第8話

 最初に感じたのは違和感。


 ハルト様を守る為にいつも以上に警戒をしていた私にとって、その感覚が危険なものであることは容易に察せられた。


「……あれは」


 ハルト様は悲しそうな様子でホブゴブリンと相対しようとしていた。


 それと同時に上空で異変が起きた。


 モンスターが生まれる原因はダンジョンであり、緑力殿もまた例に漏れずモンスターを生み出す。


 壁や天井を覆う植物からなる実。


 あれが育ち、熟すと実は落ち、モンスターが生まれる。


 そして運悪く、その現象が私達の前で起きてしまった。


 しかもただの実ではない。


「大……きい……」


 大きさが並ではなかった。


 そういえばだが、以前このダンジョンにとあるモンスターが出没した噂を耳にした。


 当時はただの与太話だと気にも留めていなかったが、もしあれが本当なら


「ハルト様!!お下がりに!!」

「え?」


 私はハルト様を後ろに放り投げる。


 本来騎士として、主君にそのような扱いをするなど言語道断であるが、今は緊急事態。


 命より重要なものなどこの世にないのだから。


 そして実は落ち、中からその巨躯が姿を見せる。


やはりあれは


「ミノタウロス」

「UGOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO」


 体長3メートル程の巨体。


 人間の体に牛の頭が特徴のモンスター。


 特別な力があるわけではないが、その力と耐久性だけでCランクのモンスターとして分類されている。


 純粋な殴り合いをするのであればモンスター界でもトップクラス。


 確かに世間では強力な部類かもしれないが


「私の敵ではない」


 構える。


 ハルト様は既に逃げただろうか?


 念の為後ろを確認すると


「……よかった。2階層にまで行けばミノタウロスが上がってくることは」

「いいね!!さすがチュートリアルだ!!」

「!!!!」


 横を通り過ぎていたハルト様。


 いやどうして!!


