セパタクローってなんですか!!!!

サル————ッ! 有能メンバー連れてきたぞぉおおぉお————ッ!」


 八雲をお姫様抱っこしたまま、快晴は学校の体育館に入り込んできた。放課後であれば部活動の為に一定の生徒が集まるのだが、そこにはコートを挟むネットと、一人しかいなかった。


「……。ハル、誰なのソイツ」


「一年の、二瓶八雲にへいやくもだッ!」


「……ふうん。それが、昼休みに言ってた人?」


 無愛想にコートのネット紐を結んでいたのは、背が高く、褐色肌で東南アジア系の顔をしたジャージ姿の生徒だった。快晴からサルと呼ばれた少年は、お姫様抱っこが気に入らないのか、不満顔を浮かべる。


「ちょッ……もう、おろしてよ! 恥ずかしいからぁッ」


「なぁーに言ってんだ! お前程の運動センスある奴なら、これくらい無理矢理逃げられるッ! つまり嫌じゃないって事じゃ————んッ!」


「……ごッ、強引に逃げ出したら……君の腕を、けけ、怪我ッ……させる、かも……し、しれないしッ」


「はぁ? 使最悪、折れてもオッケーだぜ?」


「そッ……そそッ、そういう訳にはいかないよッ! とにかく早く……ッおろしてぇッ!」


 八雲がそこまでお姫様抱っこの解放を望むのは、すぐ近くから注がれる嫉妬の視線に、恐怖を感じたからだった。密着している二人を見せつけられて、部員と思われるもう一人の生徒の表情は、不機嫌を隠さない。


ハル……早く、ソイツを下ろせよ」


「それな————ッ! 絶対、体育館から逃げるなよーッ?」


「逃げないッ! 逃げないから早くッ!」


 快晴は、観念した八雲をお姫様抱っこから優しく下ろしてあげた。体育館の木製床に足が付いた八雲は安心感からか、へたりと尻もちをついた。


「おぉしッ! 新入部員も来た事だし、早速自己紹介するかーッ!」


「新入ぶ……ッ⁉︎ 待ってよッ、僕は入部するなんて一言も——」


「俺は服部快晴はっとりかいせいッ! 男子セパタクロー部の部長で、レグルールのポジションはサーバーだッ! んで、こっちのインド人が紅葉川サルジッ!」


 快晴が右手で示すと、ネット前にいた紅葉川もみじがわサルジという男子生徒は仕方無さげに一歩前へ出る。そして、尻もちをついたままの八雲を見下げた。


「おれはインドじゃなくて、スリランカ人だ。名前は、紅葉川もみじがわサルジ。ポジションは……トサーだ」


「は、はぁ……」


 セパタクローの知識が全くない八雲は、控えめに首を傾げる。元々勧誘から逃げるつもりだったので、そもそもノリについて行けないのだ。この空気を悪くしたくない八雲は、先ずは聞き慣れない単語について尋ねた。


「……あの、まず……『セパタクロー』ってなんなんでしょうか?」


「んあ? セパタクローは、セパタクローだろッ!」


「……?」


「ふー……、ここは、おれに任せて」


 これで通じるだろうと、自信満々な快晴を押し退けてサルジは、八雲を右片手引きで立たせた。そして、左手に持っているとうを手編みして丸くした手鞠てまりのような競技ボールを手前に出して見せる。


「セパ・タクローは、東南アジア発祥の近代スポーツ。簡単に言えば『足でやるバレーボール』だ」


「足でやる、バレー……ボール?」


「ネットを挟み、腕と手以外でボールをラリーして、得点を競うのが基本ルール。種目によってチーム人数は違うが、セパタクローで一般的なのは三人一組でやる『レグ』だ。……ハル、相手になってくれ」


「よっしゃあッ! やっぱ聞くより、見るに限るよなーッ!」


 意気揚々とコートに入っていく快晴。よく見ると、コートにあるネットは『バドミントン』で使用されているもので、高校生男子程度の身長で丁度、頭が出るくらいの高さである。サルジと快晴がセパタクローの試合を見せてくれると察した八雲は、ゆっくりコート外に出て、両側が見渡せる位置から観察する事にした。


