第27話・【王ノ牙】と悦楽三昧と幻月鉄馬〔中編〕

  ◇◇◇◇◇◇


 月桂城で罪人たちが、妖星ディストーション帝国の動き出しを朔夜姫から伝えられる数時間前──ディストーション帝国の母船内では、悪目の手による影ノ牙の強化が行われていた。


 天井から下がった細い生体コードを体に繋がれ立っている、ピンクに青い虎模様肌の、影ノ牙の姉の両腕には盾が兼用された巨大な金属製の拳闘士グロブが装着されていた。


 影ノ牙の強化を行っている悪目が、薄笑いを浮かべながら言った。

「体の方にも少し防具を追加装着した、弟の小太刀と父親の戦闘用根を電磁小太刀と電磁根に変えた……さて、仕上げは」

 悪目は影ノ牙『影魔』の背中側に埋もれている片半仮面の母の顔の上に、宇宙空間で推進するロケットブースターパックを装着して母の顔を隠す。


「ふふっ、これでいい……影ノ牙には宇宙空間でも短時間は生存できる生物の遺伝子を組み込んであるから、罪人の一人くらいは宇宙空間に連れ出して始末できるだろう」


 影魔家の姉が呟く。

「家族……あたしの家族は、どこ?」

「ふふふっ……そうだ、家族を探し求めて出陣して。家族を守るために闘え」


 最後に悪目は姉と弟と父親の顔に仮面を被せて言った。

「さぁ、出陣だ。場所は異ノ牙が連れて行ってくれる」

 生体コードが溶けて消えると、仮面を付けられた四位一体の影ノ牙は部屋から出ていった。

 部屋の壁に背もたれて、影ノ牙の強化を眺めていた闇の牙の天使が言った。

「もしかして、影ノ牙は捨て駒にするつもりかしら?」

「影ノ牙は、元々少し精神に不安定な部分があったからな……それなりの戦力にはなったが、もう十分だろう」

「相変わらず非情ね」


 その時、生体的な壁に縦の亀裂が走り、カエルの吸盤のような手が壁の中から亀裂を広げ。

 広げられた亀裂の内側から、人間の歯が生えた目が無い赤茶色の怪物の口が壁を食べながら現れた。

 ずんぐりとした赤茶色の胴体、口だけしかないハンバーガー型の頭、吸盤が付いた細い腕、短い足のガマガエルのような表皮をした怪物が。

 親しげにディストーション帝国の牙幹部に話しかけてきた。


「おやおや、壁の中から失礼するぞな」

 大口の怪物を見た闇の牙が言った。

「その姿、名前を聞くまでもないわね──9つの悦楽三昧の一人『悪食あくじき三昧』ね」

「おやおや、知っていてもらえて光栄至極ぞな……今日は我が主人あるじの【王ノ牙】の命により、ご挨拶で立ち寄らせてもらいましたぞな……用事が済んだら、すぐに立ち去りますぞな」

 悪目が、悪食三昧に向かって言った。


「王ノ牙は、いつこの母船に来る?」

「おやおや、我が主人は気まぐれなお方です……そのうちに現れますぞな、おやおや、言い忘れていた伝言を思い出しましたぞな。王ノ牙は貴公が所有する人間ケンタウルスの【奇ノ骨】に大変興味を持ち、譲って欲しいと言われましたぞな……譲ってはもらえないかと」

「影魔 ルリカのコトか……あんな非力で役立たずで良ければ好きにすればいい……後方の馬母体の子宮は生きているから、受精実験で妊娠させるコトも可能だ」


「おやおや、我が主人の王ノ牙は、そんな非道なコトは望んではいませんよぞな……少し腹が空いたので、美味の下等生物オカドーを食べさせてはもらないかぞな……おやおや」

「食べたければ、好きなだけクズな生物を食べるがいい」


 悪目が指を鳴らすと、床から【くずノ牙】オカドーたちが現れた。

「ァ゙──ッ、ア゙──ッ」

「オマエハ馬鹿……カ」

「コンナ性格ヲシテイルカラ、オレハ、ヒネクレルンダ」

 悪食三昧に襲い掛かるオカドー。

 悪食は細い腕をムチのように伸ばして、捕獲したオカドーを次々と口へと運んで食する。

「マズい……不味くて美味いぞオカドー、血肉から豚舎の臭いがするぞな……おやおや」

「頭ガ痛イヨー」

「モウ嫌ダ、帰リタイヨー」

 すべてのオカドーを、食べ尽くした悪食が言った。

「ふぅ、馳走になりましたぞな……我が主人、王ノ牙にはオカドー亜種の『バコシヤ』と言うクズで無能な下等生物もいるので、いずれ目にするコトもあるでしょうぞな……おやおや」