「危険です!!お戻りに!!」

「経験値〜♪経験値〜♪」

「クッ」


 完全に声が聞こえていない。


 こうなったら気絶させてでも上に


「レイラ」


 声


「悪い」


 クシャリとバツが悪そうな笑顔を向けた。


 私はつい、追いかける足を止めてしまった。


 きっとそれを止めることは出来ないのだと……私には分かってしまった。


 だから私は


「危なくなったら呼んで下さい」

「……ハハ。おう!!」


 元気な声で突撃して行くハルト様は、本当に昔の頃のようで……


「頑張って下さい」


 私はどうしようもなく嬉しくなってしまった。


 ◇◆◇◆


 振り上げられた斧が、一直線に振り下ろされる。


 単調な動きだ。


 定石としては攻撃パターンを覚えることがゲームの基本だが、この程度ならその必要もないだろう。


「初見で攻略してみた」


 斧が地面を叩く。


 生えていた植物が盛大に散る。


 花びらが宙を舞い、戦場に似つかわしくない美しい光景が広がった。


「踊るか」

「UGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!」


 すれ違いざまに腕を斬った。


 だが硬い筋肉に防がれ、半分もいかない程の場所で止まる。


 ついでに剣も抜けなくなったので


「ふん!!」


 殴る。


 腕が痛い。


 ダメージは……なさそうだな。


「もう一丁!!」


 ホブゴブリンの持っていた棍棒を拾い上げ、ミノタウロスの股下を潜り抜けた。


 視界から消えた俺を探そうと振り向いたところで顔に一発、棍棒をお見舞いした。


 すると案外効いたのか、ミノタウロスはぐらりと蹌踉よろめく。


 その間に腕から剣を取り上げ、場は最初の均衡状態へと戻った。


 ただし相手は腕から血を流し、顔には巨大な青あざが出来ている。


「す、凄い……」


 遠くでレイラがキラキラした目で俺を見つめる。


 ちょっと鼻が高いな。


「さて、調子はどうだいミノ君。俺は楽しくて仕方ないが」

「UUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU」


 低い唸り声で返事をくれた。


 答えはどうやら絶好調らしい。


 ならば


「行くぞ」


 翔ける。


 ここで俺は間違いなく調子に乗ってしまった。


「ふむ」


 しまったな。


  ミノタウロスによる横を切り裂くような一撃が来る。


 安直に走り出したせいで後ろに下がれない。


 なんかこういう時ってジャンプかしゃがむかで躱すのだろうけど、動きを合わせられたら死ぬな。


 残機性なら色々試せるんだが


「さすがに安全第一でいくか」


 俺は棍棒で防御する。


 当然体格差、筋力差もあって吹き飛ばされる。


 地面を二度、三度跳ね、地面に叩きつけられた。


「ハルト様!!」

「あぁ大丈夫。植物が柔らかくて助かった〜」

「……いえ、無事ではありません」

「およ?」


 腕を見る。


 ギリ……折れてないけど


「青いな」


 腫れ上がっている。


 やっぱり折れたかも。


「しかも利き腕か。まずいな」


 防御に使った棍棒も壁にめり込んでるし、持ってる剣にも力が入らん。


 絶体絶命って感じか。


「ハルト様、さすがにそろそろ」

「最後に一回!!一回だけだから!!」

「ですが……」

「先っぽだけ!!先っぽ当てたら終わるから!!」

「そういうことなら……」


 渋々了承してくれるレイラ。


 やはりレイラは押しに弱い。


 無理矢理事を運んでも、なんだかんだ許してくれそうだな。


 まぁさすがに今回は自重するか。


「ラストアタックだ。多分これは負けイベで、レイラに助けられるまでが流れなんだろうけど」


 俺は体勢を低くし


「負けるのは嫌いなもんでな」


 走る。


 すると案の定横薙ぎ。


 さっき当たったから今回も当たると思ってそうだな。


 だが、そのパターンは既に掴んでいる。


「ピタッと」


 俺の目の前を斧が通り過ぎる。


 この絶妙な距離感覚。


 うーむ、我ながら素晴らしい。


「てなわけで」


 斬る。


 狙いを定めたのはアキレス腱。


 身長が高すぎるせいで逆に当てやすかったのだ。


 足に力が入らなくなったのか、ミノタウロスは倒れる。


 運良く目の前に奴の頭が来たので、目を斬った。


 痛みと視界が無くなったことでパニックになったのか、ミノタウロスが暴れ出す。


 逆にそれが不意打ちとなり、俺はその太い腕からの攻撃を一発受けてしまった。


「ガハっ!!」


 胃に傷でもついたのか血を吐き出す。


「ハルト様!!」

「大丈夫……じゃないかも……」


 さすがにヤバい。


 意識が朦朧としてきた。


 うーんこれは


「負けだな」


 俺は素直に負けを認め


「後は頼んだ」

「……お任せを」


 そして俺は素直に倒れることにした。


 最後に見た光景は、暴れるミノタウロスの首を一撃で切り落とすレイラの姿であった。


 ◇◆◇◆


 知ってる天井。


 それと何度も見た冷たい目線。


「ごめんなさい」


【秘技】先制謝り


 なんか悪いことをした気がする時に発動出来る俺の必殺技である。


