第11話・別世界の銃士『闘火』

 鉄馬は、月桂城下の食堂で大皿に山盛りに盛られた骨付き肉を、手づかみで食べる、朔夜姫の姿をした擬態を眺めながら言った。

「よく、その量を食べられるな」

「タンパク質を摂取しないと、いざという時に力を出せニャいからな……鉄馬は食べニャいのか?」

「オレはいい……見ているだけで腹一杯だ、よく太らないな」

「お望みなら、太った姿になってみてもいいニャ」

 朔夜姫の姿をした擬態が、風船のように膨らむ。

「わぁ! わかった、もういい! 太った朔夜は見たくない」

 擬態の体が空気が抜けるように、元の朔夜姫の姿にもどる。


 気を取り直して、鉄馬は不定形生物の、アストロンに訊ねてみた。

「竜剣が言っていたが……罪人たちには、どんな弱点があるんだ?」

「わざわざ、仲間の弱点を洩らすと思うかニャ」

「数名だけでいい、弱点を知っておけば、援護するコトができるから」

 鉄馬の手の甲にある罪人の宝珠が、淡い光りを放つ。


 それを見た擬態が、舌を出す。擬態の宝珠も淡い光りを放っている。

「罪人の宝珠が、信じてもいいと伝えているニャ……わかったニャ、オレの弱点はタンパク質を十分に摂取しないと能力が使えないコトだニャ……鉄馬の弱点は、なんニャ?」

「現世界の無機物としか融合できないコト……今は使いこなしていない」


「そうか、二名の罪人の弱点を鉄馬に伝えるニャ……城壁を守っている【提督】の弱点は『一日のうちに数回、不定期に御霊への鎮魂の祈りを捧げるコト』ニャ、祈っている間は攻撃ができニャい」


「【機人】ジャンヌの弱点は?」

「『情報処理が追いつかないと、熱暴走を起こして機能がフリーズ』するニャ……クールダウンしないと再起動しないニャ」

「罪人にも、いろいろと弱点はあるんだな」

 大皿の上に食べ終えた肉の骨を、山盛りした擬態が言った。


「さてと、これから月桂城にもどって……ひとっ風呂浴びるニャ、鉄馬も風呂に入るといいニャ……午後からの中庭でのお茶会ティータイムに、朔夜姫さまから誘われているから、鉄馬も来るといいニャ」


 ◇◇◇◇◇◇


 月桂城にもどった鉄馬は、城内にある男女別々の浴場に向かった。

 月桂城の風呂は、数十名が入れる広さの蒸気風呂で、蒸気で汗を流して体の汚れを竹製の湾曲した道具などで拭う。

 お湯は足湯くらいの高さまで張られ、ヒノキ製のスノコ長椅子に座って蒸気で体を温める方式の風呂だった。


 脱衣場で服を脱いで全裸になった鉄馬は、脱衣カゴに入った女性モノの和服を見た。

(擬態が先に入浴しているのか)

 湯気が充満する浴室には、朔夜姫の姿をした擬態が裸でヒノキの長椅子に、うつ向いて座って腹部を撫で回していた。

 親しげに声をかける鉄馬。

「ようっ、擬態」

「えっ!?」

 顔を上げた朔夜姫の瞳は星形ではなかった。

 足湯の中を泳いで入り口に向かう、アメーバ状の生物が鉄馬に言った。

「いいお湯だったニャ、先に上がるニャ」


 本物の朔夜姫と全裸で、お風呂イベントをしてしまった鉄馬。

 そして、朔夜姫のおヘソに埋め込まれるようにある、欠けた罪人の宝珠を鉄馬は見た。

(本物の朔夜、どうしてヘソの穴に宝珠が? 朔夜の罪人の宝珠は体の中にあるんじゃ? そう言えば空木悪目のヘソの穴にも、宝珠に似たモノが……どうなっているんだ)


 朔夜姫が、蒸気の熱気と恥ずかしさで、少し顔をサクラ貝色に染めながら言った。

「鉄馬お兄ちゃん、少し暑いですけれど。汗を流せていいお風呂ですね」


 ◇◇◇◇◇◇


 月桂城中庭の午後の東屋──鉄馬が、東屋に行くと。朔夜姫と朔夜姫の姿をしたアストロン【擬態】が、湯呑みで煎茶をすすっていた。

 近くにはメイド姫がいて、焼き和菓子を重箱から皿に移していた。

 朔夜姫が言った。

「鉄馬お兄ちゃん、ようこそお茶会に」

 鉄馬も座って、お茶をすする。

 擬態が鉄馬に聞いてきた。

「朔夜姫の裸を見たかニャ……朔夜姫のおヘソの穴に宝珠の欠片がハマっているのを、鉄馬は見たかニャ」 


「見た……しっかりハマっているように見えた、疑問なんだが。オレは朔夜から体内に宝珠の欠片があると聞いたぞ……どうして、ヘソに宝珠があるんだ? 空木悪目のヘソにも宝珠のようなモノがあった?」


