第10話・城塞外からのディストーション帝国侵入者

 巨神と舞姫たちと一緒にもどってきて、大門から月桂城下に入った鉄馬は。

 怒り狂うランス・ロッドの魔槍ダーム・ヴェルトの一振りで、城塞の石壁に叩きつけられた。

「貴様! なんのつもりだ! 朔夜姫を城外に連れ出して、危険な目に会わせるとは!」

 槍先に紅蓮の炎をまとった、ダーム・ヴェルトを鉄馬に突きつけるランス・ロッド。

 魔槍から少し離れて、竜剣と魔呪が立っている。


 縮小した隊商に、液体薬を振りかけて元のサイズにもどしながら舞姫 、宵の明星シャルムが言った。

「まぁまぁ、落ち着いて魔槍。朔夜ちゃんも無事だったんだから」

「そういう問題ではない……朔夜姫をお守りする十四人の罪人としての自覚が、鉄馬には欠落している……やはり、鉄馬は罪人の宝珠の選択ミスだ」

 ランス・ロッドと、鉄馬の間に分け入った朔夜姫が言った。

「魔槍、城外に連れていって欲しいと。鉄馬お兄ちゃんに頼んだのは、わたくしです……鉄馬お兄ちゃんは何も悪くありません」

「朔夜」


 ランス・ロッドの頬が、ヒクッヒクッと痙攣する。

「鉄馬お兄ちゃん……朔夜……貴様! 朔夜姫さまに何をしたぁぁ!」

 炎の槍を振り上げた、ランス・ロッドの前に走ってきて立つ竜剣。

「落ち着け、こんな場所で罪人の力を使ったら、朔夜姫さまにも迷惑がかかる……鉄馬も反省しているだろう」


 トコトコと歩いて来た魚拓が、和紙に墨で書かれた『膠漆之心こうしつのこころ』という文字をランス・ロッドに見せる。

 魔呪のクッター・フィも、その場の雰囲気を和ませようとスキンヘッドで、外したウイッグの真ん中に長い棒を付けて。

 大名行列の、毛槍のように垂直にした棒を上下させたり、ウイッグを棒の先で水平回転させている。

「いつもより多く廻していたり、廻してなかったり」

「それって、ウケるぅ」


 怒りを鎮める魔槍。

「今夜のところは遅い時刻で、朔夜姫さまにはお体を休めてもらわないとならないから。大目に見てやろう、今後二度とこのようなコトがあったら容赦しない……覚悟しろ」


 鉄馬に背を向けて歩きながら、ランス・ロッドは一言。

「わたしは、絶対に鉄馬お兄ちゃんなどとは、言わないからな」

 そう言い残して去って行った。


  ◇◇◇◇◇◇


 翌日──鉄馬は月桂城下の通りを沈んだ表情で歩いていた。

 朔夜姫を城外に連れ出して、危険な目に会わせたコトに対する魔槍ランス・ロッドの怒り。

 ランス・ロッドが去った直後に竜剣が鉄馬に言った言葉を、鉄馬は思い返していた。

「『魔槍は真面目すぎて騎士の忠誠心が強いから、 罪人の誰よりも真剣に朔夜姫の身を心配しているんだよ──その気持ちを汲んでやってくれ、オレたち罪人も万能チートな強さを持っているワケじゃない。なにかしらの弱点があって、それを互いに補って戦っている』」


 鉄馬は、竜剣が言った『弱点を補って戦っている』と、いう言葉を噛み締める。

(確かにオレも罪人の力を使いこなしていない……オレ、自分のコトばかり考えていた……灯花をディストーション帝国から救い出すコトしか)


 鉄馬は賑やかな大通りから、一歩静かな脇道に入った。

 人通りが無い、両側が石積み壁の路地道──石と石の隙間は、コンクリートのようなモノで補強され、時々亀裂からオレンジ色の小さな花を咲かせる雑草が生えていた。


(どうして、罪人の宝珠はオレを選んだ? もっと他に適した者がいたんじゃないのか?)

 鉄馬は頭の中で、今まで出会った、十四人の罪人を整理する。


【竜剣】

【魔槍】

【魔呪】

【血獣】

【機人】

【提督】

【魚拓】

【巨神】

【舞姫】

 名前だけは、会話の中で出てきて知っている。

【牛鬼】

【脳医】


「オレを含めると、十二人か……あと二人いるな」

 そんなコトを考えながら歩いていた、鉄馬の足が止まる。

 前方にこちらに背を向けた、朔夜姫が立っていた。

(朔夜? いや、そんなはずはない、朔夜はまだ就寝中だ)

 声を掛けようとした鉄馬は、朔夜姫から二十メートルほど離れて対峙している不気味な人物に気づく。

(なんだ!? アイツは?)


