第13話・鉄馬……『金鏡村』に向かう

 ディストーション帝国の前線基地宇宙船の中で『意地を張って下等生物のオカドーになぶり殺されるか、先輩罪人の助けを素直に受け入れるか』のクイズを鉄馬に出してきたのは。

 水牛の角を頭に生やした屈強な大男だった。

 タトゥーが彫られた上半身裸身で、腰に巻いた虎柄の斜めになった腰布の腰骨辺りに罪人の宝珠があった。

 水牛角の大男が、屈託のない笑みを浮かべながら言った。

「どうする? オレに助けを求めるか……オレの名前は十四人の罪人の一人【牛鬼ぎゅうき】見ての通り殺人鬼だ、意地を張ってオカドーに殺されるか、素直に助けを求めて生きるか」


 少し考えて鉄馬が言った。

「頼む、助けてくれ」

「承知した……刮目せよ、牛鬼の動きを、その目に焼きつけよ」

 鉄馬が瞬きをした次の瞬間、すべてが終わっていた。

 四肢や胴体を引きちぎられたオカドーや、脊髄を引き抜かれたオカドーもいた。

 引き抜いたオカドーの首を持った、血まみれの牛鬼がそこにいた。

 牛鬼が言った。

「オカドーの血は、本当にブタ臭いな……オカドーは人間じゃないから、殺しても罪には問われない」

 鉄馬が牛鬼に質問する。

「時間を停止させるコトができるのか?」

「いいや、少しだけ早く動けるだけだ……オレの目には世界が止まっているように見えるがな」


 牛鬼がオカドーを倒しても、まだ半数のオカドーが残っていた。

「ア──ッ、ア──ッ」

「オマエハ馬鹿……カ」

 鉄馬が牛鬼に頼む。

「続けてオカドーを倒してくれ、オレの罪人の力がなぜか、発動しないんだ」

 だが、返ってきた牛鬼の答えは意外なものだった。

「あぁ、なんか面倒くさくなった……モチベーションが下がった」

 牛鬼は、その場に胡座あぐらをかく。

 驚く鉄馬。

「どうしたんだ急に?」

「オレは、ヤル気がたまに失せて面倒くさくなる……ヤル気が出るまで待て」

「そんな……」


 迫ってくるオカドー。

牛鬼が横臥横臥してオカドーを眺めながら言った。

「鉄馬、心配するな……そろそろ、アイツが到着するころだ。後はアイツがオカドーを殺してくれる……アイツは弱いぞ」

「???」


 鉄馬が首を傾げていると、入り口から子供の声が聞こえてきた。

「牛鬼のモチベーションが下がったのに、間に合いましたか。鉄馬もう心配は要りません……ワタシは弱いですから」


 前開きの白衣コートを着た小学五年生くらいのメガネ男児が、そこに立っていた。

 短パンを穿いた、その男児の片腕前椀には医療器のような機械が装着されていて。

 背中から中空の触手のようなモノが、切り込みを入れた白衣コートの間から出ていて蠢いていた。

 頬に罪人の宝珠がある、奇妙な白衣コート男児が言った。

「十四人の罪人の一人 『フォン・パルモ』……【脳医】と呼んでください。専門は脳科学ですが、趣味で薬剤の調合もやっています……弱いワタシが来たからには大丈夫……見た目は子供ですが、実際の年齢は中年の親父です」


