第9話

「学園って何ぞ?」

「私達貴族が通う学舎よ。元々兄さんも通ってたのだけど」

「そうなの!!」


 記憶喪失という設定で良かったと心の底から思った。


 それにしても学園か。


「珍しいな」


 基本的にバトル系だと村を転々としてストーリーが進んでいくものだが、ここでは学園があるらしい。


 まるで恋愛ゲームみたいな舞台だな〜(真理)。


「そうなるとあれだな。もしかして俺にもクラスメイトがいたのか?」

「そうだと思うけど、兄さんが学園の話をしたことなんて一度もしたことないから分からないの」

「前の俺はコミュ障だったのか」

「前の?」


 おっと。


 あまり勘繰られる行為は良くないな。


 どうせバレたとしても問題ないと思うが、もしこれで分岐が起きてレアアイテムを取り逃がしでもしたら大変だ。


 てか転生あるあるだが、元いた人格でどうなってるんだろ?


 地球にいる俺と入れ替わってるんだとしたら


「お前もゲームを楽しめよ、ハルト」


 俺は未だ見ぬもう一人の自分へとエールを送った。


 まぁ元の体の奴なんてどうでもいいや。


「それより学園か。勉強とかどうしよ」

「兄さんはかなり記憶が曖昧になってるから、もしかしたらだけど……」


 エリは心配するような、されどどこか嬉しいような様子で


「私と同じ学年になるのかも?」

「留年どころか繰り下げか」


 まぁ学園はそこまでダンジョンに関わってないし、大したことではないだろう。


 俺が一年だろうと三年だろうと大して変わらん。


 大事なことはただ一つ


「そこに、戦いがあるかどうかだ!!」

「戦いといえば兄さん、あの豚と決闘をした件で話がしたいとお父様が」

「お父様か」


 ちょくちょく小耳に挟むが、未だに姿を見たことがないレアキャラ。


 そんなレアキャラが俺に会いたいとなると


「イベントだな」


 間違いない。


 これは物語が動き出す前座だ。


 おそらくクエストみたいなものがお父様から出され、俺はそれを果たす為に学園で様々な事件へと巻き込まれる。


 そんな中で出会う仲間達、そして目的に立ちはだかる強力なダンジョン!!


 クゥ〜!!


 こういうのでいいんだよこういうので。


「よっしゃ!!じゃあ早速お父様とかいう奴に会いに行こうぜ!!」

「ま、待って兄さん!!お父様はまだ来ていないし、それにそんな言葉遣いじゃダメよ!!」

「何でだ?家族に敬語の方がおかしいだろ」

「に、兄さんって本当に記憶喪失?」


 あ、しまった。


 これじゃあ記憶がないんじゃなくて常識が変わってると受け取られてしまう。


 こりゃいかん。


「あ、あ〜、なんかお父様に敬語使うのが当たり前な気がしてきたな、うん。大丈夫大丈夫、俺だってちゃんと敬語くらい喋れるからさ」

「本当?私心配なんだけど」

「大丈夫だって。それよりお父様はいつこっちに来るんだ?」

「明日よ。今日レイラがいないのも、出迎えの準備で忙しいからよ」

「なるほどな」


 周りで色んな人物が動き回っている様子が見てとれる。


 ちなみにかなりの人数がいるのだが、俺はあの人らと一度も会話したことがない。


 何やら俺は訳ありらしく、俺に悪態を吐こうが誠実に接しようが特に意味はないらしい。


 だからこその無視。


 俺にリソースを割くくらいなら別のことをしたいというのがこの家の方針らしい。


 そうなると、妹のエリはまだしもレイラはどうして……


「ま、いいかそれは」


 考えても仕方ないことは考えない。


 考えてどうにかなりそうなら考える。


 それでいいじゃないか。


「明日は豚も一緒に帰ってくる。そうなると兄さんは色々と難癖をつけられると思う」

「なるほど(さっきから登場する豚って何だ?)」

「だから兄さんは無実を主張して……いや、むしろ豚の罪を重ね掛けしてみて。そしたらきっと兄さんがまた……」

「お、おう」


 よく分からないが、凄い豚って奴が嫌いなことは分かった。


 それと同時に、普段は心優しいエリにしては随分と過激な発言だなとも思えた。


 その勢いはまるで、ここでしくじれば人生が終わると言わんばかりである。


「とりあえず話すだけならなんとでもなるだろ。まさか軽口叩いた程度で処刑なんてオチ今時流行らな」


 ◇◆◇◆


「処刑だ」

「……え?」


 真顔でそう言い放った男は、静かに目を閉じた後


「冗談だ」

「じょ、冗談キツイですよお父様」


 無表情のままハハと不気味に笑った。


 こいつまさか裏ボスか?