 その人物は、タータンチェック柄の短めのスカートを穿いた、女子高校生だった。

 ツインテール髪のその人物の容姿は異様だった。

 泥だらけの制服を着ていて、手には腰の鞘から抜き払った和刀が握られていた。和刀の柄から伸びたコードのようなモノが、女子学生の腹部丸出し制服のヘソの穴に突っ込まれている。


 そして、女子学生の一番の特徴は体の左右が別々の様相をしているコトだった。

 半身はゾンビのような朽ちた姿。

 もう半身は、普通の肌色をしていたが所々が裂けていて、銀色に輝く人工骨のようなモノが覗いていた。 肌色側の半顔には頬を涙が流れたような黒い模様があった。


 ゾンビ側の顔が笑いながら言った。

「ねぇ、君……朔夜姫? 姫さまだったら、アタイと遊ぼうよ……ひひひひっ」

 肌色肌の半顔が言った。

「殺して! あたしを殺して! ディストーション帝国、しかばねノ牙の、あたしを殺して! 『半分ゾンビ娘』の、あたしを殺して」


 体に悪寒が走る鉄馬。

(やっぱり、ディストーション帝国。しかも幹部級)

 次の瞬間、朔夜姫を守るために、鉄馬は走り出していた。

 屍ノ牙から朔夜姫を守るために、背を向けて立つ朔夜姫の前に立つ鉄馬。


「朔夜、大丈夫か、お兄ちゃんが来たから安心……!?」

 振り返って朔夜姫の顔を見た、鉄馬は言葉を失う。

 朔夜姫の瞳は星形をしていた、さらに片手の爪には尖った青い付け爪のようなモノが付いていた。

(違う、朔夜姫じゃない?)


 偽者の朔夜姫が出した舌に、罪人の宝珠があった。

「十四人の罪人の一人……か」

 偽者の朔夜姫が言った。

「オレの名前は『アストロン』人工生命体だニャ、性別は無い……誰の姿にもなれる不定形生物だニャ……罪人名は【擬態ぎたい】そのディストーション帝国の幹部はオレの相手だ……手を出すニャ」

 擬態はアメーバ状に変化した片手で、鉄馬を押し退けて前に出る。


「離れているニャ、ケガするニャ……希望通り遊んでやるニャ」

 擬態の体から電流のようなモノが周囲に迸り、足元の小石や物体が浮かび上がる。

 擬態が浮かんだ小石を指先で弾くと、小石は弾丸のように勢いよく、半分ゾンビ娘に向かって飛ばされ命中する。

「まだまだ、ニャ」

 次々と弾き飛ばされる高速物体……鉄馬は授業で習った、物体を電磁気力〔ローレンツ力〕で飛ばすレールガンを思い出した。


 小石が貫通しても半分ゾンビ娘は、怯むどころか笑っている。

「ひひひっ、いいねぇ最高だねぇ……気持ちいぃ」

「早く、あたしを殺して! この苦しみから救って! お願い!」

 半分ゾンビ娘は、網目模様の粘膜で包まれた、スライムボールのようなモノを取り出した。

 網目の隙間から、グニュグニュと青緑色の物体が突出して蠢いている。

 半分ゾンビ娘が、半顔で笑いながら言った。

「もっと遊んでいたいけれど、悪目に怒られるから……オカドーに任せる、ひひひっ」


 半分ゾンビ娘が、オカドー玉を道に放り投げると、弾けて散らばった塊の一つ一つが、下等生物のオカドーに変化する。

「ア──ッ、ア──ッ、ドンナ脳ミソシテイルンダ」

 半分ゾンビ娘は、笑ながら壁を反動跳びで建物の向こう側に消えた。

 擬態が構える。

「オカドーか……コイツらなら、人間じゃないので遠慮なく殺せるニャ」

 擬態の腕から放電された電撃が、横移動でオカドーを次々と爆発させる。

「オカドー! 死ね、死ね、死ね、死ね、死ぬニャ」

「ギィギィギィ」

「モウ来ナイデ」


 一匹、跳んで襲ってきたオカドーの頭を擬態がつかむ。

「温めますかニャ?」

「ギィ!?」

 擬態の手からオカドーの頭に発せられたマイクロ電磁波が、物体の中に含まれる水の分子を振動させて熱量を発生させ、オカドーの頭が破裂する。

 電子レンジと同じ仕組みだった。


 すべてのオカドーを倒した、擬態が体の臭いを嗅いで朔夜姫の顔で、顔をしかめる。

「死んだオカドーの臭いはくさいニャ。城に帰ったらお風呂ニャ」


 擬態のお腹がグウゥゥと鳴る。

「戦ったらお腹が空いたニャ……タンパク質を摂取しないと、オレの体は疲労して動かなくなるニャ……おい、おまえ名前はなんて言うニャ」

「幻月鉄馬」

「鉄馬、タンパク質の摂取が必要だニャ……肉を喰わせろ、鉄馬がおごるニャ」

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