第21話・悲しき第六の牙の骨
翌朝──銀鉤銀山を目指して田園地帯を、進む鉄馬たちの姿があった。
バイクに乗って疾走する鉄馬に、馬竜ヴィネヴィアに乗って並走する魔槍が、少し顔を赤らめて言った。
「わたしは、鉄馬のコトを、お兄ちゃんなどとは認めないからな」
空を飛ぶ、三つ頭の悪食ロック鳥の背中に乗っている舞姫が。
並走している鉄馬と魔槍に言った。
「ねぇ、魔槍も鉄馬くんも張り合うように並走しないで、あの前方にある大樹の下で休憩しない。ロックちゃんも休ませたいし」
鉄馬と魔槍は、小川が近くを流れる大樹の下で、休憩をするコトにした。
◇◇◇◇◇◇
大樹の下には、鉄馬たちの他にも、木製のベンチに腰かけて銀鉤町から、近くの港町に魚介の買い出しに向かう途中の、二人の男性がいて彼らの雑談が鉄馬の耳にも届く。
「本当か? 銀山の近くに、そんな化け物が?」
「あぁ、オレも初めて見た時はゾッとした……初老の男と、若い二十歳くらいの女と、十五歳くらいの男の子の三人が融合した奇怪な姿をしていて、別々の方向を向いていた……あれが【影ノ牙】と噂されているヤツだな」
「何か持っていたのか?」
「正面を向いている若い女の手には、革の格闘士グロブがはめられていた。初老の男性の手には長い棍。男の子の手には小太刀が握られていた……三体が融合した上半身が、
前後左右が入れ替わる……そうそう、上半身の隙間には男か女か判別できない片面の仮面顔が埋め込まれていた」
「うげぇ、なんだいそれ」
「肌の色はピンク地に青い虎模様だったな」
近くにいた行商人らしい若い女が、竹水筒の水を飲みながら言った。
「あたしは、銀山近くで 朝霧の中に少女のケンタウルスを見たよ……下半身は霧で、影しか見えなかったけれど。月魂国にケンタウルスなんているはずないのにねぇ」
魔の炎槍、ダーム・ヴェルトの柄を布で拭いて手入れをしていたランス・ロッドが、鉄馬に【洗濯バサミ】を差し出して言った。
「魔呪から鉄馬に渡すように、預かっていたのを思い出した……これが、なんなのかは、わたしにはわからないが鉄馬なら使いこなせると言っていた。
どうして魔呪は、鉄馬に渡すアイテムを小出しにするのやら」
舞姫が革のカバンから、
「鉄馬くん、食べてみて……魔槍も食べる?」
曲刃の短剣に重ねて刺さった肉片を見た、魔槍が嫌そうな顔をする。
「わたしは、遠慮する」
鉄馬は舞姫が短剣で差し出した燻製肉を食べる。コンニャクのような食感で味は無味のゼリーだった。
肉を食べた鉄馬に訊ねる舞姫。
「どんな感じ、味は?」
「特に味はないな、甘いシロップでもかければ、スイーツにはなるかも知れないけれど……不思議な食感の肉だな?」
「舌とかは痺れていない? どこか体に変なところは?」
「別に、なんともないけれど」
「そっか、痺れはないと」
舞姫は取り出したメモ帳に、なにやら書き留めた。
心配になった鉄馬が、舞姫に聞いてみる。
「今、食べた肉、なんの肉なんだ?」
「ん、カイジューの肉だけど」
「なにいぃぃ?」
「カイジューの中には、食用になる肉もあってね……血獣が、食べられるカイジューの肉と食べられないカイジューの肉を選別してくれるの『このカイジューの肉は、ポジティブに考えて食用になったらラッキーだ』って言って」
「オレに毒味をさせたのか……げぇ、カイジュー喰っちまった」
魔槍が言った。
「カイジューの死んだ肉は、オカドーたちのエサにもなる。栄養がない肉ばかりを食べているオカドーの顔は頬がコケけて、貧相な顔をしている」
手入れが終わった槍を持って立ち上がったランス・ロッドが、前方に見える銀色っぽい岩肌の銀鉤銀山と、連なる山脈を眺めて言った。
「そろそろ、出発するか……休憩が済んだら」
◇◇◇◇◇◇
