屍ノ牙
妖星ディストーション帝国の侵略が開始される前の、その世界に『
「乱子、一緒に帰えろう」
下校時刻──学校で帰宅の準備をしていた、乱子につき合っている男子生徒が声をかけてきた。
少し微笑みながら、うなずく乱子。
「うん、いいよ……今日はバイトのシフトも無いから」
学校指定のヘソ出し制服で乱子は、付き合っている男子生徒と抱擁して唇を重ねる。
潤んだ目の表情で、彼氏の手の平の感触を背中に感じる乱子。
「んんッ……好き……んッ」
「オレも好きだ、乱子のコトが」
乱子の暮らす世界の学校では、つき合っている男女が校内や野外で抱擁したり。
キスをしたり、イチャつくのは日常の光景で、誰も気にしていなかった。
スクールバックを持った女子生徒が、抱擁してキスを続ける乱子に、帰宅の挨拶をして通り過ぎていく。
「乱子、また明日、学校で」
キスをしながら、教室を出ていく女子生徒に手を振る、骸崎乱子。
「ふぁい、また明日……んッんッ」
そんな、乱子と乱子の彼氏が抱擁している姿を。
向かい側校舎の窓越しの通路に立って、嫉妬の視線で眺めている。下級生の女子生徒がいたコトに、骸崎乱子は気づいていなかった。
◇◇◇◇◇◇
翌日──並んで登校する、乱子と乱子の彼氏を見た男子生徒数名の、ヒソヒソ話しが歩く乱子の、耳に聞こえてきた。
「あれ、骸崎家の人間だろう……よく、つき合えるよな」
「しっ、大きな声で話すと、聞こえるぞ」
うつ向き歩く乱子の肩をグイッと、優しく引き寄せる乱子の彼氏。
乱子の耳元で囁く彼氏の声。
「血族の剣技なんて気にするな、乱子は乱子だろう」
彼氏の体に寄りそう乱子。
「うん、ありがとう」
『骸流剣技』それは修練を積み重ねて、会得する剣技ではなく。
骸流剣技の開祖から脈々と血族に流れる、忌みされる流派だった。
骸崎家の、どの代で突然、忌みの剣技が出現するのか……わからなかった。
乱子と、乱子の彼氏が並んで歩いていると、後ろから歩いてきた下級生が乱子を睨みつけながら言った。
「あたしの先輩に、そんなに近づかないでください! この学校に入学したのも、先輩がいたからなんですから」
「エッ⁉ あなた何を言って……えっ?」
乱子は下級生女子生徒の肩越しの空に、シミのように広がる赤い空間の中から、ゆっくりと下降してくる。
妖星ディストーション帝国のトゲトゲのスパイクがついたウィルス型宇宙船を見た──その日から、乱子の世界にディストーション帝国の侵略がはじまり、乱子の日常は一変した。
◇◇◇◇◇◇
ディストーション帝国の侵略が開始されて一ヶ月──カイジューと、カイジンに
避難所となった学校に、机や椅子で作ったバリケードの狭い隙間を抜けて。
食べ物を探しに校舎の、外に出ていた乱子がレジ袋を提げて、足を負傷して動けない恋人が待つ屋上に帰って来た。
「パンを見つけてきたよ、一つしかないけれど二人で分けて一緒に……」
屋上に座っている彼氏を見た、乱子の手からレジ袋が落ちる。
そこには、ディストーション帝国の侵略が開始された朝……「あたしの先輩に近づかないで」と言ってきた、あの下級生の女子生徒と抱き合ってキスをしている彼氏の姿だった。
震える声で乱子が言った。
「なにしているの……人が必死に食べ物を探していた時に」
彼氏から唇を離した下級生が、勝ち誇ったような口調で言った。
「もう先輩は、あたしのモノです。あきらめてください」
その言葉に乱子の
中で、ナニかが歪み、血族の封印されていたナニかが噴き出してきた。
「ふざけたコト、言わないで」
落ちていた金属パイプを手に下級生に、ゆっくりと近づく乱子。
乱子の瞳が怪しい輝きを放つ。
「この泥棒ネコ!」
乱子に睨まれた下級生の体が麻痺をして、呼吸困難に陥る。
下級生は、苦しそうに口をパクパクさせて喉を押さえる。
「い……息が……ぎッ」
乱子は抵抗できない下級生を、金属パイプでメッタ打ちにする。
「この、この、この、このぅ!」
「やめてぇ! 死んじゃう!」
「死ねばいい、人の恋人を平気で奪うような女は、死ねばいい!」
ぐったりとした、下級生をかばうように、乱子の彼氏は金属パイプを振り上げた乱子を突き飛ばす。
「やめろ乱子! 本当に死んでしまうぞ!」
