異ノ牙

 南米の古代文明に似た世界──その世界で、一人の老いた戦士が粗末な小屋で自分の人生を振り返っていた。

 床で天井を見上げている老戦士の、シワが刻まれた目に涙が浮ぶ。

(いったい、儂の人生はなんだったのだろう)

 若い時は自分の部族のために、必死に戦った。

 戦場いくさばでは他部族の戦士の首を誰よりも多く狩り、ほまれの英雄と呼ばれた。

 だが、平和な世の中になり年老いた今は。

「単なる厄介者か」


 床から起き上がる老戦士、その片足は戦いで負傷して切断され、金属の円盤が鏡面のように貼りついていた。

 杖をついて立ち上がる老戦士が、手にしている杖は神木と呼ばれている木の杖だった。


 老戦士は家の外に出ると夜空を見上げた、若い時と変わらない美しい夜空だった。

「本当に、この夜空の輝きだけは、昔のままじゃな」


 途中から二つに分岐した、天の川ミルキーウェイの分岐点に輝く自分が信仰する赤い神星に、いつもように祈った。


 老戦士の妻と子は、村の者に神への生け贄いけにえにされた。

 妻は雨が降らなかった旱魃かんばつの時に、子供は長雨が続いて太陽が厚い雲の向こう側に隠れてしまった時に、祭壇で腹を裂かれた。


 戦士の身内の生け贄なら、神への祈りも強く届くと考えられていた。

 祭壇の上に仰向けになって、生け贄に選ばれるコトが栄誉だと……老戦士の妻も子供も、笑みを浮かべながら胸と腹を裂かれて死んでいった姿が、ずっと老戦士の脳裏には残り続けていた。

(妻も子供もいない、こんな世界など、滅んでしまえばいい)


 いつも通りに、歪みの祈りを神星に捧げた老戦士が家にもどろうと、数歩進んだところで……ふっと、なにかを感じた老戦士は、振り返って赤い神星を見た。


 夜空を汚染するように、赤い空間が広がり空間の中から。

 妖星ディストーション帝国のウィルス型宇宙船が霧のようなモノをまといながら、ゆっくりと山向こうに降下していくのが見えた。

 宇宙船が山の後ろに消えると、赤いシミの空間も閉じて消えた。

「おぉ、神が降りてきた」

 

  ◇◇◇◇◇◇


 翌日──老戦士は、半日かけて宇宙船が着陸した、山向こうの水が少ししか流れていない涸れ谷に、辿り着いた。

 トゲトゲのスパイクに覆われた、ウィルス型の宇宙船を見上げて老戦士は呟く。

「いったい、これはなんだ?」

 老戦士の疑問に答えるように、岩の陰から『空木悪目』が現れて言った。

「おまえか、我らディストーション帝国を、この世界に呼び寄せたのは……感じるぞ歪んだ心の波動を、なにを望む」

 地面に平伏した老戦士が言った。

「自由に、動ける体を……そして」

 老戦士は、少し間を開けると、しゃがれた声で言った。

「この世界の滅亡を望む……妻と子供を生け贄にした、こんな世界など滅んでしまえばいい」


 老戦士の言葉を聞いた、悪目が高らかに笑う。

「あはははっ、気に入った。その願い叶えてやろう……おまえは幹部牙になれる素質がある、願いが叶ったら我らディストーション帝国の仲間になれ……三日後に、この場所に来い新しい体を用意しておく」

