影ノ牙
武闘が主流の世界──綜合武闘の『影魔道場』に、今日も門下生たちの気合の声が響く。
「拳闘師範代、稽古をお願いします」
武闘着を着て、両手に闘士グロブが装着されている。
ポニーテールの二十代前半の女性が、手の平に拳を打ち当てて気合を入れる。
「あたしの
「押忍!」
門下生の、成人男性数名が、闘拳全国大会連続優勝の影魔家の長女を取り囲んでいる場所から、少し離れた道場の片隅では。
影魔家の長男──十五歳くらいの少し弱そうな顔立ちをした
「それじゃあ、ボクがやる動きを真似て、小太刀を動かしてみて」
「は〜い、小太刀師範代先生」
園児たちが、影魔流小太刀を学んでいる場所から離れた道場の一角では。
影魔道場の師範で影魔家の家長である、初老男性の影魔流
整列して棒を構えた、さまざまな年齢の門下生が気合を入れて棒を前方に突き出す。
「やぁっ!」
「とうっ!」
「あいやぁ!」
過去に棒聖と呼ばた影魔家の家長は、厳しさの中に優しさを含んだ表情で棒術を学ぶ門下生たちを眺めている。
拳闘大会チャンピオンの姉が、ふっ飛ばした門下生が、小太刀達人の弟の所まで飛んできた。
影魔流小太刀を学んでいた園児が、飛んできた成人男性に悲鳴を発する。
「お姉ちゃん、こっちに
「悪りぃ、少し本気出し過ぎた」
稽古に励む道場に、おにぎりが盛られた大皿を頭の上に乗せて、空いている両手に番茶が入ったポットと、重箱に入った和菓子の風呂敷包みを提げた。
影魔家、家長の若い後妻が現れて言った。
「みなさん、休憩にしませんか?」
母親の後ろからは連れ子の『影魔ルリカ』が、人数分の湯呑みを乗せたお盆を持って立っている。
門下生たちが車座になって休憩する。
小太刀の弟の隣に座った姉が、ゴマ塩むすびを食べながら弟に質問する。
「あんた、いつになったら小太刀の全国大会で本気出すの? もうとっくに影魔流小太刀は免許皆伝の腕前で、達人の域に達しているでしょう……いつも、対戦相手に遠慮して準優勝なんて」
「だって、いくら防具を着用した試合でも、防具の上からでも、真剣の小太刀で頭蓋骨を寸断できちゃうんだもん……対戦相手をケガさせたくないから」
「相変わらず、優しいいなぁ……自慢の弟は」
母親が道場の木製壁に向って、クナイ型の手裏剣を投げつける。
手裏剣は壁にいた、この世界固有の緑色をした、エメラルドゴキブリに突き刺さる。
苦く微笑む母親。
「頭と胴体の位置を狙って投げたんだけれど、少しズレて胴体にしか命中しなかった……妖賀流手裏剣の腕前も落ちたものね」
母親は手裏剣の名手だった。
影魔家は末娘のルリカを除いた全員が、武芸の達人だった。
◇◇◇◇◇◇
翌朝──昇る朝日の中で、上半身裸で日課の冷水
をしていた。
三角巾を頭に巻いて、竹ボウキで庭掃除をしている母親が、掃除の手を止めて眺める。
母親が、大岩に空いた棒で突いた穴を見て言った。
「やっぱり、ネコちゃんの絵ですね」
「ネコちゃんの絵だとわかったか、ルリカは耳が角に見えたらしく、悪魔の絵だと言って怯えていた」
若く見える母親と、年齢が十歳以上離れた家長は、道場破りで巡り会った。
最初は父親が棒術で手裏剣道場に、道場破りをして。
そこで、道場主の娘の母親と出会った。
次は母親が棒術の道場に出向いて、道場破りデートを繰り返して親しくなった二人は結婚した。
母親が家長に訊ねる。
「どうしてネコちゃんの絵なんですか?」
「家族がいつまでも一緒にいられるように、願いをこめてな……わたしは、ネコちゃんが好きだ」
「あなたの、そういうお茶目なところが好きですよ」
見つめ合う父親と母親。
抱擁しようとしていた二人は、娘の声に慌てて離れる。
「おぉ、朝から夫婦でイチャイチャして……熱いねぇ」
登校前の制服姿の長女が、ニヤニヤしながら立っていた。
長女の通う大学は、高校から大学までの一貫校なので、二十歳を過ぎても高校七年生として高校の制服姿で通学している。
その場をゴマ化すような口調で、父親が長女に尋ねる。
「夕食はなにがいい?」
「やっぱり、鶏肉のシャブシャブで決まりっしょ」
「そうか、市場に行って鶏肉を買って……なんだ⁉ アレは?」
朝日を指差して叫んだ父親の声に、振り返った長女は朝日の中に浮ぶ、大小の妖星ディストーション帝国の侵略宇宙船。
この日から、影魔家の平穏な日常は……消え去った。
◇◇◇◇◇◇
最初は、ディストーション帝国の宇宙船は、領空侵犯をしてきた不明国の未確認飛行物体として扱われ。
軍隊に小型の宇宙船数機が撃墜されたが、大型の宇宙船は撃墜するコトはできなかった。
そればかりか、ディストーション帝国の報復放電攻撃で、落雷が軍の施設や兵器を壊滅させ。
