第15話・ディストーション〝カイジン〟『ササガニ』

 宿屋での朝食が終わり、バイクを磨いていた鉄馬に宿屋の主人が言った。

「宿の裏に天然温泉の露天風呂がありますよ、どうですか朝風呂でも」

「天然温泉の朝風呂かぁ」

 月魂国は火山国でもあるので温泉も多い。


 宿の裏にある男女別々の脱衣場で、裸になった鉄馬は露天風呂へ繋がる門をくぐって、天然巨石の露天風呂へと入った。

 岩風呂の湯船には先客がいた。

「鉄馬も朝風呂か、多少熱めだが良いお湯だぞ」

 闘火が入浴をしていた、脱衣場は男女別々の混浴風呂だった。


 少し躊躇ちゅうちょしている鉄馬に闘火が言った。

「我が居た世界は、混浴が当たり前だ……気にしなくていい、弟の鐵馬とも普通に混浴していた」 

 鉄馬は少し遠慮気味に、お湯に浸かる。

 年齢が上の別世界の灯花と一緒に入浴しているのは、鉄馬には少し変な感覚だった。


 闘火の脇腹から背中にかけて、三本の大きな爪痕があった。

 鉄馬の視線は自然と、闘火の体に残る爪痕に引き寄せられて見てしまう。

 鉄馬に裸体の傷痕を見られているのに気づいた、闘火が言った。

「やはり、この傷が気になるか。普段は目立たないが、お湯で肌が温まると浮かび上がってくる……これは、ディストーション帝国のカイジンにやられた傷だ」

「カイジン……どんな姿をしているんだ? まだ、遭遇したコトがない」


「そうだな、遭遇した時にショックを受けないように知っておいた方がいいな……カイジンの容姿はさまざまだ、主に動植物がベースになっている。一番の共通した特徴は【半身は人間、半身は動植物】というコトだ」

「人間と動植物が半々?」


「カイジンは、ディストーション帝国が拐ってきた人間で作られる……我が弟もカイジンに殺された。我が体に傷痕を残して、弟を殺したカイジンの半身素材は我が姉弟の母親だった」

 言葉を失う鉄馬。


 お湯を裸体から滴らせて、立ち上がった闘火が言った。

「我は弟を守れなかった……だから、今度は鉄馬を命がけで守る、そのために強く志願してこの村にやって来た」


  ◇◇◇◇◇◇


 鉄馬と闘火は午後は、村の畑に出没して、農作物を荒らすオカドー退治をした。

「ア──ッ、ア──ッ」

「ドンナ、脳ミソシテイルンダ」

「オマエハ馬鹿……カ」

 畑の根野菜を引き抜こうとするオカドー。

 闘火の銃がオカドーの頭を吹っ飛ばす。

「頭痛イヨゥ」

「頭ガ、ポ、ボ──ン!」


 吹っ飛んだ頭の中からボトボトと落ちてきた、ミニサイズのオカドーが地面でドロドロに溶けて消えていく。

 オカドーを撃ち抜きながら闘火が言った。

「オカドーには容赦するな。油断するとオカドーは、民家に忍び込んできて食べ物を漁る」


 鉄馬も弾丸が入っていない拳銃と融合しようと、必死に頑張るが上手くいかない。

(ちくしょう、いったいどうすれば、罪人の力を自由に引き出せるんだ)


 焦る鉄馬の目に、ピョンピョン跳ねながら森へと逃げ込んでいく、数匹のオカドーが映る。

 闘火は背を向けた方向のオカドーを撃ち殺していて、気づいていない。


(オレだって、オカドーの一匹や二匹くらい殺せる)

 オカドーを追って森へと入る鉄馬。

 薄暗い森の中を、オカドーを探し続ける鉄馬。

「どこだぁ! オカドー出てこい! 殺してやる!」

 その時、地面の中からゾンビ女の手が出てきて鉄馬の足首をつかむ。


「ひひひっ、また会ったね月桂城にいた、お兄さん。アタイと遊びたくなって追ってきたのかい……殺して、あたしを殺して」

 地面から顔を出した、半分ゾンビ娘がつかんでいた手を離すと、鉄馬は跳び離れた。

 地面の中から和刀を手に現れる屍ノ牙。

 いつの間にか、鉄馬は周囲をオカドーに囲まれていた。

(しまった、罠だったのか)