 脳医は、唖然とする鉄馬と、ニヤニヤしながら横臥して腕枕をしている牛鬼の前に進み出てオカドーに向かって言った。

「さあ、オカドーを使った実験をはじめよう……かかってきなさい、ワタシは弱いですから」


 弱いと聞いて、一斉に襲いかかってくる単細胞のオカドー。

 脳医が片腕に装着した、薬剤の調合も可能な医療実験アームをオカドーに向けてスイッチを入れると、ミスト状の液体がオカドーたちに向かって噴射される。


「ギィギィ?」

 霧で濡れたイガグリ坊主頭のオカドーに向かって、今度は小型のパラボラアンテナのようなモノが、医療アームから突出してオカドーに向かって電波が浴びせられた。


「ギィギィ……ア──ッ、ア──ッ」

「オカドーの単細胞脳波を変換実験……死んで異世界転生しなさい」

 微笑みながら、異世界転生を夢見て死んでいくオカドー。

『フォン・パルモ』が言った。

「異世界転生は失敗です……オカドーは死んで魂は地獄に落ちます、これは精神が肉体に影響を与えるかの実験です」

 オカドーは、異世界転生を夢見ながら……死んだ。


 残った数体のオカドーの首に脳医の触手が巻きつき、オカドーの頭に触手先端にある注射針から薬剤が注入される。

「ギィギィギィギィ」

 頭が破裂して中からこぼれた、ミニチュアサイズのオカドーが甲高い声で「モウ嫌ダ」「帰リタイ」と言いながら溶けて死んでいった。

 脳医が言った。

「調合した新薬は失敗作でしたか、人間に使う前にオカドーで実験できて良かった」


 モチベーションが上昇してきた、牛鬼が立ち上がって言った。

「鉄馬、ここでクイズだ『機人ジャンヌから、渡された時限爆弾を仕掛けた、ディストーション帝国の前線基地宇宙船に、このまま残るか? 爆発する前に脱出して一緒に月桂城にもどるか?』おまえならどっちを選ぶ」


 ◇◇◇◇◇◇


 小一時間後──月桂城の松に似た樹が植えられた庭石がある大庭に、十三人の罪人が集結した。

【竜剣】〔宝珠・胸〕

【魔槍】〔宝珠・膝〕

【魔呪】〔宝珠・額〕

【血獣】〔宝珠・肘〕

【機人】〔宝珠・片目〕

【提督】〔宝珠・外腿〕

【魚拓】〔宝珠・喉〕

【巨神】〔宝珠・鼻〕

【舞姫】〔宝珠・肩〕

【擬態】〔宝珠・舌〕

【牛鬼】〔宝珠・腰〕

【脳医】〔宝珠・頬〕


 そして【鉄馬】〔宝珠・手の甲〕の十三人。

 竜剣が朔夜姫に訊ねる。

「【仮想】は来ていないのですか?」

「彼は自由人です、月魂国内を気ままに旅をしています。いざとなったら現れるでしょう……脳医、仮想が今どこにいるか、わかりますか?」

 脳医のフォン・パルモは、罪人たちの脳を通して離れていても、現状を把握するコトができる。

「ディストーション帝国の侵略が及んでいない地で、川釣りを楽しんでいます……今は放っておいても問題はないでしょう」


「そうですか、罪人のみなさんにお伝えしなければならないコトがあります……月桂城から徒歩で一日の距離にある『金鏡村』が、ディストーション帝国の軽い侵略を受けています」

 朔夜姫の言葉に、ざわめく罪人たち。


 竜剣が言った。

金鏡きんきょう村と言えば、確かあの村には、朔夜姫さまの母上さまの……」

「わたくしが、生まれてすぐにこの世を去った母上の『金鏡王妃』の郷村です……村には母上を埋葬した墳墓丘もあります」

「なぜ、ディストーション帝国は金鏡村を?」

「目的はわかりません、罪人全員が向かうワケにもいきませんから。ここは一名の罪人に行ってもらいましょう……鉄馬お兄ちゃん、お願いします」

 朔夜姫から名指しされた鉄馬は驚く。

「オレで……いいのか?」

「もちろん、罪人の誰かが交代で鉄馬お兄ちゃんのサポートに向かわせます、朔夜のお願いです」

「わかった、罪人になって月魂国に来てから日も浅いけれど、やってやるぜ」


 魔槍のランス・ロッド不満顔で意義を唱える。

「わたしは反対です、朔夜姫さま。未熟な罪人を向かわせるコトなど」

「鉄馬お兄ちゃんをサポートしてください魔槍、いずれは貴方にも鉄馬お兄ちゃんのいる金鏡村に行ってもらうかも知れません」

「朔夜姫のお言葉ですが、わたしが鉄馬お兄ちゃんのサポートなど……はっ!」

 ランス・ロッドは思わず口にしてしまった、鉄馬お兄ちゃんという言葉に両手で赤くなった顔を隠してプルプルする。


 鉄馬に朔夜姫が言った。

「今日は疲れているでしょうから、ゆっくり休んで早朝の出発に備えてください」

「わかった、鉄馬お兄ちゃんは部屋で休む」


 鉄馬が去ると、竜剣が朔夜姫に質問する。

「鉄馬を金鏡村に向かわせるのは、罪人としての経験値を上げるためですか」

「ええっ、これからディストーション帝国との戦いも激しさを増していくでしょうから」


 魚拓、九十九神唯が軽い口調で言った。

「あたしの世界にも、珠を敵味方の数人が足で蹴って勝敗を競うスポーツがあるけれど……未熟な選手は最初はベンチスタートだよ、未熟な罪人の鉄馬も今はそれと同じでウケるぅ」

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