第五章・金鏡村崩壊?【草木皆兵】

第16話・ディストーション帝国【異ノ牙】

 闘火の死と、その遺体を自分の手で溶解処分したショックから、鉄馬はすぐには立ち直れなかった。

 鉄馬は宿屋の二階の部屋にこもったまま、無気力化して何も行動を起こす気分にはなれなかった。


 鉄馬が部屋から出なくなって二日後──宿屋の一階から村人と宿の主人の会話が聞こえてきた。

「罪人はいったい何をしているんだ、オカドーを退治してくれないと困る! 畑を荒らすオカドー以外にも、村娘の背後にしゃがみ込んで、着物の裾をめくって下着を覗く変態オカドーも現れたぞ」

「うちの宿屋でも、残飯を漁って散らかすオカドーが出没して困っている、十四人の罪人になんとかしてもらわないと……あっ、いらっしゃ……い?」


 聞き覚えのある語尾の、朔夜姫の声が一階から聞こえてきた。

「鉄馬はいるかニャ……十四人の罪人の一人の」

「その方でしたら二階に居ますが……朔夜姫さま?」

「違うニャ、偽者ニャ……本物の朔夜姫さまから、手紙を預かってきたニャ……この宿屋に残されている、あるモノを受け取りに来たニャ……二階に上がって鉄馬と会うから、あるモノを準備しておいて欲しいニャ」


 木製の階段がギシギシと軋む音がして、鉄馬がいる部屋開いて朔夜姫に擬態した、アストロンが入ってきた。

「よっ、鉄馬……今度はオレが金鏡村に来たニャ」

 鉄馬は、窓から宿屋の前で仲良く並んでエサを食べている、二頭の馬竜を見た。

 一頭の背中には柵材が乗っていた。


「一頭は、魔槍の愛馬竜『アーサー』なのはわかるけれど、もう一頭はなんだ? あれに乗って月桂城から金鏡村に来たのか?」

「魔槍は二頭の馬竜を所有しているニャ、一頭はオスの『アーサー』もう一頭はメスの『ヴィネヴィア』ニャ……この二頭が交互に往復して、罪人の誰かを金鏡村に運んでくるニャ」


 その時、宿屋の主人が額に入った、肖像画のようなモノを持って部屋に入ってきた。

 主人の後ろからは、若い娘が骨付き肉が山盛りに盛られた、皿を持って部屋に入ってきた。


 浮世絵のような色彩で描かれた女性の肖像画を、擬態に差し出しながら宿屋の主人は言った。

「金鏡王妃の葬儀の日より、お預かりしていた王妃の姿絵です……朔夜姫にお返しします。それと、ご注文された肉です」


 擬態が眺めている肖像画を鉄馬も覗き込む。

 綺麗な王妃の姿が描かれていた。

「それが、朔夜の母親なのか……美人だな」

「これは遺影ニャ、月魂国の国王が幼かった朔夜姫が亡くなった母親の、遺影を見て悲しい思いをしないように宿屋に預けてあったニャ」

 擬態は肖像画を布に包んでから、鉄馬に言った。

「闘火のコトは残念だったニャ……カイジンの牙から鉄馬を守ったニャ」

「なぜ、そこまで詳しく知っている?」


 骨付き肉をかじりながら答える擬態。

「脳医が鉄馬の脳を通じて、見聞きしたコトを承知しているニャ」

「確か罪人の見聞きしているコトがわかるとか言っていたな、こうしている今も脳を通じて盗聴や盗視されているのか……会話はできるのか?」

「脳医からの言葉が一方通行で伝えられるだけニャ、書いたモノを見ると脳医には伝わるニャ」


 擬態は肉を食べながら、一通の手紙と単1電池を取り出して鉄馬に手渡した。

「闘火が鉄馬宛に書き残していた手紙と、魔呪から鉄馬に渡すように頼まれた〝かんでんち〟とか言うモノニャ、電気の残量はないニャ」

 鉄馬はアストロンから受け取った闘火の手紙を開く、手紙はこんな出だしからはじまっていた。


『この手紙に鉄馬が目を通しているというコトは、我はすでにこの世にいないのだろう……鉄馬を守って死ねるのなら悔いはない。

気弱で自信が無かった弟に、伝えたくて伝えられなかった言葉を鉄馬に贈る、受け取ってくれ【自信は持っても過信はするな、反省はしてもいつまでも後悔はするな】……我と弟の鐵馬の分も生きろ鉄馬』