 朔夜姫が詫びる。

「鉄馬お兄ちゃんと、最初に会った時は、まだ敵か味方か決めかねていたので試したのです。申しわけありません……体内にあると伝えれば、ディストーション帝国の者なら、どんな反応を示すかと」

「ニャ、体のどこに宝珠の欠片があるかわからなければ、敵だったら迂闊うかつには動けないからニャ」

「そうだったのか……空木悪目のヘソにあったアレは?」

「空木悪目が作り出した、紛い物の人工宝珠です……力はそれほど強くはありません」


 朔夜姫の説明だと、フェイクの宝珠はディストーション帝国の幹部級牙の体内にも、埋め込まれているらしい。

 鉄馬は、半分ゾンビ娘のヘソ穴に突っ込まれていたコードを思い返す。


 鉄馬は、お茶会の湯呑みが四人分用意されているコトに気づく。

 メイド姫は、少し離れた場所で座って。

「くっ、殺せ」と呟きながら、自分専用の湯呑みでお茶を飲み、焼き和菓子を食している。

「もう一人、誰か来るのか?」

「ええっ、少し遅れていますけれど……鉄馬お兄ちゃんに、どうしても会わせたい人物が」

「オレに、会わせたい人物?」

「あっ、いらっしゃったようです」


 振り返ってその人物を見た鉄馬は、言葉を失った。

 こちらに向かって歩いてくるのは、鉄馬よりも年齢が上の成人女性だった。

 異世界ファンタジーに登場するような、女性剣士のような格好をしていた。だが、所持しているのは剣ではなかった。

 銃身長が長い、古風な銃剣付きの三八式歩兵銃を背負い。

 腰にも銃身を 少し切断して短い銃身に改造した、木製銃床の銃を一丁提げている。

 そして、その銃士の顔は灯花の顔をしていた。

 近くまでやって来た、銃士に思わず呟く鉄馬。

「灯花?」

 少し年上の灯花顔の銃士は、鉄馬の顔を凝視してから言った。


「なるほど、朔夜姫が話していた通りだ……我が亡くなった、弟の鐵馬てつまと、そっくりだ……残念だが、我はおまえの妹の灯花ではない。我が名は『闘火とうか』別世界の姉だ」

「灯花が年上の姉?」

「説明は、一杯お茶で喉を潤してからだ……月桂城下にいた、屍ノ牙を追っていたので喉が渇いた。半分ゾンビ娘には城壁を越えられて逃がしたが」


 闘火が椅子に座り、同じ顔が三人並ぶ。

 お茶で喉を潤した闘火が言った。

「我が世界も、妖星ディストーション帝国の侵略を受けた……弟の鐵馬は殺され、我れだけが魔導士たちの力で、この月魂国に飛ばされ生き延びた。今は月桂城に身を寄せている……我に罪人の力はない」

「そうだったのか」


 鉄馬は、ふっと思った疑問を口にしてみた。

「この月桂城下に、屍の牙みたいな。ディストーション帝国の幹部級の牙が、侵入してきて現れるコトがあるのか?」

 鉄馬の疑問に答える朔夜姫。

「いいえ、まずありえません……幹部級の牙が危険を犯してまで月桂城下に現れるメリットはありません、月桂城には常に数名の十四人の罪人が待機していますから……」

「あの屍ノ牙は、よほど変わり者の幹部ニャ」


 話しを続ける朔夜姫。

「屍ノ牙は、昨夜に条件が偶然重なってしまったために開いた【屍ノ道】を通って現れたのです」

「屍ノ道?」

「月桂城に霊力で簡単な結界を地面に張っている、わたくしが不在でした。

それに加え三日月と満月が同時に現れた怪異のために、屍ノ道が開いてしまった……屍ノ道というのは、正当な供養をされずに埋められてしまった生き物の埋葬場所です」


 闘火が言った。

「市場裏にある腐敗した肉や魚を廃棄して埋めていた場所に、人間一人分が通過できる穴が地面に開いていた……そこから出てきたのだろう」

 鉄馬が言った。

「まるで、本当にゾンビだな……墓地から這い出てくるなんて」

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