第三章・罪人たちの想い【天涯比隣】

第9話・鉄馬お兄ちゃん

 三日月が浮かぶ夜空の下──月魂国の平原を疾走する、鉄馬のバイクのタンデムシートでヘルメットをかぶり。

 鉄馬の腰にしがみつく朔夜姫の姿があった。

 バイクは、街道が脇を通る森の近くに停車する。

 単車から降りて、ヘルメットを脱いだ朔夜姫に、同じようにヘルメットを脱いだ鉄馬が問う。

「本当に、この場所でいいのか?」

「はい、隊商キャラバンの方々は、この街道を通って月桂城にもどってきます……ねぎらって差し上げたいのです」


 朔夜姫の話しだと、隊商は月桂城下に遠方から、物資を買いつけてきてくれる存在らしい。

「ディストーション帝国の侵攻が激しさを増す中、命がけで月桂城下に物資を運んできてくれます……二名の十四人の罪人の方が、隊商の護衛をしているので、その二名にもお礼を伝えたいのです……鉄馬さまが城塞の外に出たのは、やはり妹さんの灯花さんのコトが気がかりで?」


「あぁ、灯花を探すのにどうしたらいいのかわからなかったが、とりあえず外に出て走ってみた」

「そうでしたか」

 朔夜姫は、近くの切り株に腰を下ろして三日月を眺める。

「綺麗な眉の月ですね」

 朔夜姫の横顔を眺める鉄馬、朔夜姫が呟く。

「そんなに、灯花さんとわたくしは似ていますか?」

「あぁ、瓜二つだ」

「では、わたくしのコトは朔夜と呼び捨てにしてください……その方が鉄馬さまも気楽なのでは?」

「いいのか?」

「その代わり、わたくしも鉄馬さまのコトは〝お兄ちゃん〟と呼ばせてください……試しに朔夜と読んでみてください」

「朔夜……」

「なぁに、お兄ちゃん……」

 朔夜姫と鉄馬は少し照れながら微笑んだ。


 その時、森の暗闇から無数の一つ目と、オカドーの狂った奇声が聞こえてきた。

「ア──ッ、ア──ッ、ドンナ脳ミソシテイルンダ」

「オマエハ馬鹿……カ」

「モウ、イヤダ」

 次々と森の中から現れる【くずノ牙】オカドー。


 鉄馬が、朔夜姫の前に守るように一歩出る。

「ディストーション帝国の力が弱体化する三日月の夜に、どうしてこんな数のオカドーが? あっ?」

 朔夜姫は、山の後ろから昇ってきた、赤い満月を見た。


「そう言えば、山向こうのディストーション帝国の宇宙船の偵察から、もどってきた十四人の罪人の二名。【牛鬼ぎゅうき】と、一緒に行っていた【脳医】が言っていました『ディストーション帝国は、反射鏡衛星を使って人工満月を作り出す技術に成功した』と、あれが脳医が話していた人工満月」


 一つ目で、大きく裂けたギザギザ歯の弧口で笑うオカドーが、虫けらのように森の中から湧いてくる。

「ア──ッ、ア──ッ、チッ、トロイ奴、オマエハ馬鹿……カ」


 鉄馬は、朔夜姫を守ろうとポケットの中を探る。

(何かないか、罪人の力で融合できるモノは?)

 鉄馬の指先が長方形の固いモノに触れる、取り出してみると。

 それは、封筒に入ったガスが抜けた、使い捨てライターだった。 

(どうして、こんなモノが異世界に? しかも、オレの服のポケットの中に?)

 封筒の中にはライターと一緒に、一枚の手紙が入っている。


『昔、レザリムスの東方地域から来た行商人が置いていった、使えなくなった発火石……鉄馬の役に立ったり、立たなかったり』


 魔呪の手紙だった。

(一か八かだ)

 鉄馬はいろいろと試してみて、融合できるモノは無機物に限られ、異世界の無機物とは融合できないとわかった。

 しかも、融合できる時とできない時があるコトもわかった。

 

 ガスが空のライターを握り締めて、祈る鉄馬。

(頼む、罪人の宝珠……オレに力を)

 鉄馬の手の甲にある罪人の宝珠が光りを発して、ライターが鉄馬の腕と融合する。

 前腕が、ライターアームになった鉄馬の腕から火炎放射器のように、強力な炎が化け物のオカドーを焼き尽くす。

「ギィギィギィ」

「オ・マ・エ・ハ……馬鹿……カ」

 熱で眼球がボンッボンッ飛び出すオカドー、腐ったドブの臭いが漂う。


 オカドーは、燃やしても燃やしても、しぶとく次から次へと現れた。

「数が多すぎる! オカドーの野郎!」

 次第にオカドーに周囲を取り囲まれていく、鉄馬と朔夜姫。

(どうすればいい……オレ一人じゃ、朔夜を)

 鉄馬がそう思った時、地響きがして。

 ピンク色の丸太のようなモノが、オカドーを横になぎ払って吹っ飛ばした。

(???)


