第4話

「そんな……」


 発動してしまった。


 こうなってしまえばいもう、私にも……誰にもどうすることも出来ない。


「決闘のルールはそうだな……剣での勝負でいいだろう。敗北条件は相手が負けを認めた時だ」

「決闘ルール?よく分からんが、それでいいや」



『ルールが設定されました』



「なるほど……そういう感じか。それにしても、この謎の空間が出来てから騎士さんの声が聞こえなくなったな」

「当たり前だろ。決闘が始まればあらゆる邪魔が入らない。常識だろ?」

「さすがチュートリアル。分かりやすい説明だな」


 よかった。


 魔法でなければさすがの豚でも誤って殺すことはしないだろう。


 それに、定められたルールは戦闘の意志の喪失。


 これは心だけでなく、言葉でも可能だ。


『降参』


 この言葉さえ告げることが出来れば、この結界は解かれる。


 豚でも流石に良心が残っていたのだと安心した


「賭ける物は相手への絶対服従。これでどうだ?」

「オッケー。それでいこう」


 私が馬鹿だった。


「ハルト様いけません!!そいつに絶対服従など何をさせられるか!!」


 結界の向こうにいる彼に呼びかける。


「あ、騎士さんがなんか叫んでる。応援かな?」

「僕への賞賛に決まってるだろ。それよりも、ルールは定まった」


 結界の色が変わる。


 透明の見えない壁のようなものから、赤いものに変わった。


 これは決闘が始まったサインだ。


 二人の目の前に二本の剣が現れる。


 トンはそれを取り


「ぶっ殺す」


 走り出した。


 確かにあの贅肉の動きは緩慢だ。


 だが、剣を習っているという事実は、一度も剣に触れたことのないハルト様とは比べ物にならない程の差が生まれる。


 しかもこの上なく最悪なことに、ハルト様は片腕の戦いを強制されてしまっている。


 受けようとは思わなくていい。


 逃げるのだ。


 そう伝えたくても


「私の声は……」


 触れた結界に温かさはなかった。


「ごめんなさい、エリ様……」


 私の頬を流れる涙と共に、刻一刻と迫る最悪な結末は


「うん、やはりチュートリアルらしくゆっくりな動作だな」

「グハっ!!!!」

「……え?」


 見事に裏切られることになる。


「刃は潰されてるのか。これなら殺さずに済むな」


 私は自身の目を疑った。


 ハルト様が行ったことは至って普通なこと。


 そう、剣を投げつけた。


 至近距離で、外れないよう剣が自身に当たる直前にトンに向かって投げたのだ。


「い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」

「1F(フレーム)を狙うよりは簡単だったな。それにしても、やっぱゲームでも現実でも鈍器で人を殴ると強いな」


 訳が分からなかった。


 ハルト様の超常的な判断は勿論だが


「どうして冷静でいられる……」


 彼は戦闘の経験が一切ない。


 いや、私が知らないだけだと……そう言われた方が納得がいく。


 彼に恐怖心はなかった。


 冷静になれば誰でも出来ることを、人を傷つけ傷つけられるという状況下で迷いなく行動する。


 そこには底知れない異常性があった。


「あ、そうだ。ついでに確かめたいことがあったんだ」


 ハルト様は隣で悶絶するトンには目もくれず、何かを思いつき


[奪え]


「人から経験値が落ちるのか検証したいんだよな」


 笑顔で剣を拾い上げた。


「お、おい!!何をしようとしてる!!」

「何って、レベリングのためにあんたを倒すだけだよ」

「ぼ、僕を誰だと思っている!!」

「え?チュートリアル用の雑魚キャラでしょ?」


 ハルト様は躊躇いなく剣を振り下ろした。


 最初は自信に溢れていたトンの顔が絶望に染まる。


 そして


「そこまでです」

「ハァ……ハァ……」

「やべ、髪焦げてる」


 こうして空へと打ち上げられた、確実に人が殺せるであろう魔法を弾いた私は


「勝者はハルト様です」


 得体の知れない何かと出会ってしまったことを認識した。


 ◇◆◇◆


 怪我をした経験値はそのまま運ばれていった。


 どうやら今回のチュートリアルはPVP(プレーヤーVSプレイヤー)のものだったらしい。


 ダンジョンものだが、どうやらモンスターだけでなく対人戦の要素も取り入れたゲームのようだ。


「お怪我はありませんか?」

「ん?俺?」


 考察というゲームを進める上で俺が大好きな要素にふけっていると、騎士さんが俺に話しかけて来た。


「まぁ騎士さんが間に入ってくれたから怪我はないけど、そもそもチュートリアルで死ぬはずないし問題ないよ」

「も、申し訳ありません。ハルト様の申している内容が私では……」

「あ、ごめんごめん。これは俺が勝手に作った言葉だから知らないのも当然だ。やっぱり、この世界はゲームのキャラは生きているみたいだなー」


 俺がまたまた思考の海に潜っていると、騎士さんがまるでヤバい人を見る目で俺を見てくる。


「絶対服従、しかも命を失いかけた場面の後にこの大胆さ。同一人物とは思えない……」


 あぁ、そっか。


「言うの忘れてたけど、俺記憶喪失っぽいんだよね」

「き、記憶喪失!!」

「そ、だから正直さっきの決闘も魔法も見覚えがないから、危機感が足りないんだよ(という設定)」

「な、なるほど。それなら確かに色々と納得できる部分もありますが……」

「まぁ騎士さんや。難しいことばっか考えても仕方ないよ。それよりさ、俺が魔法を使えないってどういうこと?」


 俺の質問に騎士さんはあたふたし始める。


 その後、真剣な顔をして少し無言になる。


 言うかどうか、もしくは言葉を選んでいるのか。


 これがゲームなら


『……………………………………………………』


 というテキストがあと五行くらい続きそうな勢いである。


「ハルト様は……魔法が使えません」

「え?うん。それは知ってるんだけど、なんか情報ないの?使える方法とか、もしくは代用の何かみたいな」

「申し訳ございません。私では魔法を使えるようになる、と言った話は聞いたことがありません……」

「……そっか」


 うーん、困ったなぁ。


 魔法を使いたいという気持ちもあるが、何より魔法を使えないと物理無効の敵になす術がなくなってしまう。


 これだとゲームバランス崩壊だ。


「で、ですが一つだけ、ハルト様にも使える魔法が存在します」

「え!!なになに!!そういうの早く言ってよ!!」


 落として上げるタイプだったか。


 全く、人が悪いなこの騎士さん。


 さて、唯一使える魔法か。


 できればカッコいいのがいいなぁ。


「身体強化の魔法ですね」

「なるほど、身体強化の魔法か」

「……」

「……」


 地味……だな。


「ちなみに、さっきの騎士さんが目にも止まらぬ速さで動いたのは」

「身体強化の魔法ですね」

「……」

「……」


 被ってもいると。


「まぁ……使えるだけマシか」


 気分の天井は頭打ちだが、魔法が使える実感を噛み締めたい。


「俺に魔法を教えてくれ」


 俺の頼みに騎士さんは


「も……ちろん……です」


 めちゃくちゃ嫌な顔をしながら了承してくれるのだった。


「ハルト様が強くなられることは私の本望でもあります。ですが、そう期待されても後で後悔しますよ?」

「それでもいい。教えてくれ」

「……分かりました。あの豚が目を覚ますまでですが、魔法についてお教えしましょう」


 意外と口が悪いな騎士さん。


「それと、私のことはレイラとお呼び下さい」

「オッケー」


 そして、俺は魔法について学ぶのであった。

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