さらに、人類の電子兵器はディストーション帝国にコントロールされて、人類に牙を剥く敵となった。
数ヶ月でディストーション帝国に支配された世界は、カイジューとカイジンと変異したオカドーが徘徊する世界に変貌した。
人類が希望を失った世界でも、影魔家は希望を失わなかった。
束ねた手裏剣を持った母親が言った。
「国は国民を守ってくれない、自分と家族を守れるのは自分たちだけ」
影魔家は末っ子のルリカを除いて、ディストーション帝国に抵抗を続けていた。
両腕がカギ爪のコウモリの翼に変異した『もっと狂ったオカドー』が、奇声を発する。
「ドンナ脳ミソ、シテイルンダ」
「オマエハ馬鹿……カ、ア──ッ」
長女の掌打が、オカドーの眼球を後頭部や顔面から飛び出させる。
「頭ガ痛イヨゥ」
「脳ミソ、ポポーン」
母親の手裏剣が、家長の棒術が、長男の小太刀が。
バカなオカドーを貫き、強打して、斬り裂く。
「死ね! オカドー!」
無敵にオカドーを倒し続けていた影魔家の前に、カイジューとカイジンを引き連れた『空木悪目』が現れた。
悪目が言った。
「おまえたちか、生身でオカドーを倒し続けている家族というのは……なるほど、身体能力は高そうだな……だが、これを見ても抵抗ができるかな?」
チョンマゲを結った侍と、等身サイズで後ろ足で立った黒ネコが半身合体したカイジン『ネコマ』が、鋭い爪で捕らえているのは、小太刀教室生徒の幼稚園児数名だった。
侍の半身が、抜いた刀を
鳴き叫び、怯える幼稚園児。
「小太刀先生、助けて!」
小太刀使いの長男が、最初に武器を捨てると、他の家族も無言で武具を地面に放棄して降伏した。
勝ち誇った笑みをうかべる悪目。
「家族を全員捕獲しろ
……カイジュー」
水まんじゅうに、水色のドーム型単眼が多数付いたような、カイジューの口から吐き出されたゼリー状の粘液水滴が影魔一家を捕獲する。
息ができる不思議な水滴の中で、長女は大学の方向に飛んでいくミサイルの様なモノを見た……悪目が言った。
「ついに、この世界の人間は核弾頭搭載の兵器をカイジューに向けて放ったか……ムダなコトを、その攻撃はこの世界の侵攻を開始した時に想定済みだ」
悪目は、水まんじゅうゼリー状のカイジューを見上げる。
「この同種のカイジューは、着弾したミサイルを爆発させずに、体内に吸収する……核弾頭を体内に保有したまま動き回るカイジューに、恐怖するがいい」
◇◇◇◇◇◇
妖星ディストーション帝国の宇宙船──空木悪目のプライベート実験室。
液体が満たされたドーム円筒形の実験カプセルの中に、衣服をすべて剥がされた姿で浮ぶ影魔家の姿があった。
口と鼻を被うように、生物的な酸素吸入器が付着していて、気泡がゴボゴボと液体の中を上昇していく。
両目を閉じて液体の中に浮ぶ、影魔家族の全身をスキャン線が移動して行く。
悪目が言った。
「末娘以外は、想像していた以上の身体能力の数値だ……前々から武闘系の牙幹部が欲しいと思っていたところだ、いい素材が手に入った」
悪目は、父親、母親、長女、長男の肉体融合手術を開始した。
「父親の下半身をベースに、四人を上半身で結合させてみよう」
父親と長女と長男の上半身結合が完了した時点で、ある問題が発生した。
ピンク色の地肌に青いトラ縞模様がある、真空の宇宙空間でも生息可能な、宇宙小生物が入った、球体カプセルを手にした悪目が言った。
「母親の上半身を入れるスペースがない!」
腕組みをして考えていた悪目は、ある解決方法を思いつく。
(母親は斜め半身分だけ、空いている肉体スペースに押し込めるか……服従装置を組み込んだ片仮面を母親の顔に被せて、家族をコントロールする)
悪魔の処置が施され、醜悪な姿にされた家族が、実験カプセルの中に浮ぶ。
悪目の目は、末娘の影魔ルリカが浮ぶカプセルに移る。
「いいコト思いついた、この身体能力が劣る娘を残った母親の体と融合させて〝人間ケンタウルス〟を作ってみよう……それぞれを【影ノ牙】と【奇ノ骨】と名づけて」
影魔ルリカの体は、母親の肉体と融合させられ、乗用の人間ケンタウルスとして生まれ変わった。
すべての作業を終了した悪目は、体をほぐすようにストレッチをしながら呟いた。
「影魔の家族全員が、服従装置なしでも、妖星ディストーション帝国に忠誠を誓う日が一日でも早く訪れるコトを祈って……食事でもしてきますか」
悪目が部屋から出ていくと、カプセルの中で薄目を開けた長女が。
(あたしの家族はどこ? みんなどこにいったの?)
そう心の中で呟いて、再び両目を閉じた。
影ノ牙〜おわり〜
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