 手紙の文面はそこで終わっていた。複雑な気持ちの鉄馬に、皿に骨の山を作った擬態が言った。

「タンパク質の摂取も終わったニャ、鉄馬これから畑に電気柵を作るニャ、一緒に来て手伝うニャ」


  ◇◇◇◇◇◇


 畑にやって来た擬態と鉄馬は、畑を囲むように木製の支柱柵を地面に打ち込み、電流が流れる電柵線を張った。

「電気はどうするんだ?」

「そこのところはちゃんと考えてあるニャ」

 擬態は鉄馬に背を向けると、なにやらゴソゴソやっていて。

 振り返った擬態は肌色の肉まんのような、プルプル震えているモノを鉄馬に見せて言った。


「オレの体の一部ニャ、これを電気柵の、この箱に入れてと……これで完成ニャ、摂取したタンパク質が無くなるまでの間は放電を続けるニャ」


「ずっと、電気は流れないのか?」

「バカなオカドーに、電気柵に触れると感電すると学習させるだけで十分ニャ……ほら、バカなオカドーが近づいてきたニャ」


 なにも考えていない、数匹のオカドーが、電気柵に近づいてきて。

 そのうちの一匹が、電気が流れている電線をつかむ。

「グッギャギャギャ!」

 飛び散る火花、電線を握り締めたオカドーは、立ったまま感電死して丸焦げになった。


 学習能力が無いオカドーは、黒焦げになった仲間の横で同じように電線をつかむ。

「グッギャギャギャ!」

 黒焦げで並ぶオカドーを見て、さすがに残ったオカドーは電気柵が危険なモノだと学習して逃げて行った。


「これで、少しはオカドーも畑には近づかなくなるニャ……バカなオカドーはよく燃えるニャ」

「これって、危険じゃないのか? 金鏡村の人がうっかり触れたら?」

「そうだニャ、注意書の札でも立てるニャ……札を立てたら、宿屋にもどるニャ」


 ◇◇◇◇◇◇


 宿にもどった擬態は帰り支度をはじめた。

「もう、月桂城に帰るのか?」

「用事は終わったからニャ」

「次は誰が月桂城から来るんだ?」

「月桂城からは来ないニャ、月魂国内をフラフラしている十四人の罪人が来るニャ……最強の罪人だけれど、メンタルは最弱の豆腐メンタルの罪人ニャ」

「???」

 アストロンが言った。

「闘火が亡くなって沈む気持ちもわかるニャ……でも、鉄馬は罪人の宝珠から選ばれた罪人ニャ……この先、罪人仲間の誰が死んでも前へ進んで欲しいニャ」


 ◇◇◇◇◇◇


 擬態が月桂城にもどった午後──鉄馬はアストロンから教えられた、村外れの野天風呂へと向かっていた。


「金鏡村外れの河原に、野天風呂があるニャ……気分転換で行ってみればいいニャ」


 鉄馬は、草むらから飛び出てくるオカドーを無造作に、巨大化させた片手のカッターで喉笛を切り裂いて進んだ。

 簡単な屋根と衝立ついたての、野天風呂には料金箱が置いてあった。

『お気持ちだけ、お金を入れてください』と、書かれた無人料金箱に鉄馬は、二百ナグルナ〔異界大陸国レザリムスの共通通貨、二百ナグルナは約二百円〕分の硬貨を入れた。


 野天の湯の方をを見ると黒い石像の置物が、お湯の中に入っていた。

 石像は胸の辺りまで湯に沈んでいて、まるで入浴をしているようだった。

 石像近くの木の枝には、手拭いが引っ掛かっているのを見た鉄馬は。

(誰かが忘れていった手拭いかな?)

 そう思いながら脱衣すると、野天風呂に浸かる、思わず安堵の声をもらす鉄馬。

「ふぅ……」

 鉄馬は黒い石像を眺める、古代マヤ文明かインカ文明を連想させる石像だった。

(野天風呂に変わった置物だな?)

 鉄馬がそう思った時──石像から、しゃがれた老人の声が聞こえてきた。

「さて、そろそろ湯から上がるとするかのぅ」

 石像が動き、野天風呂から出ていこうと、お湯を滴らせる。

(この石像、生きているのか!? はっ?)


 鉄馬は黒い石像の背中に彫られた、ディストーション帝国の紋章を見た。

(妖星ディストーション帝国!)


 次の瞬間、鉄馬は腕と融合させた巨大カッターの刃を、石像の背中に突き立てていた。

 金属音を響かせて、折れるカッターの刃。

 石像は、振り向きもせずに言った。

「お若いの、おまえは無防備な老人の背中に刃を突き立てるのか」

 不気味なほどの威圧感を漂わせる石像に、鉄馬の体に鳥肌が立つ。

「お、おまえ、ディストーション帝国だったのか!」

「【異ノ牙】じゃ、心配するな今は、十四人の罪人と闘う気分と、儂が闘う時期ではない……命拾いをしたな、お若いの」


 鉄馬は声を振り絞って異ノ牙に聞いてみた。

「いったい、ディストーション帝国には何人幹部級の牙がいるんだ、教えてくれ! オレが実際に見て知る限りは【邪ノ牙】【闇の牙】【屍ノ牙】……そして、あんたの【異ノ牙】……【影ノ牙】というのもいるのか? どんなヤツだ? 【狂ノ牙】『イカ』という幹部もいると屍ノ牙が言っていた」


 ダメ元の質問に、意外なコトに異ノ牙は答えてくれた。

「妖星ディストーション帝国の全貌は儂も完全には把握しておらん、儂が知る限りの牙は……【影ノ牙】の一家と、【狂ノ牙】は等身のイカじゃ……他にも幹部はいるかも知れん……お若いの名前は?」

「鉄馬だ、影ノ牙は家族なのか?」

 鉄馬は朔夜から聞いた、影ノ牙は融合した人間の姿をしていると聞いていたのを思い出した。


「そうだ、父親と姉と弟が融合している……鉄馬、少しでも長生きをするがいい」

 そう言い残して、枝には引っ掛けた手拭いを持った異ノ牙は空を見上げた、空には昼間の白い月が浮かんでいた。

「皆既月食が起こるのは、まだ少し先じゃな」


 去っていった異ノ牙から発せられる理由のわからない恐怖に、野天風呂で立ち上がって。

 腰より少し下の辺りまで湯に浸った鉄馬は、両手で自分の裸身を抱き締めると小刻みに震えた。

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