凍りついた王女の城

そうま

凍りついた王女の城


 王子は剣を振り下ろした。その先端は、彼の下に倒れ込んでいる黒い龍の額に深く突き刺さった。竜の絶命と、その断末魔が城の門の前に響きわたった。

 動かなくなった龍から後ずさり、王子は門をくぐった。長い旅で、服は汚れ、靴は破けていた。それでも彼は止まらない。中庭を抜け、石畳の階段を登り、大きな扉を開いた。城の中にはだれもいない。手入れもされずに、荒れ果てていた。

 王子は長い階段を登った。息を切らせて、夢中で駆け上がった。三階の一番大きな扉の前。取り付けられている錠前を、途中で拾ったハンマーで叩き壊す。金属片となった錠前は床に落ち、王子はハンマーを投げ捨てた。両手いっぱいに力をこめて、扉を押し開いた。

「セリーヌ!」

 王子は思わず叫んだ。部屋の中に、彼女がいた。ようやく会えた。彼は王女との再会に、疲れも忘れて駆けだした。

 部屋の中に入ってきたのが王子と分かると、王女も叫んだ。「ヘクトル!」彼女は何も口にできずにいた三日間のことなど忘れ、同じく彼に駆け寄った。


「里子、もう帰るわよ」

 里子は母の声で我に返った。ページから顔を上げると、本屋で立ち読みをしている現実の自分に意識が戻った。この本を読み始めて、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。足の関節が固まって、棒のようになっていた。

 母が立ち去ろうとする姿を認めて、里子は慌てて本を棚にしまった。


 王子ヘクトルと王女セリーヌがいる城は、凍りついたように動かなくなった。世界から、徐々に色が失われていく。家具や調度品、ヘクトルの栗色の髪、セリーヌの金色の髪が、ガラスのように透けていった。


 二人は、視線の先にいるお互いの顔を見た。そうすることしかできない。次にこの物語を読み進める人物が現れるまで。

 しかし、おそらく次の読み手が現れた時、時間は再び巻き戻り、彼らの物語はなかったことになってしまう。王国中を駆けずり回った日々も、ひとりぼっちで誰とも話を出来ずにいた孤独な時間も。


 夜の城は、凍りついたように静かだった。

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凍りついた王女の城 そうま @soma21

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