鉄馬たちは銀鉤町の宿屋に、宿泊するコトにした。宿の窓からは迫ってくる感覚の銀鉤銀山と、銀山の陰に半分隠れたディストーション帝国の連なるウィルス型宇宙船が見えた。
舞姫が言った。
「まったく、虫の卵みたいな菌糸で繋がったディストーション帝国の宇宙船があるだけで、景観が台無しね……これから、どうするの魔槍?」
「とりあえずは、情報集めだ……銀山の中に入るのは明日だ、今日は体を休める」
「了解、鉄馬くんも体を休めて」
鉄馬をギュとハグする舞姫。
「鉄馬くん、一緒に宿の露天風呂に入ろう。混浴みたいだから」
「いや、オレは二百歳のババァとは……」
窓から首を突っ込んできた悪食ロック鳥が、鉄馬をパクッと飲み込んだ。
舞姫が言った。
「ロックちゃん、鉄馬くんをペッしなさい」
ペッ! 呑み込んだ頭と別の頭から、放心状態の鉄馬が吐き出された。
◇◇◇◇◇◇
風呂に入って、スッキリした鉄馬は宿屋で借りた浴衣姿で、宿の周囲を散策した。
「本当に月魂国って、和の様相が多い国だな」
宿屋の裏は樹木が茂る、ちょっとした公園のようになって遊歩道が整備されていた。
ブラブラと歩いていた鉄馬は、足を止める。
茂みの向こう側に、横を向いた、中学生くらいの少女の上半身が見えた。
どことなく、悲しげな表情をしたツインテール髪の少女の視線は、樹木の隙間から見える、ディストーション帝国の宇宙船に向けられていた。
(なんで、こんな場所に?)
鉄馬が見ていると、鉄馬の存在に気づいていない少女が茂みから進み出てきた。
現れた少女の下半身を見た鉄馬は愕然とする。
少女のヒップから後ろに成人女性の胴体と足が馬のように付いていた。
(人間ケンタウルス?)
鉄馬の存在に気づいた、ツインテールの人間ケンタウルス少女が、慌て逃げ出す。
「大丈夫だよ、何もしないから」
鉄馬の言葉に四脚を止める少女。
「本当に? 本当に何もしない?」
うなづく鉄馬、鉄馬がどこからは来たのか訊ねると、人間ケンタウルス少女は、ディストーション帝国の宇宙船を指差した。
(やっぱり、ディストーション帝国に関係した……それにしても、この奇怪な姿はいったい何なんだ?)
「オレの名前は鉄馬……君の名前は?」
少し怯え気味に答える少女。
「【奇ノ骨】……『影魔ルリカ』」
鉄馬はルリカを観察する。
ルリカの胸元には、競走馬の口に噛ませる棒状の金具、
そして、馬の胴体のようになった人間ケンタウルスの背中には馬の
(完全に乗馬仕様になっている? 骨というコトは幹部クラスの牙じゃないのか?)
苦しそうに頭を押さえたルリカが、鉄馬に問いかける。
「鉄馬お兄ちゃん、教えて……あたしは、いったいなんなの? 【奇ノ骨】『影魔ルリカ』って、自分の名前しかわからない……この奇妙な体はなに? あたしに家族がいたような気もするけれど、何も思い出せない……思い出せないよぅ」
泣き出したルリカを思わず抱き締める鉄馬。
少し落ち着いたルリカは、鉄馬に抱き締められたまま、その場に座る。
ルリカの頭を優しく撫でながら、鉄馬が言った。
「どう、少し落ち着いた?」
うなづきながら、ルリカは馬の胴体になっている人間の体を撫でる。
「この、馬さんの胴体みたいな体を撫でていると、ルリカとっても落ち着くの……なんでかなぁ」
立ち上がったルリカが、ディストーション帝国の宇宙船の方角を見て言った。
「もう帰らなきゃ……遅くまで外で遊んでいると、悪目お姉ちゃんに怒られるから……今日は、ルリカとお話ししてくれて、ありがとう鉄馬お兄ちゃん」
「あぁ、気をつけて」
ルリカの姿が見えなくなると、鉄馬は拳を怒りで握り締めた。
(妖星ディストーション帝国……いや、空木悪目……いったい、あの子に何をしたんだ!)
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