「詳しいルールは、言っても分からないだろうし。ソコから見ててくれ」


「ハッ……はぃッ!」


「じゃあ、ハル。ラリー重視で頼むよ」


「分かってるッ、分かってるぅッ!」


 こいつは絶対分かってないと、サルジはジト目で快晴を見た。そしてフッとボールを天井に向かって軽く投げる。ここから、どう快晴側にボールを飛ばすのだろうと八雲が眺めていると、長袖ジャージを膝下まで捲ったサルジの足が顔付近まで伸び、回転キックの要領でパァンと相手コートに、サーブを打ち込んだ。


(えぇえッ! 今、顔より上の位置で足蹴りしたけど⁉︎)


 八雲はいきなり一打目から、度肝を抜かれる。サッカーみたく床付近から蹴り上げるかと思いきや、全くの真逆。サルジは、足を頭上を超えた高さから、アクロバティックにボールを蹴飛ばしたのだ。


 しかし、サルジの動きに驚いている場合ではない。飛んでいったボールは快晴の方に向かっていき、彼はポンと足の甲で軽く受け、トスをサルジに返す。今のサーブを簡単に足で対応する動きも凄いが、ボールはどんどん先へ行って、八雲は目が追いつかない。


(なんか……ボールより、人の方に注目しちゃうなあ)


 ラリーに置いていかれる不思議な感覚に八雲は翻弄されながら、ボールはネットを飛び越えてサルジと快晴を行ったり来たりしていく。足でやるバレーボールと言っただけあり、全て足だけで受けては蹴ってを繰り返していた。


 八回ほどラリーが続いた所で、サルジから高めのボールが返ってきたのを見た快晴は、何やら身構え始めた。そこからワクワクした顔でボールを追いかけると、右足をブンッッと突き上げる勢いでジャンプする。


「ウインタァー……シュガアァアア————ッ!」


 何かの必殺技の如く大声を張り上げながら、滞空する快晴は落ちてくるボールをサッカーで稀に見る『オーバーヘッドシュート』とほぼ同じ動きで、思いっきり右足で蹴飛ばした。


「……すごッ!」


 ダイナミックな空中の蹴り技に、思わず声を上げた八雲。それと同時に、勢いが増したボールはサルジの片足レシーブをすり抜けて体育館の床にバシィンと叩き付けられ、頭から落下していた快晴は両手で受け身を取ってゴロンと転がった。


「……ッ! おい。ハルッ、ラリー重視でって言っただろ!」


「我慢できんッ! アタックしてこそ、セパタクローだろッ!」


「お前なあ……」


 呆れ顔で、近くに転がるボールを拾いに向かうサルジ。まりのようなボールは然程バウンドせず、仮にどの部位に当たっても大きなダメージにならなさそうな印象を持つのも、素材がとうであるからだろう。


「ドウダ、新入部員。これがセパタクローだ」


「いッ、いや、すごかったです……まず、頭より上に足首が来て、ボール蹴ってますよね……?」

 

「手と腕がボールに触れてはいけないルール上、になるからな」


 サルジは手元で柔らかいボールを回転させながら、淡々と解説していく。八雲を驚かせるのは、なんと言っても攻撃打点の高さである。バレーボールに似通った得点方式で、足しか使えないとなると、オーバーヘッドシュートの様な攻防が繰り返されるスポーツという事になる。


「な——ッ⁉︎ おんもしれぇだろ、セパタクローッ! なんつっても、このスポーツはゲームより、選手の期待値たけぇのがいいんだよなーッ!」


「確かに……僕、ボールの行方より、二人の方を見てました。一つ一つの動きが、凄すぎて……」


「セパタクローは、通称『空中の格闘技』と言われている。まあ……ハンドボールも同じ言われ様だけど——足を駆使したダイナミックさなら、こっちの方が見栄えはすごい」


 サルジが両手でネット付近にボールを高めにトスすると、熱が入った快晴は再びビュンッと飛び上がり、背を地面に向けたまま、弧を描いた右足でスパァンッとアタックを決めた。


 見る者を釘付けにする派手な足技の連続は、このスポーツでなければ見られないと言っても過言ではない。八雲はコートの外側から足や頭でボールを飛ばし合う二人を、メガネ越しに夢中で眺めていた。

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