 優先度+1の技の為、基本相手より先に発動することが出来る。


 だが


「許さないから」


 勝てるとは言っていない。


「無茶しないでって言ったよね。どうしてこんな怪我までして……」

「男には引けない時があるんだよ」

「それは私よりも重いプライドなの?」

「oh……」


 あまりにシビアな質問が来た。


 まるで恋愛ゲームかのような流れだが、この状況で


『プライドの方が大事で〜す』


 なんて言えるはずもなく


「悪かった。エリの方が大事に決まってる」

「……そう」


 自分で聞いておきながら顔を真っ赤にするエリ。


 まるでヒロインかと錯覚してしまう程の風格である。


「次、危険な事をしたら二度とダンジョンに行かせないから」

「だ、だから悪かったって。次からはエリに確認してから戦うから許してくれよ」

「全然反省してないみたいだけど……はぁ、もういい。どうせ兄さんはこっそり何かするだろうし」


 最早諦めの境地に至っている我が妹。


 なんだか完全に俺がダメ息子みたいな扱いになっているが、よく考えると記憶喪失のニートと考えるとあながち間違いじゃないかもな。


 それならせめて


「まぁ……あれだ。確かに俺はバカだから色々間違えるだろうけど」



『ああ、必ず戻ってくるよ。エリ』



「約束だけは、絶対に守るから」

「……バカ」

「え?うん、だからバカだって言ったじゃん。なんで同じこと二回も言ったんだ?」

「に、兄さんのバカ!!」


 三度目の正直とばかりに怒鳴りつけ、エリは全力で逃げていった。


「思春期の女の子はよく分からんな」

「あれは思春期は関係ないと思いますよ」

「いつの間にいたんだレイラ」


 相変わらず忍者みたいに現れる騎士。


 転職でも勧めてみようかな?


「怪我は数日で治るそうです」

「そうか、折れてはなかったか」

「それと、こちらをどうぞ」

「ん?なんだこれ?」


 俺は何かを貰い受ける。


「ブレスレット?」

「はい。ミノタウロスの素材から作ったものです」

「へぇ、ステータス上昇するの?」

「ステータスとは?」

「あーやっぱ何でもない」


 俺は素直に付けてみる。


 特に体に変化はないな。


「何これ?」

「討伐の祈念にと。お気に召されないのでしたらお売り下さい。10万pにはなりますよ?」

「ふ、ふ〜ん(仮に10万円だとしたらクッソ高価だな)」


 でも、これを売るのはなんか違う気がした。


 てかもしかしてこれ重要アイテムじゃね?


 絶対なんかに使うだろ。


「素直に貰っとく。ありがとな」

「いえ、ダンジョン踏破のお祝いとでもお受け取り下さい」


 胸に手を当て、ニコリと微笑むレイラ。


 その姿が、何だかとてつもなく美しく見えた。


「……あ」


 そんな彼女に何かお返しがしたいと考えた俺は


「そうだ。代わりといったらなんだけど、これをあげるよ」

「……!!これって!!」

「ああ」


 俺は取り出したリングを見せる。


「指輪だ(盗品)」

「な、何故これを私に!!」

「ただのお返しだ。今までの特訓の礼だと思ってくれ」

「で、ですが!!」


 慌てている様子のレイラを見ていると、ふと思い出したことがある。


 そういえば、昔やってたゲームでは指輪は女性キャラクターのみに装備可能だった。


 もしかしたら俺が付けても意味がなかった理由はそこにあるのかもしれない。


「試すか」

「ハルト様!!」


 偶然目の前にあった左手を掴む。


「ジッとしてろよ」

「お、お待ち下さい!!」


 必死に手を離そうとするレイラだが、魔力を操るには多大な集中力が必要となる。


 謎にテンパっているレイラでは常時身体強化している俺の腕を振り解けない。


「大丈夫大丈夫、痛いことはないから」

「で、ですが何か大切なものを失い、何か大切なものを得る予感がするんです!!」

「どういうこっちゃ」


 よく分からないが、とりあえず嵌めるか。


 親指には入らないし、小指に対しては大き過ぎる。


 あ、そういえばゲームでよくキャラクターがつけてた場所って


「ハ、ハルト様……まさか……」

「安心しろレイラ。何が起きても俺が責任を取ってやるから」

「ハルト様……さすがにこれだけの付き合いがあれば分かります。ハルト様はもう少し常識を」

「えい!!」


 スルッと入り込む。


 ピコン


 何かが鳴った気がした。


「……」

「……」

「どんな気分だ?(ステータスは上がったか?)」

「なんとも……言えない気持ちです(泣きそう)」


 何故か顔を真っ赤にし涙目のレイラだが、特に問題はないだろう。


 それにしても、結構似合ってるではないか。


 我ながら良いプレゼントをしたぜ。


「兄さん、さっきは話をはぐらかされたけ……え?どういう状況?」


 こうして、俺の初めてのダンジョン攻略は幕を閉じた。


 そしてあれから一年が経……ったわけでもなく


「そういえば兄さん」

「何?指輪の件、まだ怒ってるのか?」

「それは今でも許してないけど……それより、来週から学園だけど、大丈夫なの?」

「……何それ」


 次のイベントが始まろうとしていた。

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