 谷の上空を旋回している、翼がある蛇のような生き物を見上げながら悪目が言った。


「それと、デストーション帝国の幹部となって、同じ神になるのだから、へりくだった口調をする必要はない」


  ◇◇◇◇◇◇


 三日後──老戦士が谷に行くと、等身の黒い石像のようなモノが立っていて、その近くに空木悪目がいた。

 やって来た老戦士に悪目が言った。

「この世界の神に似せた姿で作ってみた……おまえの新しい体だ、この体に記憶を移す」

「記憶を移された、儂の体はどうなる?」

「未練があるのか? その老体に」

「いいや、どうなるのか知りたいだけだ」

「使い道がない遺体は、朽ちて腐敗するだけだ……臆したなら来た道をもどれ」

「この体を捨てて、新たな体を得よう……妻と子供を生け贄にした村の者たちに、復讐をするために」


 老戦士の記憶は、黒い石像のような体に、その場で移植された。

 新しい機械体の感覚を確認している、元老戦士に悪目が訊ねる。

「どんな感じだ」

「悪くない、青年にもどったようだ」

 元老戦士は、記憶を移行して抜け殻になった自分の形骸化けいがいかした老体を。

「消えろ! ジジィの体!」

 そう言って、機械の足で遠方に蹴り飛ばした。


 笑いながら拍手をする悪目。

「最高の牙が誕生した、これからは【異ノ牙】と名乗るがいい」

「そうか、儂は神になったのか……異ノ牙という名の神に、世界はいつ滅ぼしてくれる?」

「慌てるな、災いのカイジューを数体──侵略する価値もない、この世界に放つ」


 火と風と水と大地と宇宙のカイジューが、この世界の各地で滅亡の災いを引き起こすと悪目は言った。

「カイジューが引き起こした災いは、いずれこの世界で伝承や神話となって残る……噂をすれば、炎のカイジューが飛んできた」


 谷の上空を四枚のはねを羽ばたかせた、虫のような鳥のような炎をまとった巨大なカイジューが通過して行った。

 上空を旋回していた、蛇に翼が生えたような生物が燃えながら落ちてくる。

 悪目が言った。

「今の炎のカイジューが、形骸化して球体になって地表に落下すれば一面が炎の地獄になる……カイジューが本格的に活動を開始するには、まだ少し時間がある……この世界を去る前に村の者に、復讐をしてこい」


  ◇◇◇◇◇◇


 新しい体になった異ノ牙が村にもどると村人たちは、老戦士にひれ伏した。

「神さまが我々の前に現れた、神さまお助けください……炎の怪物が現れて作物が、すべて焼かれてしまいました……炎の怪物を退治してください」

 異ノ牙は、内心呟く。

(見た目が変わっただけで、厄介者の老人から神と呼ばれるようになったか)

 異ノ牙は、自分の妻と子供を生け贄にした、数名の村人を指差して言った。

「漆黒の神に生け贄を捧げよ」


 広場にある、祭壇の上に仰向けに、体を横たえようとした男に異ノ牙が言った。

「祭壇は必要ない、わたし自身が祭壇だ」

 立たせた男の背後に回った異ノ牙の機体が男の体を拘束する。


 そして、立った状態の男の胸から腹を、異ノ牙はイチョウの葉型の刃物で裂いていく。

 快楽物質を注入した男の腹を裂きながら、異ノ牙が男に質問する。

「どんな気分だ? 生きたまま生け贄になる気分は?」

「幸せです……神さまに選ばれて……あぁぁ」

 生け贄になった男は、神に選ばれた喜びを感じながら……痙攣けいれんして死んだ。


 続けざまに、数人の体を裂いて復讐を果たした、異ノ牙がひれ伏している村人たちに言った。

「おまえたちの願いは神に届いた……滅びるがいい」

 愕然としている村人を残して、足の裏からジェット噴射で地面を滑走した異ノ牙は、ディストーション帝国の宇宙船にもどった。


 宇宙船の開いた出入り口の所にいた、悪目が帰ってきた異ノ牙に訊ねた。

「復讐は終わったか?」

「あぁ、もう未練はない」

 空に鉛色の雲が急速に広がり、雨がポツポツと降ってきた。

 悪目が言った。

「水のカイジューが目覚めた……この世界は終わりだ」


 悪目と異ノ牙が乗った、妖星ディストーション帝国の宇宙船は上昇して、鉛色の雲の中に消えた。


 異ノ牙〜おわり〜



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