  ◇◇◇◇◇◇


 時間は鉄馬たちが風月洞に向かった日時に進む──広い街道を鉄馬が乗ったバイクが走り、空を三つ首ロック鳥の背に乗った舞姫と、ドラゴンの翼で飛行する竜剣。

 街道には鉄馬のバイクと競うように、魔呪と他の罪人たちが乗った箱型の指北車が走っていた。

 運転席のような場所に座り、常に北を変なポーズで示している魔呪人形の方角を確認しながら、運転操作をしている魔呪に向かってヘルメットをかぶった鉄馬が質問する。

「その乗り物、どうやって走っているんだ? エンジンみたいなのは、見当たらないけれど?」

「不思議な動力で動いていたり、動いていなかったり」

「どっちなんだ」


 鉄馬がヘルメットの中で苦笑していると、走る指北車の窓から頭を出した擬態が鉄馬に聞いてきた。

 朔夜姫の姿に変身した擬態のスライム髪が、向かい風で粘液化して後方に飛び散っている。

「そういえば、機人ジャンヌの姿が見えないけれど、どうしたんだニャ?」

「ジャンヌは、飛行ホバーボードで先に目的地に行って、様子を見ながら後から来る罪人たちを待つと、言っていた」


「ふ~ん、そうかニャ……それにしても、お腹が空いたニャ」

 擬態がそう呟いた次の瞬間、鉄馬のバイクと指北車の間を前方から飛んできた何かが猛スピードで通過していった。

 突進してきた通過物体に激突した、擬態の頭が吹っ飛ぶ。


 上空から女性の声が聞こえてきた。

「うわぁ、なんか変なモノと衝突した……気持ちワリィ、オレ最悪……なんかベトベトする」

 指北車の屋根に、いつの間にか女性が胡座あぐらをかいて乗っていた。

 背中にハチのようなはねを生やし、頭にはサングラスを掛けているように見える昆虫の複眼、ハチのような触角が風に揺れている。

 デニムの短パンと、水着のような上着、丈が長いコートを着た美人のお尻からは長い産卵管のようなモノが外に出ていた。

 腰にはバックルに紋章が入った、ベルトをしている。

 突然、出現した奇妙な姿の美女が呟く。

「まったく、我が主人あるじの王ノ牙サマは、どこにいるやら……悦楽三昧の仲間も、気まぐれな主人と同様に。好き勝手にバラバラに行動しているし……悪食三昧だけは王ノ牙の命で、分隊の母船に挨拶に行くって言っていたか」

 ハチの特徴を持った美女が指北車の上から、バイクで並走している鉄馬に訊ねる。

「ねぇ、そこの変な乗り物に乗っている人……どこかで、銀色の人物見なかった? オレが仕えている主人あるじなんだけれど」

「見なかったな」

「そっか、王ノ牙と一緒に居る確率がたかいのは『溺愛三昧』のヤツだけれど……もう少し別の場所を探してみっか……オレ最悪」


 ハチ美女は、いきなり鉄馬のバイクの後部座席に飛び乗り座ると、鉄馬にしがみつく形で鉄馬の体を撫で回して呟いた。

「うふふふ、理想的な胸板……この体に産卵管を突き刺して寄生したら、丈夫なオレが誕生しそう……オレ最高」

 後部座席から飛び立ったハチの翅を持つ美女が飛び去りながら行った。

「オレの名前は、9つの悦楽三昧の一人、『寄生三昧』……兄ちゃん、オレがその体に産卵するまで体を大切にしろよ……あはははっ」

 そう言い残して寄生三昧は、飛び去ってしまった。

 体を触られた鉄馬は。

「いったい、何だったんだ?」

 そう呟いた。


  ◇◇◇◇◇◇


 それぞれの目的地に分岐道から分かれて向かう罪人たち。

 鉄馬とスライム状態になった擬態は、機人ジャンヌが待つ川沿いの町に到着した。

 中洲の中央にある町の入り口にある、定食食堂兼用の宿屋の壁に背もたれている機人ジャンヌの姿があった。

 ジャンヌは、なにやらミント臭がする、ガムのようなモノを噛んで鉄馬が到着するのを待っていた。

 鉄馬が言った。


「少し予定の時間より遅れた……変な女が擬態の頭をふっ飛ばして、擬態の状態がスライムに落ち着くまで、指北車を停めていたからな」

 バイクに張りついていた擬態アストロンがズルズルと地面に降りて言った。

「ニャ、迷惑かけたニャ……核が残っていたから再生できたニャ、これから擬態するニャ」

 擬態の姿がメイド姫の姿へと変わる。

「くっ、殺せニャ……朔夜姫の姿だと、代の外では敵に狙われやすいニャ……お腹空いたニャ、タンパク質を摂取したいニャ」


「そうか……声もそっくりだな。ところでジャンヌは、どうしてミント味のガムみたいなの噛んでいるんだ?」

「ピピピ……この生身の体が鉄馬とのキスを想定している、この体は鉄馬とキスをしたがっている……だから、その機会が訪れた時のために、ガムを噛んでいる……鉄馬がミント味のキスが苦手なら、別の香りのガムを噛む」

「いや、別にどんな香りのガムでも構わないが」

「そうか、話しは変わるが食堂の中に、銀色をした王サマのような人物が食事をしている……どうする、建物に入るか?」

「銀色の王サマ? よくわからないけれど……擬態がタンパク質を摂取したいみたいだから、食事をするために食堂に入ろう……オレも腹が減ったからな」


 鉄馬たちが食堂に入ると、確かに銀色をした王のような人物が食事をしていた。

 王冠をかぶって、テーブルの上に並べられた料理を食べている王の近くには、無表情なイケメン男性が一人立って王が食事をしているのを眺めていた。

 イケメン男性の左右逆の腕と脚には、タトゥーが入っていた。


 ジャンヌが鉄馬に囁く。

「ピピピッ……わたしにはわかる、王の近くに立っている、あのイケメン男性は……生体に機械を組み込んだサイボーグだということを……ピピピ」

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