狂ノ牙

 宇宙空間を次の侵略世界に向って侵攻する、大小の妖星ディストーション帝国の大船団。


 その先頭宇宙船に乗っている『空木悪目』は プライベート実験室で、円筒ドーム型カプセルの中に入っている軟体生物を腕組みをして眺めていた。

 等身で紫色をしたイカのような生物の方も、触手を蠢かして悪目を見ていた。


 空木悪目うつろぎあくめが呟く。

「イカなのが惜しい……最初は食用に捕獲した宇宙生物の遺伝子を操作をして、交配で毒抜きをしていたのだが……突然変異で、知能が高い生物が誕生してしまった……食用にするには惜しい」


 イカ型生物は、複数の目を開いて悪目を見る。

「そうか、おまえもディストーション帝国のために、能力を使って働きたいか……わたしも、科学技術方面の幹部級牙が一体欲しいと思っていたところだ……次の侵略する世界に到着したら考えよう」

 イカは悪目の言葉を理解したかのように、複数の目を細めた。


  ◇◇◇◇◇◇


 その世界は、医療分野の技術が発達した世界だった。

 遺伝子工学の女性科学者『|斑木

塔科まだらぎとうか』は鏡に映る自分の顔に怒りを覚えて、鏡を手斧で叩き割った。

「どうして、あたしが! この天才的な頭脳の持ち主が、こんな不当な仕打ちを受けないといけないのよ! 間違っている!」


 コンクリートが剥き出しの壁と天井の、部屋の床に散らばった鏡の破片には。

 頬が痩けて目の下にクマが浮ぶ、やつれた顔で怒りに満ちた、老けた中年女性の姿が映っていた。

「この世界の愚かな人間たちには、あたしの脳髄の偉大さがわかっていない」


 黒髪の中に白髪が、メッシュの房になった女性科学者の年齢は、まだ十代後半の年齢だった。

 塔科のいる世界は、医療科学が発達していて、人間の容姿は二十代に保たれていた。

 不老の世界──軍隊や防衛する国家組織が存在しない世界で。

 塔科は禁じられている生体実験を行い、封的処罰を受けた。

『テロメア削除刑』細胞の老化現象に大きく関係する、テロメアを短くして老化を進行させる。

 若者しかいない世界で、一人だけ急速に老いていく恐怖。

「あたしの偉大な研究は、この世界の愚かな人間には理解できない……あたしの崇高な実験を異端視した愚かな人間ども、いずれ報いを受けるがいい」


 建物の外から人々の、ざわめく声が聞こえてきた。

 窓の外を見ると、空に点々と広がる赤いシミのような空間の中から、大小の妖星ディストーション帝国宇宙船がビル群の間へと降下していくのが見えた。

「なにアレ?」


 塔科は、背後に立つ人の気配に振り向いた。

 そこには、ヘソ出し軍服姿で、片方の肩だけにペリースと呼ばれる肩マントをした『空木悪目』が立っていた。

 悪目が手斧を持った、斑木塔科を見て言った。

「この世界の、わたしはずいぶんと老け顔だな……まあいい、オカドーども捕獲しろ」

 悪目の背後から、ワラワラと下等生物のオカドーが現れる。

「ギィギィ、ア──ッ、ア──ッ」

「帰リタイヨゥ」

「オマエハ、馬鹿……カ。オレハ、コンナ性格ダカラ、ヒネクレルンダ」

 塔科は、手斧を振り回してオカドーの頭を叩き割ったり、胴体を寸断したりして抵抗する。

「あたしに近づくな! 化け物オカドー!」

 必死の抵抗も虚しく、増えてきたクズ生物の数量に負けた塔科の姿が、オカドーに埋もれて消えた。


  ◇◇◇◇◇◇


 数時間後──ディストーション帝国宇宙船の、悪目のプライベート実験室の、円筒ドーム型カプセルの中に塔科は入れられていた。

 腕組みをして塔科を眺めていた悪目が呟く。

「思わず捕獲してしまっが……どうしたモノやら、若い肉体のスペア体は足りているし……使い道がない」

 カプセル内の塔科の目は、悪目の肩越しに向かい側のカプセルの中に入っている紫色のイカを見ていた。

