エピソード1
「僕がこの家の当主になるよ。そしたら、エリは僕とずっと一緒に、レイラは僕とエリを守る騎士になるんだ」
「頑張ってね!!」
「共に精進しましょう」
大きな木の下で笑い誓った。
幼い三人が交わした小さく、大きな約束。
だがそれは
「無属性」
「そん……な……」
たった一日で崩壊するのだった。
「ハルト、お前には期待していたんだがな」
ハルトの父、マーシャルはあっさりとハルトを見捨てた。
「養子を取る。魔力に秀でた者にしろ」
「お、お待ち下さい!!」
騎士見習いのレイラが間に入る。
「し、身体強化の魔法は使えます。まだ、ハルト様がお継ぎなる可能性がーー」
「レイラ、君は優秀な人間だ。だからこそ、分かって欲しい」
マーシャルは少し悲しそうに
「才能の前では、全ては無力なのだ」
「で……でも……」
「今はそれで良い。だが君は騎士だ。いつかは、現実を見なければ何も守れんよ」
そのままマーシャルは泣くエリを
「ぼ、僕……僕が……当主に……三人で……」
そこには未来ある騎士と、全てを失った男の亡骸だけが転がっていた。
◇◆◇◆
「僕の名前はトンだ!!」
養子として入ってきたトン。
「エリ」
「は、はい」
エリはマーシャルの前に立つ。
「仲良くしておけ。お前の兄であり、そして」
婚約者だ。
「え……」
「クヒッ、よろしくな」
トンの出した手が、エリには
「と」
「と?」
「豚足なんて嫌ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
そのまま逃げ出してしまうのだった。
「……なぁ父上」
「なんだ」
「僕は手を出したのに、どうしてあいつは足の話をしたんだ?」
「さぁな」
部屋から逃げ出したエリは、とある部屋に向かう。
「お兄ちゃん!!」
それは兄、ハルトの部屋。
「私嫌だ!!あんなのがお兄ちゃんの代わりなんて!!それに、結婚なんて嫌だよぉ!!」
花に水を上げていたハルトはエリの方を見る。
「ごめんね、僕が無能なせいでこんなことになって」
虚な目。
そこには希望も熱意も何もない、空っぽの魂があった。
「お兄ちゃんは悪くない!!悪いのは……きっと神様のせい!!」
「そうだね。神様はいつだって残酷だよ」
ハルトはエリの頭を撫でる。
昔は嬉しかったそれも、何故だか今はまるで無機物に触れているかのような感覚にエリは襲われる。
「だから、エリも受け入れるしかないんだ。自分の運命を、人生を」
「お兄……ちゃん?」
「僕がこの家で用無しになったように、エリはこの家では大事な存在だ。決して父様が離すことはないだろう」
「……」
「そろそろ戻った方がいい。父様は寛大だが、ルールには厳しい。このままだと怒られてしまうよ」
「お兄ちゃんが、お兄ちゃんが当主になってよ!!」
エリは叫ぶ。
そんなエリの目を見たハルトは悲しそうに
「無理だよ。僕はもう……ダメなんだ……」
そんな兄の態度に
「まだ」
エリは泣きながら
「まだ何もしてないじゃん!!お兄ちゃんまだ、何もしてないのに!!どうして諦めるの!!私達の約束は……三人で……三人の……約束……」
「……ごめん」
エリはそのままハルトの頬を叩く。
「もう知らない!!」
そしてエリは部屋を出て行く。
「いたのか、レイラ」
「はい」
「カッコ悪いところを見せちゃったかな?」
「はい」
「ハハ、否定はしてくれないんだね」
「今のハルト様は、私の仕えるべき人物ではないので」
「……その通りさ」
ハルトは本を整理する。
「嫌われたかな」
「どうでしょう。また来るとは思います」
「そうか……エリに話しかけてもらえなくなると、さすがに耐えられないだろうしな〜」
「……」
「レイラは怒ってる?」
「どうでしょう。私はもう……分からなくなってしまいました」
「……そっか」
全ての本を並べ直す。
「少なくともあの時のハルト様は、私の希望でした」
「……ありがとう」
「それでは私はこれで」
ゆっくりと扉が閉まる。
残されたハルトは静かに
「クソが」
言葉を漏らした。
◇◆◇◆
それから数年が経った。
「まさかこんな美少女になるなんて思わなかった。グヒッ、学園を卒業したら遂にお前は僕のものだ」
