サル、ハル、クモ!!!!!!!!

「今日もお疲れッ! サルッ、クモッ!」


 活動二日目の放課後。学校近くのコンビニで、快晴が30円のチョコレートバーをサルジと八雲に押し付ける。出会ってまだ間もないが、フレンドリーな呼び方に八雲は困惑する。


「あ……ッ、ありがと、あの……クモ……って、僕の事?」


「そうだッ! 試合のコミュニケーションは迅速でなきゃいけねーッ! だから、二瓶八雲にへいやくもッ、今日からお前はクモだッ!」


「う、うん……?」


「ちなみにサルの名前、サルジってスリランカだかインドだかの言葉で、『かみなり』って意味らしいぜッ! カッケェよなぁッ!」



「……そうでも、ないって」


 チョコバーをかじりながら、快晴に名前を褒められて照れるサルジ。この輪の中に居られる事に感謝しながら、八雲はチョコレートバーをかじる。


「そッ、それにしても、僕がアタッカーで大丈夫なのかな……? 勢いなら、服部くんのほほッ、方があると、思うんだけどな……」


クモの蹴りやべえんだよッ! 一発目から、ネット上からアタック決められてんだぞッ!」


「いくら格闘技経験者でも、あの動きとピンポイントなキックはおかしい。それにお前、体力テスト男子で一番なんだろ?」


「う……ち、小さい頃から、じいちゃんに格闘技……教わってたし、家の石段で……足、鍛えられてるし……」


「それにしたってさあ……。あーあー、運動センスある奴はいいよな、必要な努力が少なくて」


 相変わらずサルジは、八雲と距離を置いた言い方をするが、チームメイトとしてやっていく事はちゃんと弁えているようだ。そこに快晴が間に入って、二人と肩を組んで寄せる。


「とにかくッ! 週末は大学生チームとの練習試合だッ、完膚無きまでにボッコボコにするぞッ!」


「えぇ……だッ、大学生でしょ? 先輩に、そんな強気でいいのかな……」


「いい————ッ! 俺らは、セパタクローで世界をひっくり返すんだ、全員敵だ——ッ!」


「ぐあぁあ……ハルッ! 耳元で大声出すなッ!」


「……〜ッ、はぁッ、服部くん……せ、世界をひっくり返すって、どどど、どういう事?」


 サルジは、どうせ少年海賊漫画のセリフから取ったんだろという目線を送る。すると快晴は明るい夕焼け空を見上げて、ニコニコ顔で言った。


「セパってさ、視界が目まぐるしいスポーツだろッ! 何回も何回も頭と足が逆転するッ、世界がひっくり返ったようになーッ!」


「……?」

「んー……うん?」


「とにかくッ、俺は形勢逆転って奴が好きなんだッ! サルと出会って、聞いた事ないスポーツと出会えたッ。運命を変える座右の銘を探してたら、クモに出会えたッ!」


ハル……」


「そういうのって、なんつうの……じんせいの、てんきだっけッ? とにかく、新年号にセパタクローを流行らせるのは、俺なんだよッ!」


「人生の、転機……」


 八雲はその言葉を間近に聞いて、ふと考える。快晴と出会わなければ、セパタクローをやろうとも思わなかっただろう。これもまた、人生の転機というもの。上手く言えていない感はあるが、それで満足したのか、快晴はそのまま帰り道に向かっていく。


「てなわけで、三人で世界をひっくり返そうなッ、サルッ、クモッ! じゃあ解散ーッ、また明日も練習頑張ろうぜーッ!」


「うん……じゃあね、服部くん!」


「……。おれは、ハルと同じ方向寄ってから帰るから。じゃあな、


「ま、また明日……紅葉川くん……ッ」


 肩を並べて帰っていく二人を、八雲は静かに見送っていく。快晴に対するサルジの依存っぷりを見て、邪魔しないように頑張ろうと決心した八雲は、反対方向の道を歩く。


「すごいなぁ……服部くんは。僕も見習いたい……」


 快晴の強い行動力に関心しながら、八雲は暗くなっていく住宅街の間を抜けていく。誰かと一緒に何かに取り組むのは、彼にとっては随分久しぶりの事。あえて自身を傷付けながら、臆病になっていた心が癒されていく。


「また、誰かの為に……頑張りたいな」


 その言葉を呟いた瞬間、八雲はスッッと上体を後ろに下げる。その判断は正解で、横から遮断機が突き刺さるように伸びて、塀を蹴飛ばした足があったのだ。


「杉本くん……ッ!」

「随分楽しそうじゃん、二瓶……」


 八雲の道を片足で塞ぐのは、両ポケットに手を突っ込んだ杉本だった。その表情は、静寂の中薄暗くなっていく街に合わせて、闇深く、不安を煽る。


「何おまえ……、部活始めたの?」


「そ……ッ、そうだよ」


 拳が顔面に向かって飛んできて、八雲はバシィと払い除けた。そうだね、より軽々しいイントネーションと、暴力では手も足も出ない事が、杉本の中に渦巻く苛立ちをより荒くさせる。


「お前キモ過ぎだろ……、俺より充実してんじゃねぇよ、クズ野郎」


「……僕は、ただ……誰かの為に——」


「じゃあ俺の為に、死ねや」


 鋭利な言葉を突き付けられて、息が一瞬止まる八雲。額の傷に刻まれた過去は、痛みは、杉本から消える事はない。


「だが、俺が求めてんのはそういうのじゃねえ。二瓶に味合わせてぇのは、苦痛と、絶望と、暴力での復讐だ」


「分かってる……杉本くんの気が済むまで、僕に文句を言う資格は……ないから」


「首長くして待ってろよ。俺の人生、狂わせた報いは必ず受けさせてやる」


 杉本はそう言って足を引っ込めると、それ以上何もせずに、街灯の少ない細道に姿を消していった。八雲の人生の転機は、未だに悪天候続き。二人の空模様が変わる兆しは、見えない。

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