念願のレグ!!!!!

「この競技ボールは、母さんの故郷で使われてるものだ。今はプラスチック製の紐を編み込んだものが一般的になってる」


「なるほど……プラスチックでも、他の球技ボールより痛くなさそう……あ、あのぅ……さっき服部くんが叫んでいた『ウインターシュガー』って、なッ……、なんですか?」


「ああ、あれ? 宙返りキック技の『サマーソルト』ってあるじゃん。アレのハルバージョンみたいなもんだよ」


 二人が実際にプレーする所を見た後に、サルジからセパタクローについて、解説を受ける八雲。無理矢理連れて来られたが、ダイナミックな攻防戦に興味を持ち始めていた。


「……最初は、なんだろう……って思いましたけど、見応えある……スッ、スポーツですね」


「まあ、少しでもセパタクローについて知ってもらえたならいいよ」


「よっしゃあッ! これで俺ら三人で、念願の合同試合と高校生大会に参加出来るなッ!」


ハル。悪いけどおれは、コイツが入部する事認めてないけど」


「何ぃ————ッ⁉︎」


 歓迎ムードだと思っていた快晴は、サルジの一言に大声を上げる。八雲もそこで、自身が元々部活動をやる気が無いのを思い出した。


「セパタクローは、まずフィジカルが強くないと話にならないだろ。おれらに足りないのは、決定力を上げる『アタッカー』だ。ド素人で穴埋め出来るほど、この競技は甘くない」


「いやいやいやッ! こいつマジすげーんだってッ! こんな身なりだけど、スゲーんだって!」


「高さ152センチのネットが張られている以上、攻撃にも防御にも高打点の足技が必要なんだ。部活感覚でやって、身に付けられるものじゃないだろ」


 サルジの言ってる事は正しい。セパタクローは空中にあるボールを落とさず、足と頭で返さなければならない種目。サッカーやバレーボールより知名度が低いのは、基礎身体能力の難易度にある。


 二人がラリーで見せた足技も、身長の高さより上に足が来る事が多かった。つまり、これが選手として活躍する為の『最低限』なのだ。バック転や宙返りが出来て当然だよね、と言われているようなもの。


「セパタクローは、三人じゃなくても試合は出来るだろ。おれとハル……ダブル種目でやればいいんだ」


「待て待てッ! セパタクローの大会はどこも、基本三人一組の『レグ』じゃんかッ! 俺はちゃんとした選手権大会で試合して、名を上げたいんだよッ!」


ハルの言いたい事は分かる。でも、俺たち二人なら……コノママ、二人だけで——」


「よぅしッ! そこまで言うなら、二瓶八雲にへいやくものスッゲェ所を見せてやろうッ!」


 二人にこだわるサルジを押し退けて、蚊帳の外だった八雲に迫っていく。しかし八雲の本音としては、部活をやりたくない気持ちの方が強い。


「いや……ッ、いッ、いいよ……僕、部活は、や、やるつもり……ないし……ッ!」

 

「なんでぇ——ッ! お前、絶対セパに向いてるって——ッ!」


「で、でも……ッ」


「だって部活もやってねぇし、なーんか暇そうだしッ。そういやさっき、お前不良達に絡まれてたなあッ、なんでだッ?」


 何としてもセパタクロー部に引き摺り込もうと、快晴は八雲の現状を追求し始めた。不良生徒達との問題に、他人を巻き込みたくない八雲は、両手を伸ばして言い訳をする。


「あ、あれは……僕が、悪いから……ッ」


「そうなんッ? どう見ても、いじめにしか見えなかったけどな〜ッ。じゃあ、俺があいつらに理由聞いてみるッ、いじめならやめさせるッ!」


「わあぁああッ、それだけは……ッ! や、やめて……ッ、ほ、欲しい!」


「じゃあ、部員になれッ!」


 自己犠牲だけで済ませたい八雲は、追い詰められていく。実際いじめに片足を突っ込まれているが、自身でなんとかなる範疇だ。これ以上、問題に触れて欲しくない焦りで、入部を避ける思考が鈍る。


