第30話・死にゆく罪人たち……9つの悦楽三昧降臨〔後編〕

  ◇◇◇◇◇◇


 時間は影ノ牙が宇宙空間から地上に向かって、摩擦熱で燃えながら落下してる時刻に少しもどる──風月洞かある中洲の町の小高い丘に立つ、人間ケンタウルスの影魔 ルリカが日中の空を見ていた。


 ルリカの目に昼間でも見える炎の流星が映っていた。

 数秒間──炎の流星は平原の山に向かって落下していき、燃え尽きて消えた。

 ルリカは、理由もなく溢れた涙を拭う。

 丘に立つ奇ノ骨のルリカに、後方から話しかけてきた人物がいた。

「なぜ、泣いておるのだ」

 振り返ったルリカの目に、銀色の王ノ牙の姿が映る。

「探したぞよ、どうじゃ余の妻にならぬか……悪いようにはせん、余の胸に飛び込んでくるが良い……その涙を余が癒やしてやろう」


 ルリカは王ノ牙の胸に泣きながら飛び込む。

 ルリカの頭を優しく撫でる王ノ牙。

「よしよし、余の妻になれ」

 唇を重ねる王ノ牙とルリカ、ルリカの体が銀色に変色していく。

「余の力を分け与えた、内臓も銀色に変わった……これからは『銀の貴婦人』と名乗るが良いぞ」

 王ノ牙に抱きついたルリカは、うれし涙を流しながら微笑んだ。


  ◇◇◇◇◇◇


 時間は鉄馬が舞姫たちが戦っている墓地へと、バイクを走らせていた時刻へと進む──

和風の墓石が並ぶ墓地群で、舞姫と魚拓は苦戦していた。


 舞姫と魚拓が戦っているのは、屍ノ牙『骸崎むくろざき乱子』と、乱子が連れてきたカマキリのカイジン『トウロウ』……そして、もう一名予想もしていなかった敵が舞姫と魚拓の前に現れていた。


「おぽぽぽっ……祭りですわ、千手の祭りですわ。おぽぽぽっ」

 神輿みこし台の上に、女性の腕が無数にある怪球物体が乗っていた。

 女性の肩から指先までの腕がウニのトゲのように生えた、その物体が乗っている神輿台を四方で担いでいるのは、胸と腹に白いサラシを巻いた六尺褌ろくしゃくふんどし姿の首が無い男たちだった。


 腕球体は9つの悦楽三昧の一人『千手三昧』と名乗って『バコシヤ』と言う、新種のクズを引き連れて墓地に突然、神輿で担がれて現れた。


「おぽぽぽ、加勢しますわ分隊の牙に……千手祭りですわ」

 バコシヤは、いかり肩でへの字口をしていて、半月型の黒縁メガネをかけている、気難しそうな顔のクズだった。

 半身ゾンビの屍ノ牙の乱子が、ヘソ穴からのケーブルで柄が繋がった刀を持って笑う。

「ひっひっひっ……最初は、敵か味方かわからなかったけれど。アタイの味方なら心強いねぇ……殺して、あたしを殺して」


 オカドー群と合流したバコシヤ群は「メンカップ、メンカップ、ドウスルンデスカ、フ~ン」と言いなが三ツ首の悪食ロック鳥に襲かかり、ロック鳥の全身を覆って動きを止めていた。