 イカも塔科を見ていた、やがて異なる種族の間になにか繋がるモノが生じた。

 それは、同調シンクロする思考の波長や、脳波のようなモノだった。


 塔科の口から、奇妙なイントネーションの言葉がもれる。

「キュキュキュ……この女のすごい脳みそ、ほしいキュキュウゥ」

 悪目は塔科とイカを交互に眺めて呟く。

「こんな偶然があるのか……異種族で、同じ思考パターンの者同士が出会うなんて? 奇跡だ……同調した脳波のイカのテレパシー?」


 塔科が自分の言葉で言った。

「その軟体生物の意思が頭の中に流れ込んできた。初めてだ自分の偉大な頭脳を理解して認めてくれる、同じ思考の者と出会えたのは……あたしの脳髄のうずいを、その軟体生物に移植してくれ」

 少し驚く悪目。

「正気か?」

「朽ちていく体の中に入ったまま、あたしの偉大な脳細胞まで一緒に、滅びていくのは耐えられない……頭蓋骨から取り出して、イカの中に移植してくれ」

「おまえの意識は消えるぞ……イカの脳がメイン脳になって、おまえの脳はイカのサブ脳になる……それでもいいのか?」

「構わない、この偉大な頭脳が有効に使われるのなら本望だ」

「狂っているな……イカとおまえを【狂ノ牙】と呼ぶコトにしよう」

 こうして、人類塔科の脳髄は頭足類イカに移植され、異種族間移植は成功した。


 イカの眉間に縦に開いた傷口のような部分に、ハメ込まれたクリアーパーツの中に塔科の脳髄が収まっているのを眺めながらイカに訊ねる。

「どんな気分だ?」

「キュキュ……不思議な感覚だ……キュュッ、この女の脳ミソさいこうだぁぁキュキュ」

「すぐに慣れる……塔科と言ったか、おまえの意識はイカに吸収されて消滅する……おまえの脳髄は臓器の一部となる」

 次第にかすれていく塔科本人の言葉。

「本望だ……あたしの脳髄を使って、あたしの頭脳を認めなかった者たちに、報復……キュキュ、女のいしき、完全に消えた……ちしき、おれのモノになったキュゥゥ」


 喜び舞い踊るイカ。宇宙船の床に、カイジューとカイジンが徘徊して、オカドーが奇声を発する荒廃した塔科の世界が映し出される。

 悪目が【狂ノ牙】に訊ねる。

「防衛力が皆無な、この世界……塔科のサブ頭脳はどんな支配を思考している?」

「キュッ、にんげんの卵細胞いでんしと、精細胞いでんしに、ひそかに手を加えて……にんげんが生まれてこないようにする」

「それは、面白い」


 狂ノ牙の説明だと、生殖遺伝子を変化させる食べ物を、長期間繁殖可能な若い男女に与え続け。

 人類が樹上生活から地上生活に移行した段階の類人猿を誕生させる計画らしい。


「キュッ、この世界の人間から生まれてくる子どもはこれから、おサルさんになる……げんご能力がなく、かんたんな道具しか、つかえないサルから、ぶんめいをスタートさせる」

「さっそく、その素晴らしい計画を実行に移そう……フフフッ、計画に最適な実験培養中の食べ物がある」

 悪目はゼリー状のキノコが、びっしり詰まった培養カプセルを指差す。

「栄養価が高い遺伝子組換えの万能食材だ……この食材だけで、すべての栄養素が摂取できる」


 カプセルの中には、眼窩がんかが覗く牛のような家畜の全身を苗床として、ゼリー状のキノコが繁殖していた。

「繁殖力が強く、動物、植物を問わず。他の食材を駆逐くちくしていく。この食材を利用して人間の生殖細胞を変異させよう」

「キュッ、たべるモノがなくなれば……生きるために、いでんし変異のたべ物をたべるしか選択肢がなくなる……キュキュキュゥ」


 またひとつの次元世界が、妖星ディストーション帝国に、未来への希望がない世界へと変えられた。


 狂ノ牙〜おわり〜

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る