第6話


『今の感覚、わかりましたか?』

『あ、ああ。全身にビリビリとした何かが流れているような……』

『それが魔力です。それを探ることが、始めの一歩です』


 あれから三日が経った。


 体の中にある何かを未だに俺は掴めていない。


 気の遠くなる作業。


 果たして本当に魔力はあるのか。


 今の時間は無駄でしかないのではないか。


 そんな疑念が、心の中で渦巻く。


[諦めればいい]


 悪魔の声がささやく。


[そもそもこんな地味な力はお前に相応しくないだろ]


 もっと派手で、かっこよくて、主人公のような力。


 そんなものを、俺は……


「でも縛りプレイって楽しいよな」

[……]


 さて、そう簡単に上手くいかないのは百も承知。


 チュートリアルもまともにクリア出来ないんじゃ、ゲーマー失格だ。


 これくらいの試練、乗り越えてやるよ。


 コンコン


「兄さん、ご飯持ってきたけど食べる?」

「置いといてくれ」

「うん。あんまり無理しないでね」


 あれからレイラは俺の場所に一度も顔を見せず、毎日こうしてエリがご飯を持ってくるだけの生活を送っている。


 完全なヒモで俺も流石に心苦しい。


 早く魔力を見つけないとだ……


「ん?」

「どうしたの?兄さん?」

「ちょ、エリ。もう少しこっち来い」

「え?うん」


 テクテクと歩いてくるエリ。


 それと同時に、何かが過剰に反応する気配がある。


「もっとだ!!もっと近づけ!!」

「え、でももう結構……」

「もっと熱くなれよ!!」

「え、えぇ」


 そしてそのまま、エリは俺の膝の上に座るような形になる。


 エリの顔は真っ赤だが、大した問題じゃない。


「死にたい……」

「やはりだ。エリが近付くと感じるこの熱いもの」

「え……に、兄さん?」

「エリ、どうやら俺は気付いてしまったらしい」

「だ、ダメよ兄さん!!私達はきょうーー」

「これが魔力か!!」

「……へ?」


 体の中から熱く、痺れるような感覚が広がる。


 あの時と似たような感覚が、比にならない量溢れ出る。


 まるで何か蓋が外れたかのように。


「エリ!!やったぞ、魔力を見つけた!!」


 体の中から目に見えて謎の力が溢れ出てくる。


「す、すごい……普通は何年もかかる作業を……本当に三日で成し遂げちゃった……」

「第一段階突破だな!!」


 俺はエリにVサインを見せる。


 何故かポカンとした顔をしたエリは、直ぐに吹き出すように笑う。


「やったね、お兄ちゃん」


 俺の心の中の何かが、一気に燃え上がる感覚に襲われた。


「あ、やっぱり今のなしで……」

「どうしてだ?今のエリ、最高に可愛かったぜ?」

「そ、そう?いや別に兄さんに褒められてもそこまで嬉しくないけど……その……ありがとう」

「照れる顔も可愛いぜ(渾身のイケボ)」

「流石にそれはキモいかも」


 さて、俺の豆腐メンタルが破壊されたところで


「レイラに次の特訓方法を」

「既にご用意しています」

「いつの間に!!」


 いつの間にか部屋にいたレイラ。


 いや本当にレイラなのか?


 あの兜の向こうにはこんな美人さんがいたのか。


 まぁ別に顔とかどうでもいいか。


 俺は戦闘ゲームはビジュよりも内容を重視するタイプなんでな。


「どこに行ってたんだ?」

「例のカスの護衛ですね。決闘の内容に関する抗議の為、わざわざ遠出する羽目になりました」

「へぇ〜」


 子供同士のただの口約束だと思っていたが、貴族がわざわざ遠出しなければならないとは、もしや決闘は思ってるよりも強い権限を持ってるのか?


 まぁ主な戦場がダンジョンの俺にとってはどうでもいいことか。


 それよりも


「次は何をすれば良い」

「その前に、本当に魔力を探れたのか確認します」

「オッケー」


 さて、一体どんなテストを試


「!!!!」

「本当に、魔力を三日で感じられる人間がいるとは……」

「な、なんだ今の!!」


 全身に襲い掛かる圧迫感。


 精神的に体が押さえつけられる不思議な感覚。


「今のは私が魔力を解放しただけどですね。魔力の差があると、このように力を振るわずに鎮圧することも可能です」

「すっげぇ」


 感動を覚えた。


 それと同時に


「それが、俺とレイラの差ってわけか……」

「落ち込まないで下さい。魔力は使いようです。ハルト様があれに勝てたのも、精神力の差から生まれたものです。それに、稀ではありますが魔力が増えた事例もあるそうですよ」