 ピンク色の巨ゾウ、その姿は逆ガネーシャ神で、ゾウの巨体に黒髪の女の顔が付いていた。

 ゾウ鼻の先端には、罪人の宝珠があった。

 荷物を背中に背負った、六本牙、六本足のピンク色の人面巨獣を見て朔夜姫が言った。

「助けてくれたのですか、十四人の罪人の一人『ウィロナ神』【巨神】」

 巨神が鼻を高々と上げてゾウのように鳴くと、足を地面に打ち鳴らす。

 超重力波がオカドーを地面に押しつけ、オカドーの体は次々と潰されていく。

「ギィギィギィ、休ミタイナァ」

「モウイヤダ」


 巨神が再び足を地面に打ち鳴らすと、今度はオカドー同士が超引力で引き合い、肉団子のようにミンチに変わっていく。

「ギャアァァァァ」

「帰リタイナァ」


 さらに、巨神が足を大地に打ち鳴らすと、超斥力せきりょくでオカドーの体が大地から反発して上空に飛び上がり、大気圏外で破裂して消えた。

「モウ、来ナイデ……ギィギィギィ」


 第二波のオカドーの群れが現れる、鉄馬が巨神に言った。

「頼む、続けてオカドーを殺してくれ! 今のオレじゃあ完全にオカドーを倒すコトはできない」

 だが、巨神はなぜか顔を赤らめ、その場にしゃがんでしまった。

(照れている? どうして攻撃をやめたんだ?)

 オカドーの群れは次々と現れ増えていく。


 鉄馬がどうしたらいい? と思ったその時──夜空から鳥が羽ばたく音が聞こえ、巨大な三つ首の怪鳥が降りてきた。

(カイジュー? 新たな敵か? こんな時に)

 三つ首怪鳥の背中側から、女性の声が聞こえてきた。


「あれぇ? 朔夜ちゃん、どうしてこんな所にいるの?」

 怪鳥の背中から飛び降りてきたのは、アラビアンナイトに登場する踊り子風な格好をした女性だった。

 女性の露出した肩には罪人の宝珠があった。

 踊り子風の女性が、鉄馬を見て言った。

「あなた誰? 朔夜ちゃんと一緒にいるところを見ると、敵じゃなさそうだけれど」

「オレの名前は十四人の罪人の一人、幻月鉄馬」

「なーんだ、お仲間か……あたしは夜しかない世界、夜想界の『よいの明星シャルム』、【舞姫】って呼んでいいよ」


 腰に手を当てたシャルムが、オカドーを眺めて余裕の苦笑をする。

「次から次へと、虫けら以下の下等生物が……オカドーは虫けら以下の存在だから、容赦無用……朔夜ちゃん、鉄馬ちゃん目を閉じて……あたし、踊るから」

「こんな状況で踊りダンス? オレは鉄馬ちゃんじゃ……」


 鉄馬が最後まで否定する前に、両目を閉じた朔夜姫が鉄馬の両目を手の平で隠す。

「お兄ちゃん、【舞姫】から言われた通りにしてください」

 朔夜姫と鉄馬が、目を閉じたのを確認した舞姫は、両腕を頭上にしなやかに上げてダンスの体勢に入る。

「この踊りは、近くにいる朔夜ちゃんと鉄馬ち、もとい鉄馬くんにも影響が出るから【巨神】と『悪食ロック鳥』のロックちゃんには影響はないけれど……第一楽章『眠りの舞』」


 舞姫が踊り出すと、オカドーたちが次々と倒れて眠りはじめた。

 踊りながら舞姫が言った。

「ロックちゃん、喰ってよし」

 眠ったオカドーを次々と、三つ首でついばんで食べていく、悪食ロック鳥。

 舞姫は踊りながら、引き抜いた曲刃の短剣で、眠ったオカドーをザクッザクッと刺していく。


「うわぁ……ブタ臭がする。オカドーを刺した短剣はよく洗わないと。服にまで飛び散った体液の臭いが染みつく。

ロックちゃんは、よくそんなゲテモノ食べられるね……オカドーは、泥水をすすって生きているのに」


 悪食ロック鳥は、最低の生物オカドーを食べながら、真ん中の首がオウムか九官鳥のように声を発した。

刮目かつもくせよ、舞姫の躍りをその目に焼きつけよ……グェッ」

 踊りながら、舞姫は取り出したムチを手に巨神に近づき、ロック鳥に向かって言った。

「ロックちゃん、どこでそんな言葉覚えたのよ……巨神ちゃん、ムチで打ってあげるから。奮起してオカドーを潰して」


 舞姫が巨神ウィロナ神を、ムチで叩くと歓喜の鳴き声を発して六足で立ち上がった巨神が、大地を踏み鳴らす。

 超重力波がオカドーをプチッ、プチッと潰していく……数匹の森に逃げたオカドーを除いて、オカドーが全滅すると舞姫は踊りをやめて言った。

「ふぅ、あたしの踊りの力は踊っている間しか効力が持続しないから……それが弱点ね、二人とももう目を開けてもいいよ」


 朔夜姫が目を開けて、鉄馬の顔から手を離す。

 舞姫は手にしたムチで、鉄馬の臀部を叩いた。

「痛っ! いきなり何するんだ!」

「サービス、被虐好きマゾに見えたから……このムチあげる、被虐趣味の巨神ちゃんはムチで打たれないと奮起して力を発揮できないから。

あたしが巨神ちゃんの近くにいない時は、巨神ちゃんのお尻をムチで叩いてあげて」


 朔夜姫が舞姫に訊ねる。

「隊商の方々はどちらに?」

「ここだよ」

 舞姫は巨神が背負っていた荷物の中から、身長十センチほどの小人の隊商を出して地面に置いた。

「帰路の途中から、脳医が調合してくれた。小人薬を飲まして縮めて荷物と一緒に運んできた……月桂の城下に入ったら元のサイズにもどすよ」

「そうでしたか、遠路ご苦労さまでした。感謝します」

 そう言って、朔夜姫は深々と隊商キャラバンに頭を下げた。

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