「話は聞いているだろう。トンとの決闘についてお前の知っていることを話せ」

「はい」


 ここで、エリ達に何度も言われ続けた言葉を反復する。


「ご存知かと思いますが、前提として俺は記憶を失っています」

「レイラから話は通っている」

「それで、俺はわけも分からず決闘に参加させられていました。それがどれだけ重要なことであるかも、それがどれ程恐ろしいものかも知らずにです」

「……そうか。トンと聞いた話とは違うが……まぁいい」


 トンを陥れる且つ、俺が無実であることを証明するという作戦らしいが


(めんどくせぇ〜)


 俺は内政ゲームでもしてるのか?


 いいや違う、俺がいる世界は戦闘ゲームだ(違います)。


 ただ戦い、レベルを上げ、装備を揃える。


 それだけでいいはずなのに何故こんなことを。


「結局は互いの誤解が生んだ結果ということか。それならば今回の件は互いに不問とする。次はないよう気を付けろ」

「……はい」

「記憶喪失になったことは残念だが、お前が次期当主でないことは幸運だった。何やら最近はレイラが面倒を見ていたようだが、彼女はトンの騎士だ。しばらくは他の者に頼れ」

「分かりました」


 こうしてお父様は自身の書斎へと戻っていった。


「……なんだあいつ」


 よく分からんが気持ち悪い奴だったな。


 感情の起伏が薄いというか、偏見だけど誤解されやすい人間な気がした。


「まぁそれはどうでもいいや」


 何かイベントでの起こすのかと期待していたが、結局何もなく終わった。


 となれば、学園で一体何をすればいいのかますます分からなくなってくる。


 まるで


「学園が始まってからが本当のストーリー開始みたいだ」


 いやいや、既にチュートリアルは終わらせたのだ。


 ならば既に物語は始まっている。


 おそらく学園に行けば色々と情報が分かってくるのだろう。


 それまではとりあえず


「筋トレとレベル上げだ!!」

「そんなわけないでしょ」

「エリ?」


 いつの間にか側にいたエリはいくつかの本を手に取り


「勉強の時間よ、兄さん」

「……」


 そして俺は学園が始まる前日までひたすらに勉強をした。


 せめて学園での最低限の知識はつけろ。


 そして私と一緒に卒業しよう。


 同じクラスになれるかな。


 エリに何度も言われ続ける言葉。


 テンプレ的な内容や、言語は日本語だった為そこいらは大丈夫だったのだが、とにかく歴史が面倒だった。


 学園のルールとか貴族のなんちゃらとかもうさっぱり。


 とりあえず偉そうな奴には敬語を使え。


 これだけを覚えて俺は地獄の日々を脱したのだった。


「はぁ、俺バトルだけで生活したいのに」


 トボトボと体の疲労を覚えつつ、部屋へと戻る。


 するとその途中で


「「あ」」


 確か名前は……トンだったな。


「こんなところで何してんだ?」

「う、うるさい!!無能が僕に話しかけるな!!」

「あ?」

「ヒッ!!」

「前はあんなに話してくれたのに。何かあったのか?」


 トンは俺に対人戦を教え、魔法の存在を教えてくれた大切な相手だ。


 だというのに何故こうもビクビクしているのだろうか。


 何か悩みがあるのなら聞いてやりたいが


「い、いいか。これは宣戦布告だ!!」

「やるか?」

「ち、違う!!そういう意味じゃない!!お父様は最近のお前を見て、何やら当主の席についてどうするべきか考えているらしい」

「それがどうした?」

「つまりだ」


 トンがギラリと俺を睨み


「学園での生活で僕とお前、どちらがこの家を継ぐか決定されるんだ」


 ……間違いない。


 やっと学園に行く意味が分かったぜ。


「トン、お前の宣戦布告、受け取ったぜ」


 やっぱりお前は俺のライバル枠だったんだな。


「勝負だ。どっちが当主になるか、正々堂々とな!!」


 ピコン


 ん?また変な音が鳴ったな。


 レベルアップではない気がするんだけどな。


「む、無能のくせに!!」

「じゃあお休み。お互い頑張ろうな」

「お、おい!!」


 そして俺はトンと別れ、気分爽快なまま夜寝室に向かった。


 するとまたまた道中で人に会う。


「エリ?」

「兄さん」


 そこには優しげな表情をするエリがいた。


「ん?どうした?寒いのか?」

「違うけど……もういいや」


 何故か抱きついてきたエリ。


 何やら寒いらしいので抱き返すが、普通にちょっとドキドキするので控えてもらえると助かるんだけどな。


「ありがとうお兄ちゃん。大好き」

「おう、サンキュー」


 こうして何事もない夜が過ぎ去り


「ついにこの日が来たか」


 俺は初めての感覚だが、確かに何度か来たような感覚のある制服を身につける。


「待ってろよイベント。ことごとく俺がクリアしてやるぜ!!」


 学園生活の始まりである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る