「わ、分かったよぅ……僕がッ、や、役に立てるか……分からないけど……」


「やったぜ————ッ!」


「おい、待てハルッ! さっきも言っただろ、この競技は、簡単じゃないんだぞ!」


「んまぁ、見てろッて! おい、二瓶八雲にへいやくも、俺と同じ技できるよなッ⁉︎」


「……できま、せ……」

「できるよなぁ——————ッ⁉︎」

「……でッ、できますん……」


 できません。と、できます。の言葉がごちゃ混ぜになってしまいながらも、八雲は快晴に背中を押されて無理矢理コートに入れられる。ネットの先には、色々な意味で介入を拒むサルジが立っている。


「おぉし、サルッ! 高めのトスを、そっから上げてやってくれ——ッ!」


「そこまで言うならやるけどさ……いきなり、アタックをやらせるのか?」


「いいから、俺が合図したらやれ——ッ!」


「分かったよ……」


 サルジの困り果てた返事を聞いた後、快晴は身振り手ぶりをしながら、アタックの説明を始めた。本当に彼は、ウインターシュガーと同じ技を、八雲にやらせるつもりなのだろう。


「いいかッ? 蹴り方は自由でいいから、足技で向こうのコートに一発決めてみろッ!」


「そ、そんな……ッ、いきなりこれ……?」


二瓶八雲にへいやくもなら出来る——ッ! 出来なかったら、お前ん家に毎日行くからなッ!」


 うわあ、と八雲は顔色を悪くした。穏便に過ごしたい思いからしたら、毎朝こう騒がしくされてはたまったものではない。それに今更、身体能力を誤魔化した所で、もっと快晴はうるさくなるだろう。


「分かった……同じように、やッ、やるよ……」


「うぅしッ、サル——ッ! トス頼むぅッ!」


 快晴の合図で、サルジは高めのトスを投げてあげた。快晴から期待の視線を浴びながら、八雲は頭上にあるボールに注目する。


 コートに立ってみると、ネットが意外にも高く感じる。相手コートにボールを叩き込むには、やはり高い打点が必要だ。八雲はボソボソ声でどうしたら良いかを、自身に言い聞かせる。


(セパタクローの技はよく分からないけど……、服部くんの真似をしてみよう……)


 ボールが山なりに飛んできて、ついに落下を始めた。テコンドーで身に付けた判断能力で、ボールの打点位置とタイミングを見極めた八雲は、全身を横に引いて足を構える。


(とりあえず、横回し蹴りヨプフリギ感覚で……ッ)


 両腕から回転力を付け、足はそれを追いかけるように、勢いを加速させていく。一回転した所で、ダンッッと右足を踏み込むと、左足を伸ばした反動を活用して思いっきりジャンプした。


 八雲の回転力で発生した突風は、快晴とサルジの短い髪を撫で、その技の威力を皮膚から理解させる。二人が気付いた時には、八雲はネットより高い位置に滞空していた。


(……ッ!)


 そして八雲は、ボールの打点位置に円をなぞる右足回転蹴りを、直撃させた。威力が乗ったボールは、あっという間にドバァンッッッと攻撃的な音を炸裂させて、サルジの足元に叩き付けられた。


 もうボールはバウンドして、コート外に出たと言うのにサルジと快晴の視点は、まだ空中に留まる八雲に集中していた。風を渦巻かせながら、重力に身を任せた身体は、ドォンッッッと回転力を床に触れた足で相殺して、綺麗に着地した。


「すげぇえぇえ——ッ! 何でアレで、メガネが落ちないんだよ——ッ!」


「驚く所、そこか……? 信じられない、素人の動きじゃないぞ……」


 興奮する快晴と、ドン引きするサルジから視線を逸らしながら、八雲は照れ臭そうに後頭部を撫でた。過去のトラウマから、ひっそり押し込んでいたテコンドーの技。まさか球技で他人に見せる事になるとは、夢にも思わなかっただろう。

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