「そうか」


 その奇跡が起きる可能性を信じるのも手だが、今の俺が弱いことには変わらない。


 強くなりたい。


 なら


「……」

「分かりました。次の特訓の内容を説明します」


 レイラは一枚の紙を取り出す。


「な、なに!!」


 そこに書かれていた内容は


 上体起こし 100回

 腕立て伏せ 100回

 スクワット 100回

 走し込み 10km

  ・

  ・

  ・


「ハハ」


 笑うしかなかった。


 ◇◆◇◆


「み、水……水をくれぇ」


 ゾンビのような顔になりながら、なんとか10キロ走り終える。


「大丈夫?」

「そう……オエッ……見えるか!?」

「ご、ごめん」


 吐き気を水で無理矢理流し込む。


「エリ、次はなんだ」

「待ってよ兄さん。まだ休憩を」

「それじゃあ終わらないだろ」


 メニューの内容は走り込みは毎日であり、筋肉はそれぞれ日にちごとに分けられている。


 それでも、休憩を長く挟んでしまうと到底間に合わない量である。


「それで体を壊したら元も子もないでしょ」

「いざとなれば回復魔法を使うそうだ」

「でも……」


 エリは少し渋る。


 もしこのままハルトが挫折してしまえば、もう戻って来ない。


 そう思ってしまい、体がどうしても楽な道に進まそうとする。


 だが


「安心しろ」


 全く何の事情も分かってない男は親指を上げる。


「俺は負けねぇ」

「兄さん……」

「次は腕立て伏せだ。はぁ、マジでキッツイ」


 そもそも何故、俺がこんなにも体作りをしているのかと言われれば


『魔力が少ないならば、その分体で補う必要があります。それと、運動中には常に魔力を身体中に巡らせる意識をつけて下さい。これを怠れば、絶対に成長は見込めません』


 まぁそんなわけで、俺は果敢に地獄への一本道に超特急しているわけだ。


 最近のヒモ生活から一転、毎日疲れては寝るだけの社畜モードになってしまった。


「99……ひゃ……く!!」


 筋肉自体にはまだ余裕があるが、体力がしんどい。


 俺の汗で小さな水溜まりが出来ているくらいだ。


「エリ、俺は大丈夫だから自分の好きなように時間を使っていいんだからな」


 最近エリは俺のメニューによく顔を出す。


 詳しくは知らないが、彼女が忙しいことはなんとなく察している。


 それでも時間を見つけては、こうして俺の場所に来てくれることは若干の嬉しさと、申し訳なさを感じてしまう。


「私は好きでこうしているの。だから兄さんも私は気にしないで」

「……エリがそう言うなら」


 俺はとりあえずメニューを続ける。


 結局朝から始め、日が落ちるまでメニューは続いた。


「お疲れ様です」

「ど……どうも……」


 地面に寝転がる俺の元に、レイラがやってくる。


「エリ様はどちらに?」

「勉強だってさ」

「勤勉ですね」

「そうだな」


 レイラは汗だらけの俺を躊躇いなく抱える。


「悪いな」

「当然です。私はお二人の騎士ですから」

「そう……か」


 てっきりレイラはあのデブの騎士と思っていたが、もしかして間違っていたか?


「こうして三人でお話しするのはいつぶりでしょうか」

「……」

「申し訳ありません、ハルト様には覚えがないのでしたね」

「なんか……悪い……」

「いえ、むしろ……これ以上はいけませんね」

「?」


 そのまま俺はお風呂にぶち込まれ、筋肉痛に苦しみながら全身を洗う。


 その後服を着て外に出ると


「待ってたのか?」

「騎士ですから」

「騎士ってそういうものなの?」

「どうなんでしょう、忘れてしまいました」

「レイラも記憶喪失らしいな」

「ふふ、そうですね」


 レイラは日に日に笑顔が増えている……らしい。


 俺はよく知らないが、笑顔が増えたことはいいことだと思う(小並感)。


 レイラには色々お世話になっている為、彼女が幸せだと俺も嬉しくなってくる。


 まぁ俺の一番の幸せは敵の血を全身に浴びる瞬間なんだけどなぁ!!(これは恋愛ゲームです)


 そのまま寝室までレイラは付き添い


「おやすみ」

「良い夢を」


 軽い言葉を交わし、その日が終わった。


 ◇◆◇◆


 それから特段語ることはない。


 時々


(俺って本当にゲームの世界に来たのか?)


 と疑いたくもなるが


『……明日、ダンジョンに向かいますが……その、あまり期待しない方が良いかと思います』


 どうやら遂に本編が始まるらしい。


 あの日転生してから何日経ったか分からないが


「998……999」


 それなりに頑張った方ではないだろうか?


「あの……兄さん……」

「どうしたエリ」

「いや……その……やっぱり何でもない」

「そうか?」


 そういえば最近、エリが俺の顔を見なくなってきた気がする。


 特に、暑くなって服を脱いだ時なんか悲鳴を上げられてしまった。


 もしかして何か嫌われることをしてしまったのだろうか?


「少し、寂しいな」


 この世界がギャルゲーだったら、確実に俺のメンタルは終わっていただろう。


 本当に戦闘系の世界でよかったぜ。


 何故なら戦うこと以外は考えなくていいのだからな!!