 屍ノ牙が言った。

「今日は、お兄さんの相手はカイジンにしてもらうよ……新カイジンの性能を確認する実験台になってね、カイジン〝ササガニ〟……エサの方から来てくれたよ、ひひひっ」

 頭上に殺気を感じた鉄馬が見上げる。

 樹上の枝に巣を張った、クモと人間が半身合体したような不気味なカイジンがいた。

 カイジンが振り子のように体を揺らして、鉄馬に襲いかかる。

 攻撃を避けた鉄馬の前方に、立つカイジン。


 半身は明らかに別世界の女性で、体にフィットした銀色のスキンスーツのような服を着ていた。

 半身は巨大化した、黄色と黒色の縞模様のクモだった。

 二種の異なる生物を、体の中央で金属片とボルトで結合させた、アンバランスな生き物だった。


 屍ノ牙が言った。

「ひひひっ、このカイジンはねぇ……ディストーション帝国の【狂ノ牙】……『イカ』が作り出した最新作なんだよ、超音波メスで真二つに切断した生き物を癒着ゆちゃくさせた。

カイジン名の『ササガニ』はアタイが命名した……殺して、あたしを殺して! お願いだから殺して……ひひひっ」 


 恐怖で足が動かない鉄馬は、弾丸が入っていない拳銃を強く握り締めたまま……死を覚悟した。

(オレ……ここで死ぬ)

 ササガニの口からムチのように伸びた白いクモの糸が、鉄馬の両足に絡みつき。

 後方に転倒する鉄馬。

 ササガニが、体勢を立て直して樹上から獲物を狙うように一度、クモ糸で巣にもどる。

 逆さになった、ササガニが鉄馬の喉を狙って一気に急降下してきた。


 覚悟を決めた鉄馬の耳に数発の銃声が届き、オカドーが頭を吹っ飛ばされたのを見た。

「鉄馬!」

 走り込んできた闘火が、鉄馬を守るように重なる。

 重なった闘火の首に、ササガニ怪人の牙が突き刺さる。

「ぐあっ!」

 首から注入された灼熱の毒液に、地面をのたうち回る闘火。それでも闘火は必死に鉄馬の足首に絡みついていたクモ糸を引きちぎった。


 ササガニは、体勢を立て直すために上昇する。

「闘火!」

「ケガはないか鉄馬……速効性の毒を注入された……もう目がかすんできた、気をつけろ次の攻撃が来るぞ……ぐはっ」

 吐血する闘火。

 鉄馬を狙って急降下してくるササガニ。

 鉄馬の心に闘火を守りたいという気持ちと、激しい怒りが沸き上がる。

「ちくしょうぅぅ!」

 握り締めた拳銃のサイズが変わり、鉄馬の手と融合する。

 仰臥したまま、ササガニに向かって融合した拳銃を発射する鉄馬。

 閃光がササガニの眉間を貫く。

「ガガガガッ」

 吹っ飛び、樹の幹に激突するカイジン。

 カイジンの体が白い泡に変わっていく。

 泡の中から、微かな女性の声で。

「アリ……ガ……トゥ」

 と、いう声が聞こえた。


 森の奥へと遠ざかる屍ノ牙の声が聞こえた。

「ひひひっ、楽しかったよお兄ちゃん……また、アタイと遊んでね。ササガニは、反対側の半身をくっつけた。もう一体がいるよ……ひひひっ、殺して、あたしを殺して!」


 ディストーション帝国の気配が去り、拳銃との融合が解けた鉄馬は、毒に侵され顔色が変色しはじめた、闘火の手を握りしめる。

 弱々しい口調で闘火が言った。

「罪人の力を使えたな鉄馬……今の誰かを守りたい気持ちと、感情を忘れるな……げほっ」

 ふたたび、吐血する闘火。

「もう、しゃべるな闘火……オレは、オレは」

 鉄馬の涙が闘火の頬に落ちる、闘火は震える手で取り出した小瓶を鉄馬に渡して言った。


「脳医どのに、頼んで調合してもらった溶解薬だ……死体を分解して溶かす力がある、我が死んだら遺体に振りかけてくれ。我が遺体をディストーション帝国に利用されたくない……最後の頼みだ……意識が薄れてきた、お別れだ鉄馬」


 泣きながら首を横に振る鉄馬は、渡された小瓶を握る。 

 闘火が、少し微笑みながら呟く。

「鐵馬……おまえを救えなかった姉を許してくれ」

 闘火の手から力が抜けて、闘火は絶命した。


 鉄馬は、闘火の遺言に従って遺体を溶かして処分した。

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