「気持ち悪」
日に日にトンへの嫌悪を増幅させるエリ。
いや、トンだけではない。
「何やってるの兄さん」
「ごめん、少しボーッとしてたよ」
「……」
最早あの時の面影すら無くなってしまったハルト。
まるで植物かと思うような、何の欲もない姿。
「私はトン様の荷物を置いてきます」
「うん」
あれからエリとレイラもまた、少し疎遠になった。
未来の当主であるトンの護衛となったレイラ。
それを支える存在として毎日のように勉学や魔法の練習に励むエリ。
あの日の約束はもう誰も覚えていなかった。
残ったのはただ、悲しみの絆だけだった。
だがその絆は、とある存在によって打ち砕かれようとしていた。
「悪い、道を開けてくれるか」
「あ、すみま……ア、アルカード様!!」
「静かに、あまり騒ぎを起こしたくないんだ」
「も、申し訳ございません」
現れた金髪の美少年。
それはこの国の王子、アルカード。
この世界の主人公である。
「ん?君、どこかで俺と会ったことがあるか?」
「え?い、いえ、アルカード様とは初対面ですが……」
「そっか、ごめん。勘違いだったかも」
アルカードは少し不思議そうに首を傾ける。
すると
「おいお前」
トンはやってしまう。
「僕の婚約者を奪おうとは生意気な奴だな」
「ト、トン!!」
魔法ばかり勉強しているトンは、あまり世情に詳しくない。
そんなことも知らないのか?というレベルの知識量だが、そんな厄介な存在が許されるのがこの世界だ。
「別に奪う気はないけど……」
「嘘を付くな!!こいつは顔がいいからな。お前のような奴がホイホイと招かれると思ってたんだ」
「確かに美人だけど、まだ会ったばかりなのに俺は……」
「問答無用!!僕と勝負しろ」
「は?」
「ト、トン!!自分が何を言ってるのかーー」
「学園はどこでも決闘が可能だったな」
そう、これこそが真のチュートリアル。
初めての戦闘は行われる時。
「勝負だ。僕と戦え」
「……承諾する」
それはエリの、そして
「これは一体……」
「レイラ、トンがアルカード様に決闘を……」
「な!!あの豚は何を血迷って!!」
レイラの運命を大きく分けることになる。
いや、もう一人
「持ってる人間……」
濁った目をしたハルトは、アルカードをジッと眺めていた。
◇◆◇◆
「決闘に基づき、彼女を自由にしてもらおうか」
「そ、そんな……僕が負けるなんて……」
二人が賭けたものは、アルカードはトンの奴隷に、トンは自分の持つエリへの権利の全てであった。
「む、無効だ!!僕の家の力を使えば、こんな決闘の結果なんてーー」
「それを、俺の前で言うのか?」
「そ、それは!!」
アルカードは王族の証である、獅子の描かれた紋章を取り出す。
「ま、まままさか!!」
「別に他のことに追求する気はないが、決闘のルールには従ってもらう」
「そんな……僕の、僕のエリが……」
地べたに座るトンと、それを見下ろすアルカード。
「あ、あの!!」
エリはアルカードの前に立つ。
「ありがとうございます」
エリは大きく頭を下げる。
エリが家を離れることは変わらず出来ないが、少なくともトンとの婚約を解消出来た。
それだけでも、エリにとっては涙が出る程嬉しいことだった。
「ああ、やっぱりそうだ」
そんなエリの姿を見て、アルカードは何かを思い出す。
「君の名前って、エリ?」
「はい、そうですが……」
「そうかそうか、そういうことか」
アルカードは何かを納得させる。
「やっぱり俺たちは昔会っていたよ」
「え?」
「あの時の俺は何もない餓鬼だったし、お互いに自己紹介もしてなかったからなぁ」
「あ、あの、一体何を……」
「いや、いいんだ。全ては、あの部屋に置いた約束だから」
約束。
エリの胸に何か大きな違和感が現れる。
何かがおかしい。
何かを忘れているような。
これは一体……
「また会おう、エリ。そしてレイラ」
「どうして私の名前まで……」
「さぁね。それにしても、学園生活は思っていたよりも楽しそうだな」
それは、二人の出会いの序章に過ぎなかった。
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