第7話・月桂城城下

 魔槍の鉄馬への攻撃を盾で防いだメイドは、盾を腹の隠し切り込みから体内に押し込んで収容した。

 どうやらメイドの体には、隠しファスナーが随所にあるらしい。 


 ファスナーのメイドが、鉄馬の前に片膝をひざまづいて言った。

「突然、現れて失礼しました……わたくし、朔夜姫さまを警護する『メイド姫』と言います……罪人のなり損ないです、以後お見知りおきを」


 朔夜姫がメイド姫を立たせる。

「自分を下卑しないでください、あなたも別世界の姫君で、ディストーション帝国の侵略から一人、この月魂国に転移術の力で逃がされた【姫騎士】でしょう……わたしと同じ姫です」

「いいえ、月魂国の姫は朔夜姫さま、ただ一人……わたくしは、朔夜さまをお守りします」

 姫騎士の『メイド姫』が鉄馬に向かって、吐き捨てるような口調で言った。

「くっ、殺せ……」

「えっ!? オレ何も?」

「気にしないでください、単なる口癖ですから……くっ、殺せ! ディストーション帝国については。わたくしの方から、冥土の土産にお話しします……くっ、殺せ」


 メイド姫が語りはじめる。

「妖星ディストーション帝国には、邪ノ牙『空木悪目』を筆頭に【闇ノ牙】【影ノ牙】などの幹部クラスがいます……牙の幹部が何人いるのかは、わたくしにもわかりません……ちらっと見た闇ノ牙は、天使のような姿をしていました。

影ノ牙は数人の人間が融合したような、おぞましい姿をしていました」

 鉄馬の脳裏に灯花が連れ去られた時に見た、白い天使の翼のようなモノの記憶が甦る。


 質問する鉄馬。

「幹部クラス以外の牙は?」

「下等生物で、よく目にするのが【くずノ牙】の『オカドー』ですね……奇声を発するオカドーは、見つけ次第、殺してください……オカドーは人間ではありませんから」

「わかった、オカドーは殺す……他には?」

「ディストーション帝国は侵略の際に【雑ノ牙】として『カイジュー』と呼ばれる巨大な魔獣と『カイジン怪人』を使います」

「カイジン?」

「捕らえた別世界の人間や亜人と、異種生物を半身で合成させた悪魔のような姿の生き物です……わたくしが知っている情報はこれだけです……くっ、殺せ」


 少し離れた石の椅子に座っている、魔槍が言った。

「念のために言っておくが、月桂城下の城壁から外の世界は、ディストーション帝国の侵攻が拡大している、オカドーやカイジューやカイジンがウヨウヨいる……朔夜姫さまを連れ出したら、承知しないぞ」


  ◇◇◇◇◇◇


 次の日──鉄馬は竜剣に連れられて月桂城下に出た。和装の住人が行き交うにぎやかな通り、さまざまな店舗や物売りの姿があった。


 食べ物屋の店先の長椅子に座り、串に刺した肉団子のようなモノを食べている城下人を見て、鉄馬が竜剣に言った。

「平和だな」

「月桂の城下は、グルッと城壁と結界で守られているからな……でも完璧じゃない、時々城壁の破損した隙間や、結界の弱まっている箇所をスリ抜けて、化け物のオカドーが奇声を発して現れる」

 鉄馬が、城下を取り囲んでいる、積まれた石と木材と盛り土を使って造られた高い城壁を眺めていると悲鳴が聞こえ。

「オカドーだぁ!」

「化け物のオカドーが、現れたぞぅ!」

「逃げろ!」

 通りを逃げてくる人々、数体のオカドーが建物屋根から飛び降りて現れた。

「ドンナ脳ミソシテイルンダァ」

「オマエハ馬鹿……カ」

「ア──ッ、ア──ッ」

「モウッ嫌ダ……帰リタイナァ……休ミタイナァ」

 奇声を発する一つ目で、大きく裂けたギザギザ歯の弧口、イガグリの坊主頭のオカドー。

 壊れたオカドーと距離を開けて、背を鉄馬たちの方に向けて立っている、一人の男性がいた。


 明らかに月桂城下の住人とは異なった服装をしている。

 一歩、踏み出して青年を助けようとする鉄馬。

「壊れたオカドーを殺して、あの人を助けないと」

 鉄馬を押し止める竜剣。

「待て、まぁ見ていろ……あの男なら大丈夫だ」


 オカドーたちの前に立った青年は。

 北欧風の刺繍ししゅうがされた衣服を着て、買い物カゴを提げている。

 買い物カゴの中には、野菜や魚や布で包まれた肉塊が入っていた。買い物カゴを道に置いて青年が言った。

「市場で食材を買って、家に帰って美味い料理でも作って食べようと思っていたのに……頭が壊れたオカドーと、遭遇するとはな……いや、これはポジティブに考えて幸福ラッキーだ」


 青年がめくり上げた、裾のヒジには罪人の宝珠が埋め込まれていた。

 四肢立ちの姿勢になった青年の全身から吹き出した赤い血が体を包み、青年は赤いケモノとなる。

 血の妖力ケモノの姿になった青年が、オカドーに向かって言った。

「おまえたち、ポジティブ思考で考えてラッキーだぞ……オレに殺されるんだからな」


 赤い血液がオカドーに向かって飛び、数体のオカドーに降りかかる。

「ギィギィィィ」

 白血球の貪食で溶かされるオカドー。

 逃げ出したオカドーに向かって、青年が変化した血のケモノが咆哮する。

「オカドー、逃がさん!」

 発射された血飛沫の血小板が、逃げたオカドー数体を固める。

 血で固められたオカドーが倒れると、中は空洞化していてオカドーは白血球に喰われて溶けていた。


 血が青年の体に吸収され、元の姿にもどった青年が買い物カゴを、提げて立ち上がっる。

「思わぬ時間のロスをしてしまった……これも、ポジティブに捉えればラッキーか」

 竜剣が、ポジティブ思考の青年に声をかける。

「よう、【血獣】相変わらずな、ポジティブ思考だな」

「竜剣か……その男は、罪人か?」

「あぁ、十四人目の罪人、鉄馬だ──鉄馬、彼の名は『ルカサイト』血の魔獣……罪人名は【血獣】」

「よろしく、鉄馬。君にここで会えたのはポジティブに考えてラッキーだな」


 竜剣が、血獣に訊ねる。

「【機人】と【提督】は、城壁で守りか?」

「あぁ、大量に押し寄せてきている。頭が壊れたオカドーとカイジューを城内に侵入させないように、頑張ってくれている……数匹のオカドーの侵入を許したのも、ポジティブに考えるとラッキーか」

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