 舞姫は踊りながら、曲刃の短剣でカイジン『トウロウ』と戦っていた。

 トウロウは、等身サイズに巨大化させたカマキリの腹部から先に、髪を七三分けしたお固い地方公務員の上半身が付いたカイジンだった。

 カマキリの腕を持った地方公務員が「これは時間外労働です」と文句を言いながらカマ腕を振って魚拓に襲いかかる。

 魚拓が空中に『心』という文字を書いて舞姫の加勢をして、立体化した心の文字がトウロウと戦う。

 心はすぐに、トウロウのカマで粉砕されて折られた。

「心折れたぁ、ウケるぅ」


「ひっひっひっ、書道馬娘おまえの相手は、アタイだよ……この刃を受けてみな」

 屍ノ牙、カイジン『トウロウ』、オカドー、バコシヤ、そして想定外の千手三昧……完全に多勢に無勢の状態になっていた。


 トウロウの攻撃を防ぐので、精一杯の舞姫こと宵の明星・シャルムが呟く。

「これじゃあ、爆裂の舞が踊れない……せめて、あと一人……味方の罪人がいないと、ロックちゃんはあんな状態だし」

 舞姫がそう思った時、後方から高速で近づいてくるジェット音が聞こえてきた。

「鉄馬! やっと来てくれて……」

 振り返った舞姫の目に背後に立つ、異ノ牙が映る。

 思わず悲鳴を発する舞姫。

「ひっ⁉」

 石像のような姿をしていて、前面が生け贄台になっている異ノ牙が、舞姫の体を前面の生け贄台に固定する。

 手足を拘束されて身動きができない、舞姫の胸部から腹部にイチョウ葉型の刃物を突き刺して、縦に舞姫の体を裂く。

 立った状態のまま、心臓をえぐり出される舞姫。

 舞姫の口から血が吹き出す、生きたまま生け贄にされる乙女。

「がはっ……あぁぁぁ」

 両目を見開いて、絶命した舞姫の体は生け贄台から無造作に解放されて、墓地に落ちる。

 罪人の一瞬の死だった。


 仲間の突然の死を間近で見せられた、魚拓こと九十九神つくもがみ 唯は、その場にへたり込んで馬の尻尾を振る。

「そんなウソ……舞姫が……ウケない、ははは、悪い冗談」

 空からポツポツと雨が降ってきて、和紙に雨粒のシミを描く。

「和紙が濡れた、あたし……力を使えない……ウケるぅ」


 絶望の涙笑いをする魚拓に迫る、オカドーとバコシヤ。

「ア゙──ア゙──オマエハ馬鹿カ、ドンナ脳ミソシテイルンダ」

「アッ、ソレカラ……メンカップ、メンカップ」

 魚拓が人生を諦めた時、バイクの爆音が響き。

 バイクでジャンプしてきた鉄馬が現れた。

 鉄馬は片手をライトのレーザーアームに変えて、屈折するレーザービームで次々と、オカドーとバコヤシの頭を貫いていく。

「死ね! オカドー! と、もう一種類のカップ麺ばかり食べていそうな顔のクズ!」


 バイクを着地させた鉄馬は、片腕を扇風機のファンアームに変えてロック鳥に取り付いていたオカドーとバコヤシを吹き飛ばす。

 吹き飛ばされたバコシヤは、両腕をコウモリの翼に変化させた空バコシヤとなって鉄馬に襲いかかってきた。

 ファイアーアームで、バコシヤを容赦なく焼き払う鉄馬。

 炎に包まれたバコシヤの一匹が、最後の足掻きで鉄馬に向かってくると。

 鉄馬は近くに落ちていた棒で、バコシヤの頭を横殴りにして撲殺する。

 殴られては変形するバコシヤの顔。

「アッ、ソレカラ……メンカップ、メンカップ」

「てめぇなんか、落ちている棒で十分だ……カップ麺ばかり食いそうな顔しているんじゃねぇ!」


 千手三昧の方をチラッと見てから、異ノ牙に視線を移した鉄馬は、惨殺されて墓場に転がっている舞姫を見て怒りに拳を震わせて呟く。

「なにをしたんだ……オレの仲間にいったい何をしたんだ!」

 怒りに我を忘れ、片腕をナイフのソードアームに変えて異ノ牙に向かう鉄馬の前に、立ちはだかるカイジンのトウロウ。

 鉄馬はトウロウを縦に一刀両断しながら叫ぶ。

「邪魔するな!」

「天下りぃぃ」


 トウロウが倒されて形勢が逆転すると、屍ノ牙は墓穴へと飛び込んで逃げる。

「ひひひっ、ここは引くよ……楽しかったよ、殺してあたしを殺して」


 首なし男たちに担がれた、神輿台に乗った千手三昧が鉄馬に向かって言った。

「おぽぽぽっ、わたくしの名前は9つの悦楽三昧の一人、千手三昧……以後お見知りおきを『改ざん三昧』よりは優しい悦楽三昧ですわ……帰りますわよ、千手の祭りですわ」

 千手三昧は神輿台の上で揺られながら、去って行った。


 雨足が強くなる中、墓地に残るのは死骸の数々──鉄馬が座り込んでいた魚拓に近づいて、肩に手を乗せて慰めようとすると。

 突然、魚拓こと九十九神つくもがみ 唯の口から狂気が含まれた笑い声がもれる。

「あははははっ、舞姫が死んだ……殺された、あははははっ、ウケるぅ」


 鉄馬は笑い続ける魚拓を雨の中で眺め続けた。

 魚拓の喉にある宝珠が消滅する。

(強いショックで狂ってしまった……月桂城に連れて帰らないと)

 鉄馬は舞姫の近くで悲しい目で、胸部から腹部を裂かれて死んだ舞姫の死骸を眺めている三ツ首ロック鳥に、諭すような口調で言った。

「悪く思うな、罪人の死骸をディストーション帝国に、利用されないためだ」

 鉄馬は、魚拓が持っていた小瓶の中にあった液体を舞姫の死骸に振り掛けて、溶かして処分した。

 白い煙に包まれていく舞姫を見て、ロック鳥は三頭で悲しそうに鳴いた。

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