第29話・死にゆく罪人たち……9つの悦楽三昧降臨〔前編〕
影ノ牙に前面から抱きつかれ、ロケットブースターで雲を突き抜け、さらに高層圏まで運ばれ上昇している鉄馬の体は低体温で震えはじめていた。
(寒い……抵抗できない……オレは、このまま大気圏外に運ばれて)
呼吸困難と寒さで思考力が落ちてきた鉄馬は、静かに目を閉じる……辛うじて片目が少しだけ開いていた。
宝珠の力で、なんとか生命活動は維持できていたが、それも時間の問題だった。
眼下に広がる惑星の、レザリム大陸と海洋──雲の隙間から月型をした月魂国の島国の一部が覗いていた。
意識が遠のいていく鉄馬の体を開放した、影ノ牙は静かに鉄馬から離れ宇宙空間を漂う。
やがて、影ノ牙が星の引力に引き寄せられて大気圏の摩擦熱で、燃え尽きていく光景が微かに意識がもどった、鉄馬の視界の片隅に映る。
(オレも……同じように大気圏で燃え尽きて)
諦めはじめていた鉄馬の目に、月魂国がある惑星から青銀色の飛行物体が接近してくるのが映る。
それは、ホバーボードに乗った機人ジャンヌだった。
(ジャンヌ……?)
飛んできたサイボーグ機人は、鉄馬の体を抱き締めて惑星の方に落下して行く。
大気圏突入直前にジャンヌが言った。
「ピピピ……大気圏突入、耐熱耐衝撃シート放出」
鉄馬とジャンヌの体を銀色のシートが
シートの中でジャンヌが言った。
「ピピピ……鉄馬の生命維持のために体内酸素ボンベから、口腔で鉄馬の肺に酸素を注入……ピピピ、この体は鉄馬と直接キスをする」
鉄馬を助けるために、キスをするジャンヌ。
「んッんッ……鉄馬、生きて……好き……ピピピ、着陸地点はアストロンが異ノ牙と戦っている元の場所ヘ軌道修正」
耐熱の
ホイル焼を開くように、耐熱耐衝撃シートが開いて、包まれて抱擁していた鉄馬とジャンヌが現れる。
「ピピピ……鉄馬の体温低温を確認、これより鉄馬の体温を上昇させる救命処置を生身に近い部位で開始する」
鉄馬が低体温症になりかけているのを確認した、ジャンヌが胸部のカバーを外すと生身に近いシリコン胸部が現れた。
鉄馬の体に赤面しながら肌を密着させる、機人ジャンヌ。
やがて、鉄馬の顔に赤みがもどってきた。
両目を開けて抱きついている、ジャンヌの顔を見る鉄馬。
「ジャンヌが……オレを助けてくれたのか」
「ピピピ……救命処置終了、わたしの体はヒートアップしているクールダウンするまで、動けない……後は頼む鉄馬、離れろ鉄馬、火傷する」
機人ジャンヌの体から熱量が放出されて、クールダウン中のジャンヌから鉄馬は離れた。
立ち上がった鉄馬が周囲を見ると、植物系ジンジューがジャンヌに倒されて横たわっていた。
さらに別の方向に目を向けた鉄馬の動きが止まる。
そこには、スライム状態になって異ノ牙の足近くで震えている、擬態アストロンの姿があった。
擬態のスライム体には、擬態の細胞核と宝珠が確認できた。
鉄馬が叫ぶ。
「擬態⁉」
「鉄馬……異ノ牙は強いニャ、お腹空いたニャ……さようならだニャ、オレ死ぬニャ」
「なにを言って?」
弱々しい声で鉄馬の言葉に答える擬態。
「後のことは頼むニャ……舞姫たちの援護に回って欲しいニャ……オレ、鉄馬と会えて楽しか……」
擬態アストロンの言葉が終わる前に、異ノ牙の足が擬態の細胞核と罪人の宝珠を踏み砕く。
絶叫する鉄馬。
「うわぁぁぁぁぁっ! よくも擬態を、よくもぅ!」
異ノ牙は、何も言無言で舞姫と魚拓が戦っている、墓地の方角にジェット噴射で疾走して行った。
涙を拭った鉄馬の脳内に、脳医の声が聞こえてきた。
『舞姫と魚拓がピンチだ、辛いだろうが頼む……現時点で援護に向かえるのは鉄馬しかいない』
涙を拭った鉄馬は、ヘルメットをかぶるとバイクに乗って屍ノ牙と、カイジンが暴れている墓地の方向へとバイクを走らせ消えた。
静寂の時が流れる、擬態が亡くなった激戦の地──カイジューの死骸が横たわり、クールダウン中の機人ジャンヌが横臥する地に、
ジャンヌに被さるように奇怪な影が現れた。
「ギチッギチッギチッ……いい分解素材を見つけた、ギチギチ」
カニの背にタライ頭のブリキロボットが乗ったような陰影の人物は、カニのハサミで目を閉じたジャンヌの顎先を上げさせて顔を確認する。
「ギチッギチッギチッ、ますます分解して内部がどうなっているのか見てみたくなった……ギチッギチッギチッ、問題はどうやって分解室に運ぶかだな」
その時──ジンジューの近くに赤いシミのような空間が現れ、中から四枚の天使の翼を広げた闇ノ牙が現れた。
横たわるジンジューの女体部分の、白い横腹を眺めていた闇ノ牙が言った。
「あら、やられちゃったわね……そろそろ出てくるかしら?」
ジンジューの横腹が裂けて、中から倒されたジンジューの人間部分と、そっくりな裸身の女性が転がり出てきた。
粘液まみれで、ゆっくりと上体を起こした女性が、ぼんやりとした表情で呟く。
「あたし……今まで何をしていたの? あたし、誰?」
闇ノ牙がジンジューから、放出された女性に向かって片手を向けて言った。
「お疲れさま、また別の再生ジンジューになりましょうね」
女性の姿が、赤いシミの空間に包まれて消えた。
闇ノ牙は、機人ジャンヌの近くにいる人物に声をかける。
「あらぁ、悦楽三昧の一人『分解三昧』じゃない……もしかして、その足元の
分解三昧が答える。
「ギチッギチッギチッ、正解だ空間移動の力を貸してくれるか」
「お安い御用よ」
ジャンヌの姿が赤いシミの空間に包まれて、その場から消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます