第6話・朔夜姫

 月桂城の野外円卓で、食べ物をむしゃぶり食べている鉄馬を見て、竜剣が目を細め微笑む。

「いい食べっぷりだ、見ていて気持ちがいい」

 少し離れた藤椅子に座る魔槍が、冷ややかな口調で言う。

「わたしは、まだ鉄馬を完全には信用していませんからね」

 鉄馬が食べている対角線に座った魔呪が、楽しそうに何かを企んでいるような顔をして鉄馬に問いかける。

「ねぇ、その白い飲み物美味しい、美味しいよね……口から吹いたり、吹かなかったり」

 鉄馬の方に背を向けて、後頭部を見せた魔呪が「ほいっ」と、カツラを持ち上げる。

 魔呪のスキンヘッド後頭部には、弧を描いた笑う目が落書きされていた。

 思わず口と鼻の穴から、白い飲み物を勢いよく吹き出す鉄馬。

「ぶはっ、ごほっごほっ」

「あはははっ、吹き出した! ねぇ、ウケた? ウケたり、ウケなかったり」


 笑っている魔呪の目の前に、竜剣が笑い顔で怒りながら大型の西洋剣をちらつかせる。

 竜剣が持っている剣は、抜き身の剣自体が鞘になっていて。

 中にもう一本別の剣が入っている。

 凄んだ口調で魔呪に竜剣が言った。

「魔呪、食事中にその冗談だけはやめろと……何度も注意したよな、朔夜姫さまの口から白い飲み物を吹き出させた、その冗談だけは」

 魔呪が無言でうなづくと、竜剣は剣を魔呪から離す。


 魔槍が無言で月魂国の紋様が入った、手拭いを鉄馬の方に放り投げた。

 魔槍に礼を言う鉄馬。

「ありがとう」

「誤解するな、槍士騎士として、汚れた円卓を見たくないだけだ」


 木製の円卓の上に飛んだ白い飲み物を、手拭いで拭きながら鉄馬が竜剣に訊ねる。

「【月ノ牙】って二つ名は、ここではダメなのか?」

「あぁ、少なくとも月桂城内では、その名は口にしない方がいい……理由はディストーション帝国で使われている、呼び名だからだ【邪ノ牙】とか……【闇ノ牙】とか」

「わかった、二つ名は言わないようにする……まだ、わからないコトだらけだけれど。他の罪人ってどこにいる? ちょくちょく話しに出てくる朔夜姫って誰だ?」


「他の罪人たちには、機会があればそのうち会えるだろう……朔夜姫は月魂国の姫で霧の結界を守っている。ディストーション帝国は姫を狙っている……いろいろな理由で」

「それは、どんな理由が?」


 椅子から立ち上がったランス・ロッドが、焔に包まれた魔槍ダーム・ヴェルトを鉄馬に向ける。

「それ以上、朔夜姫を詮索するな。この場で燃え尽くされたくなかったら」


 魔呪がカツラを外して、花のアフロを見せて場の雰囲気を和ませようとする、大笑いしたのは竜剣だけだった。

【魔呪】クッター・フィが鉄馬に質問する。

「ところで、鉄馬の罪人の能力て何? 本人が知っていたり、知らなかったり」

「オレにも、良くわからないけれど」

 ポケットからカッターを取り出す鉄馬。

「カッターと、融合できるのが能力かも知れない」


 竜剣が言った。

「罪人の力は、本人にしかわからないからな……メシを食べて腹がふくれたら、部屋を与えるから今は休め……体を休めるのも戦士の仕事だ、おっと罪人の役目だったな」


 ◇◇◇◇◇◇


 与えられた部屋の畳ベットに、寝っ転がってい鉄馬は起き上がった。

「やっぱり、じっとなんかしていられねぇ」

 部屋から出て、城の中庭みたいな場所をブラブラしていた鉄馬の足が止まる。

 東屋あづまやがある庭園のような場所に、胸元と背中が少し露出した和装姿の少女がいた。

 東屋の長椅子に腰掛けている、その少女の顔を見た鉄馬が思わず叫ぶ。

「灯花!」

 それは、ディストーション帝国に連れ去られた、妹の灯花と同じ顔をしていた。

 鉄馬から灯花と呼ばれた少女が立ち上がって微笑む。

(違う……灯花じゃない、灯花にはない気品と上品さがある。別人だ)

 少女が言った。

「十四人目の罪人の方ですか? 預言の夢に出てきた、鉄の馬に乗っていた……ご迷惑をおかけします、わたしの名は月魂国の武者姫『朔夜』と言います」


「朔夜……姫、武者姫?」

 朔夜姫が言った。

「お時間がありましたら、少しお話ししませんか……わたしが知っている限りのコトでしたらお答えできます。

何もわからずに罪人の宝珠の力で、月魂国に送られて不安でしょうから」


 東屋で鉄馬と朔夜姫の会話がはじまる。

「教えてくれ、どうして妹の灯花と同じ顔をした人間ばかりいるんだ? 灯花を連れ去った、ディストーション帝国の灯花と同じ顔をした。ヘソに宝珠が埋め込まれた軍服女は、いったいなんなんだ?」


「彼女の名前は【邪ノ牙】『空木悪目うつろぎあくめ』……ディストーション帝国の最上位幹部です……彼女がディストーション帝国の実権を握っていて、帝国を動かしていると言っても過言ではありません」


「悪目は、どうしてオレの妹……灯花を連れ去ったんだ?」

「それは、わかりません……悪目は、さまざまな次元世界に存在する〝自分〟を集めているようです」

 鉄馬は〝平行世界パラレルワールド〟という言葉を思い出す、別の世界には別の自分が存在しているという話を。


 朔夜姫の話しは続く。

「妹の灯花さんを拐った悪目の本当の目的は、わかりませんが……わたしをディストーション帝国が狙っている理由はわかります」

「どんな理由か、教えてくれ……灯花を救い出すヒントになる」


「わたしの体を、妖星ディストーション帝国が狙っている理由は三つ、一つ目は【月魂国に張られた結界を破って、異界大陸国レザリムスの他の地に進攻するため】……強固な結界を破るためには、月魂国にあるすべての罪人の宝珠を破壊しなければなりません……わたしの体の中にも、宝珠の欠片が存在します」


「二つ目の理由は?」

「わたしの体を粉砕して【不死の妙薬を作り出すコト】」

「なんだって?」

 驚く鉄馬。


「三つ目の理由は……わたしの体を悪目が【スペア体】として利用するため……これが、悪目が妹の灯花さんを連れ去った理由に、一番近いかも知れません」

「スペアの体にするため……いったい、ディストレーション帝国ってなんなんだ? どんな構成をしているんだ?」

「それは……」


 朔夜姫が話そうとした瞬間、ダーム・ヴェルトを持った魔槍ランス・ロッドが、怒りの形相で走ってきて鉄馬に向かって怒鳴る。

「朔夜姫さまから離れろ!」


 ランス・ロッドが魔槍を鉄馬に向かって突き出した次の瞬間、花の茂みの中からメイド服姿の少女が飛び出してきて。

 円形の盾で魔槍の槍を受け止める。

 両側の頬に斜めに入るファスナーのようなモノがある、メイド少女が魔槍に向かって言った。

「おやめください、ランス・ロッドさま……魔の槍ダーム・ヴェルトの本来の力が、うっかり放出されてしまったら庭園が焦土と化してしまい、朔夜姫さまもウェルダンに焼かれしまいます、魔の槍をお引きください」

 メイド少女の胸元には、罪人の宝珠の欠片がペンダントとなって揺れていた。


 ランス・ロッドはメイドに言われて、槍を引いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る