着する背にいる杉本に対して、快晴は何かを思ってそう言った。蹴りによって腫れ上がった腕は、痛みでプルプル震えている。


「今まで俺は、全部勢い任せでなんとかしてきた……ッ。でも……セパタクローのメンバーだけは、サル以外どうしても集まらなかった……ッ!」


ハル……」


「足だけなんて無理って、こんなマイナースポーツのどこがいいのかって……ッ! 知りもせずに、離れていっちまうッ! ……どうにもならなくて、俺は運命を変えるっつぅ、ことわざに頼ったんだッ!」


「……服部くん」


「色々試して……、一年半……ッ。やっとクモに出会えた。お前の足は……絶対、セパの世界を面白くするッ! それが間近で見られるなら、俺は巻き込まれて腕折られようが、足折られようが……銃で頭ぶち抜かれようが……問題ねぇッ!」


 快晴は絶対的な信頼を八雲にぶつける。彼がセパタクローにそこまで執着するのは、選手としての難しさ、認知される事の難しさが根本にあるのだろう。


から、セパタクローはおもしれぇんだッ! なぁ、サル——ッ!」


「ああ……、そうだハル……だからおれは、お前に、ついて行くんだッ!」


 ボロボロの二人の熱意を受ける、無傷の八雲。難しいから、仲間が必要だから、ここまで信頼されている。それを知った臆病者の心に、セパタクローの火が完全に燃え移った。


「ありがとう。服部くん、紅葉川くん……僕は、もう大丈夫だよ」


「……クモ?」


 八雲は快晴を横切って、腰を抜かしたままの杉本に歩み寄る。そして突如、踏みつけるような蹴りを繰り出した。迫り来る風圧で押し倒された杉本は、身体が仰向けになる。


「…………ッッ!」


 杉本は、乱れた呼吸で息を呑んだ。顔のすぐ真横に、コンクリートを粉砕した八雲の右足がある。何も傷を負わされていないが、圧倒的な力に怯える杉本を立ったまま覆い隠す八雲は、冷静に見下げる。


「試合に遅れるから、邪魔——しないでくれる?」


「に……ッッにへぇいぃぃ……ッッ!」


「……。僕がまた、落ち込むとしたら、二人の前でした時くらいだと思う」


「……。……!」


 八雲の言葉に何か、ハッとした杉本は仰向けにされたまま、動けなかった。だいぶ時間を食ったセパタクロー部の三人は、試合の事しか考えてないのか、お互いに肩を貸しながら、その場から離れていく。


「もう暴力じゃ、あの顔は見られない……?」


 残された杉本は、ボーッと空を見つめる。雲一つない綺麗な朝空にふと、表情が歪んだ八雲の顔が浮かんだ。その幻に囚われた杉本は狂っていく。


「また見たい……。二瓶の歪んだ顔を……、俺はもう一度見たい……見たい……見たい、見たい見たい見たい見たい見たいぃッ!」


 まだ意識の残っている半グレの一人が、狂気の声を上げる杉本を無言で見つめる。まだ満たされない復讐心は、新たな執着心の粘度を上げていくのだ。


「セパタクローやってる高校を、今すぐ調べ上げないと……ッ俺が、利用してやる……全てなぁぁ——ッッ!」


 杉本の叫びが、静かな山に木霊こだます。それは何としても、自身の力で全てを行使し、八雲を陥れんとするに化けた瞬間だった。

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