サイドストーリー【牙】

闇ノ牙


 ある現代風の世界〔地中海の港町〕、マロニエの樹に似た街路樹の通りにある喫茶店のオープンテラスに、4枚の翼を体の中に隠した、男性天使がティータイムを楽しんでいた。


「う〜ん、優雅なティータイムは、あたしのような美声の天使には必要ね」

 彼の服で隠された肩甲骨と肩甲骨の間には、罪人の宝珠があった。

「自由に自分のいた世界と、月魂国を行き来できる能力は便利ね」

 焼き菓子を食べる天使は、歌姫ならぬ歌王子だった。

 その歌声は、多くの者の心を癒やし称賛され。

 歌王子の天使も、人々の笑顔を見るコトに喜びを感じていた。


 天使がティータイムを楽しんでいると、十一歳くらいの男子が一人……歌王子の天使に近づいてきて言った。


「歌天使と呼ばれている方ですよね? ファンなんです、サインください」

「あら、この小さな港町にも、あたしのファンがいたなんて……いいわよ、サインしてあげる」

 天使がサインしている間に、少年は悲しそうな声で話しかけてきた。

「実はボクの、お母さん……ずっと病気なんです、家は貧しくて薬を買うお金が無くて」

 サインを書いていた、天使の手の動きが止まる──話し続ける少年。

「聞いたコトがあります天使の歌声は、人を魅了すると……お願いです、あなたの歌声で母さんの薬を買えるだけのお金を集めてくれませんか」

 天使は少年の願いに微笑んだ。

「あたしの歌声で、あなたのお母さんの病気が治るのなら」


 港町の街かどに立った歌王子の天使は、心を込めて歌う。

 少年の仲間たちも、空き缶やビンを持って町行く人たちに、薬代の募金を呼びかける紙を見せたが港で働く者たちは、誰一人として募金をしてくれなかった。

 天使は、間奏に思った。

(なんて薄情な一人たちかしら)


 天使が歌い終わると少年が言った。

「ダメですね、場所を変えてみましょう。もっと、観光客がいそうな場所に……」

 観光客らしき人々が往来する通りで、天使が歌いはじめると足を止めた観光客が一人……また、一人とビンや缶に薬代を入れてくれた。


 天使の歌が終わったころには、それなりの金額が集まっていた。

 少年が天使に礼を言った。

「これで、お母さんの薬が買えます……ありがとうございます、天使さま」

「良かったわね、お母さんを大切にね」


  ◇◇◇◇◇◇


 夕暮れ迫る時刻、歌王子の天使は大衆食堂で、母親が病気だと言った少年の笑顔を思い浮かばながら。夕食を楽しんでいた。

(あの子、お母さんにお薬を買ってあげられたかしら)

 天使が微笑んでいると、前掛けをした食堂の男性調理人がやって来て、天使に言った。

「あんた昼間、町で歌っていた人だろう……あんたは、この町に来たばかりみたいだから教えてやるが……あんた、あの悪ガキにダマされているぞ」

「どうゆう意味かしら?」


「あのガキ、母親が病気だと言っていただろう、あれは他所よそから来た者をダマす、あのガキ得意のウソだ……あの悪ガキどもには身内はいない」

 驚く天使。

「えっ⁉」

「オレの言葉が信じられないなら、町外れにある廃工場に行ってみな」


  ◇◇◇◇◇◇


 天使が夕闇に染まる中、町外れの廃工場に向かうと、工場の中から少年たちの声が聞こえてきた。

「他所者をダマすのは、ちょろいぜ、特にお人好しの大人はダマしやすいぜ」

「この町に来たばかりでオレたちのコトを知らない、他所者ならなおさらだな」

 物陰から少年たちの会話を聞いている、歌王子天使の体が小刻みに震える。

 少年たちの会話は続く。

「なにが、天使の歌声だ……利用されているのも知らずに歌わされて、稼がせてもらったぜ」

「明日も下手な歌を歌わせて、稼がせてもらおうぜ」

 物陰で拳を握りしめる、癒やしの光りの天使。


「なにが、天使だ……

この世界に天使がいたら、オレたちの願いを

聞いて金持ちにしてみろってんだ……はっはっはっ」

 涙を流しながら、歌王子の天使は物陰から、少年たちの前に出てきた。

 少年たちは、少しだけ驚いたが、すぐにふてぶてしい笑みを浮かべた。

 天使が呟くような口調で言った。

「ダマしたのね……天使を」

「それがどうした、ダマされる方が悪いんだよ……なにが天使の歌声だ、天使なんているはずないだろうバーカ」


 天使の体から、黒いナニかが湧き出して上昇していく、少年たちに向って呟く天使。

「許さない……あたしを……オレをダマしたクソガキども、許さないぞ!」

 天使の背中から、突出した四枚の白い翼が夕暮れの闇と連呼するように、白い翼が黒色に変色していく。

 天使の姿に悲鳴を発する悪ガキ。

「本物の天使だぁ⁉」


 天使の怒りは、疫病へと変化する。天使をダマした悪ガキたちは、口から血を吐いて苦悶の表情で地面をのたうち回る悪ガキ。

「ぐぇ、がぁぁ!」

「おごッ、げはッ!」

「た、助けて……うぷッ」

 吐血をしながら死んでいく、悪ガキを冷ややかな目で眺めながら天使が言った。

「害虫の幼虫は、どんなに成長しても害虫の成虫にしかならない……ガキは嫌いだ」


 天使の怒りから発生した、特定の年齢までの子供だけに感染して死亡させる疫病は、一晩で世界中に広がり。

 次々と死んでいく子どもたちに親は涙した。


  ◇◇◇◇◇◇


 宇宙空間に浮かんだ歌王子の黒翼天使は、怒りの疫病が蔓延まんえんした。

 子どもを失った親の嘆きに満ちた未来がない惑星を眺めながら呟いた。

「もう、月魂国には……もどれないな」

 天使は、黒い羽根を一枚引き抜いて言った。

「オレの居場所を示せ」

 宇宙空間に、放った羽根は赤いシミのような空間を作り。

 その向こう側にある別空間宇宙に『妖星ディストーション帝国』のウィルス型宇宙船が見えた。


 恒星の光りの中、天使の翼が白翼に変わる。

「あそこね、今のあたしの居場所は……受け入れましょう」

 闇ノ牙となった天使が、ディストーション帝国の宇宙船が浮ぶ空間に入ると、天使がいた空間の入り口が静かに閉じた。



サイドストーリー・闇ノ牙〜おわり〜

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