傷ついた下級生を抱きしめる彼氏を見る、乱子の目に涙があふれてきた。
涙目で首を横に振る乱子。
「どうして……どうして、こんなコトになっちゃたの……どうして」
その時──屋上に拍手の音と『
「見つけた、幹部級【牙】の最高の素材を……見つけた」
声が聞こえてきた方向を見ると尻尾が生えた白い人間体に、目がない白い首長竜のような頭部が付いたカイジューが、屋上のフェンスに手をかけて、こちらを見ていた。
カイジューの首の喉側は一部が網目状になっていて、飲み込んだモノが通過する時に、見える仕組みになっていた。
そして、カイジューの肩にはヘソ出し軍服姿で、マントを着用した空木悪目が腰かけていた。
悪目が言った。
「少し手を加えれば、最高の牙になりそうだ。喜べおまえは、妖星ディストーション帝国に選ばれた……あの女を捕獲しろカイジー」
首を伸ばしたカイジューに、丸呑みされた乱子が網目状の食道を通過していくのが見えた。
◇◇◇◇◇◇
数時間後──ディストーション帝国の宇宙船内で、液体が満たされた円筒形の実験カプセルの中に、衣服をすべて剥がされた姿で浮ぶ乱子の姿があった。
口と鼻を被うように、生物的な酸素吸入器が付着していて、気泡がゴボゴボと液体の中を上昇していた。
機械操作をしている、悪目が言った。
「想像していた以上の身体能力の高さだ、筋肉の配置と心の歪みも申し分ない……もう少し手を加えれば完璧な牙が誕生する」
カプセルの中の乱子に、悪目が操作する
「全身の骨格を人工骨格に取り換えて『内骨格型サイボーグ』に強化する、人工の『罪人の宝珠』を腹の中に埋め込んで。
ヘソの穴から宝珠のエネルギーを取り出せるように、
マニュピレーターが正常に作動しているのを確認した悪目は。
食事と睡眠をするために部屋の明かりを消して、部屋から出てると通路で呟いた。
「だいたい、五時間後くらいには処置が終わるかな」
点灯する機械の赤いランプ、作業を進めていくマニュピレーターの機械音。
暗い部屋の中で満たされた液体に、淡いグリーン色の光りでライトアップされたような円筒形カプセル……まるで、標本のような乱子の体に無機質な外科マニュピレーターの淡々とした切開処置が進行していく。
全身の骨が金属製の人工骨に交換されていく改造手術に、意識を保ったまま全身麻酔をされた乱子は恐怖する。
(い、いやっ、やめて……いやあぁぁぁぁ!)
五時間後──内骨格型サイボーグの、骸崎乱子が誕生した。
◇◇◇◇◇◇
ヘソ出し制服を着て立っている乱子のヘソの穴に、刀の柄から伸びるケーブルの先端を押し込んで接続する。
「ふふっ、人工骨と乱子の肉体を馴染ませるために、一週間は人工骨からのコントロールで乱子を動かす……一週間が経過するとコントロールは自動で切れて乱子は、自分の意思で動けるようになる……それまで、せいぜい
次の日から、自分の骨にコントロールされた乱子の殺戮がはじまった。
逃げ惑う町の人々を容赦なく刀で、無差別に惨殺していく、骸崎乱子。
(イヤッ……こんなのイヤッ、誰かあたしを殺して! あたしを止めてぇ!)
一週間が経過して乱子は人工骨のコントロールから解放された。
自分の意思で動けるようになった乱子は、
放心状態でフラフラとした足取りで。
町の廃工場の敷地内にある、有害な廃棄溶剤が雨水と一緒に溜まっているタンクの上にやって来た。
「殺して……あたしを誰か、殺して」
そのまま、タンクの中に落下する乱子。
だが、乱子の体はタンクの底には沈まなかった──粘度のある廃棄溶剤の有害物質に、体の半身だけが沈んで停止した。
(殺して……あたしを、殺して……ひっひっひっ)
小1時間後──半身がゾンビ色に変色した、乱子の体が爪クレーンでタンクの中から引き上げられた。
遠隔操作でクレーンを動かしている、悪目が言った。
「いい具合に仕上がった、今日からおまえの名前は【
クレーンに吊られたまま、狂った笑みを浮かべた乱子は。
「ひっひっはっ、アタイの名前は屍ノ牙……殺して、あたしを殺して!」
屍ノ牙〜おわり〜
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