 最初は一日かかっていたメニューは半日で終わり、それに伴いレイラには黙ってメニューを勝手に増やした。


 エリの前でも数字を偽り、徐々に徐々に回数を増やす。


 そしてレイラにバレてしまった頃には、俺は今までのメニューを一時間で終わらせられるようになっていた。


「ふぅ」


 明日のダンジョンに向けて今日は早めに運動を終え、軽く汗を流す。


 これからレイラと明日のダンジョンについて、少し話をする。


 それにしても


「なんか……服キツくなってきたな」


 おそらく筋肉がついたせいだと思われる。


 今度新しい服頼んでみるか。


 とりあえずレイラが待つ部屋に辿り着く。


「入るぞー」


 俺はノックもせずに部屋に入る。


「どうぞ、準備は出来ています」


 特にラッキースケベなんて展開もなく、レイラは準備を整え待っていた。


 隣には先にいたエリが座っていた。


「隣失礼」

「ダメ!!」

「……え?」


 エリの隣に座ろうとすると、かなり深刻な声で拒否られる。


「い、今の兄さんはダメだから!!」

「どゆこと……」

「とりあえずダメだから!!」


 鼻息を荒げるエリ。


 もしかして強く当たりすぎたのか?


 今度から少し優しくしないとだな……


「さて、明日のダンジョンは私とハルト様のお二人で向かいます」

「ああ」

「私も行きたい」

「無理ですね。マーシャル様から許可がおりません」

「でも……」

「ご安心下さい。ハルト様は私が命をかけてお守りします」

「レイラの命も大切だから」

「……承知しています」


 この二人、やっぱりただの主従関係とは呼べないよな。


 まるで昔ながらの幼馴染かのような、確かな信頼関係が成り立っているように思えた。


「話を戻します。明日向かうダンジョンは、縁力殿。有名な、人々が最初に入るべきと呼ばれるダンジョンですね」


 初心者用のダンジョンってわけか……腕がなるな!!


「楽しそうですね」

「だってそうだろ!!ダンジョンに行けば、確実にレベルが上がる。そうすれば、きっと俺はより強くなれる!!」

「そうですね。魔物を倒すことで生まれる魔素は人をより上の段階に引き上げると言われています。そして、それを使った殺人が多いこともまた、問題なのですが……」


 ああ、やっぱり人も経験値になるんだ。


 でも殺しまでいくのか?


 倒せば経験値を貰える……あ、それだと無限にレベルアップ出来るのか。


 なるほど、考えられてるな。


「何かご質問は?」

「俺まだ魔法習ってないけどさ、このままで大丈夫なのか?」


 俺は普通のことを言った筈だが、何故かエリとレイラは目を合わせ、クスクスと笑う。


「問題ありません」

「むしろ兄さんは少し力を抑えた方がいいかもよ?」


 力を抑える?


 確かにステータスは大分上がってる自信はあるが、レベル無しでそこまで変わるとも思えない。


「気にしないで下さい。全ては明日、分かる筈ですから」


 俺は疑問を抱えながら、その日は眠ることにした。


 そして月は沈み、朝日が昇る。


 動きやすい服装、腰にはレイラから貰った剣を携える。


 鳥が俺の門出を祝うように元気に鳴き続ける。


 早朝のストレッチをしていると


「おはようございます」

「おう」


 大きな荷物を抱えたレイラと、その後ろにちょこんと立ったエリ。


「エリ様」

「分かってるけど……」


 エリは後ろでモゾモゾと恥ずかしそうにしている。


「ふむ」


 もしここが常人なら、エリが照れた主人公を送り出す健気なヒロインに見えるだろう。


 だが俺は違う。


 この世界の法則を全て熟知している俺は、エリが何がしたいのか一目瞭然である。


「エリ、分かってるから」

「兄さん?」


 俺は手を前に出す。


「旅立つ時は、こういうのが相場だろ?」

「……うん、そうだね」


 エリはゆっくりと前に出て、俺の手を握る。


 予想通り、キーアイテムを渡すのだろう。


 ダンジョンへの秘密の鍵とか、もしくは攻略を進める重要な何かだろう。


 数々のゲームをプレイしてきた俺にとって、あらゆる展開を大雑把にだが予測できる。


 しばらく俺の手を握ったエリははにかみながら


「行ってらっしゃい、お兄ちゃん」


 ぎゅっと、俺を抱き締めた。


 後ろではレイラがなんか泣きそうになっているが、おかしくないか?


 俺は今重要アイテムを持っている筈なのに、何故俺の手は美少女を抱えている。


「は!!」


 ここで、天才の俺は真実に気付く。


 これは……フラグが立ったのか!!


「全く」


 そういうことなら速く言ってくれよ。


 俺はエリの背に腕を回す。


「ああ、必ず戻ってくるよ。エリ」


 この瞬間、俺の中でエリはただのキャラクターではなくなった。


 彼女は俺の


「将来のパーティーメンバーか」


 俺は新たな仲間との熱い抱擁を交わし、いざダンジョンへと向かうのであった。

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