第3話 承-2

※  ※  ※


 ユウヒとパーティーを組んでから僕らは様々なクエストに挑戦した。


 主に討伐系のクエストが中心だったけど、攻め手に欠ける僕と撃たれ弱いユウヒの相性は抜群だった。


 ただ彼女は問題児だった。ギルドにいけば「いけすかねー」といってルビーさんと喧嘩になるし(ルビーさんがゴーレムに掃除を命令したことが気に入らなかったらしい)、パンクバード家につれていった時にはおやっさんの秘蔵のお酒を勝手に飲んで叱られた。(僕らがお酒を飲むと魔力の供給が不安定になって疑似的に酔うことができる)


 しかも僕が契約したワンルームに勝手に私物を置いて住みつくし、大家さんから二人分払えと請求されて言い争いになるし本当にやりたい放題だ。(けっきょく僕が二人分払うことになった)


 彼女が誰かと衝突するたびに「またか」と思いながら僕が間に入るんだけど、不思議とこれが悪い気はしなかった。


 彼女と一緒にいると、なんていうか、冒険者とかゴーレムとかタンクとか、そういう明確な役割ロールとは違う、自分の存在意義みたいなものを感じられたんだ。


 これがいわゆる、悪友、ってやつなのかな?


 僕らがつるみはじめて数カ月が経過したある日。打ち捨てられた機械都市で暴走していた機械竜を討伐した帰り道で、僕らは夜の草原に座って空クラゲを眺めていた。


 空を漂う大量のクラゲは海にいるものよりずっと大きい。傘の半径は平均的な個体で一メートルにまで及ぶが、重量はおよそ五ポンド。周囲の空気を取り込み内燃機関である核から発せられる熱で体内に上昇気流を生み出す熱気球生命体。


 核を青や白に発光させながらふわふわと頭上を漂っている様子は、まるで空で瞬く星々が地上に降りてきたみたいに幻想的だ。


「これでよし、と」


 僕が空クラゲに見惚れている隣で、ユウヒが鳩尾の魔石を交換していた。


 非正規品ゴーレムの彼女は高い運動演算処理能力や後方すら知覚できる高感度センサーなど、ボディスペックを上回る機能が多数搭載されている。


 そのため彼女の魔石は常にフル稼働しており劣化のサイクルも早い。劣化すると運動能力の低下はもちろん、記憶領域にまで不具合がでるので、だいたい月に一度は新品の魔石と交換している。


「僕のこと覚えてる?」


 彼女が魔石を交換するたびにいつも聞いている。

 不安になるからだ。彼女は非正規品。だから僕のように情報統合魔晶石にアクセスる権限がないからバックアップもできない。


 誤って記憶を消してしまえばそれきりなのだ。


「あー? 忘れちまった誰だお前」

「ええ……」


 ユウヒは「冗談だっつの」といって笑いながら赤黒く変色した魔石を草原に向かって投げ捨てた。

 このやり取りもいつも通りだ。


「ちゃんと魔石の初期化はしたの?」

「そんな面倒くさいことするわけないだろ」

「大丈夫なのそれ? 誰かに拾われたりしたら……」

「問題ねーよ。劣化が始まった時点で魔石の中の記憶はどんどん穴だらけになっていくんだから、残るのなんて断片的な記憶だけだ。百個ぐらい集めりゃもう一人オレが作れるかもしれないけどな」

「そっか……」 

「集めんなよ?」

「集めないよ!」

「本当かー? ま、オレ様はとっても魅力的だから誰かが集めてても驚かないけどな」


 自分でいっておきながら「へへ」と照れ臭そうに笑うユウヒ。

 僕が「それはそうかもしれないけど……」と言い返すと、途端に彼女の顔が耳まで赤く染まった。


「ば、バカヤロー! そこは否定しろよ……でなきゃなんか……本当にオレのことが可愛いと思ってるみたいじゃねーか……」

「嘘つく必要なんてある?」

「あ、あるよ! だってそうじゃないとオレ……わかんなくなっちゃうんだよ!」


 ユウヒは両手で頬を押さえながらかぶりをふった。


「わかんないって、なにが?」

「お、オレ……いままでずっと一人で旅してて、誰かにかばってもらったり、守ってもらったことなくて……お前があんまり女の子扱いするから……オレ……オレ……ああもう、これじゃまるでクマノミじゃないか!」

「く、クマノミ……? さっきからどうしたのさ?」


 たしかに僕はユウヒの盾になるけど、それって単に僕の役割がタンクだからってだけだ。

 でもなんだか彼女が伝えたいことはそういうことじゃない気がする。


「いつも攻めてばっかりだったけど、守られるのも悪くない……的な」

「んんー? ごめん、まだなにいってるのかよくわかんないよ」

「だから……ああもう! おい! エレン!」


 ユウヒは唐突に僕の手を握ると、まっすぐ見つめてきた。


「な、なに?」

「お前、オレのオーナーになってくれよ!」

「え⁉ な、なんで⁉」

「なんでわかんないんだよ! わかれよ!」

「無茶言わないでよ。僕は君と違って非言語的コミュニケーションが苦手なんだ。ちゃんと言葉にしてよ」

「~~~~ッ! だから! オレをお前の女のしてくれっていってんの!」

「ええ!?」


 僕が彼女のオーナーに?


 それってつまり、自分の全てを捧げます……ってこと?


 そんなこと、いままで考えたこともなかった。


 ユウヒの表面温度は摂氏八十七度。いますぐ熱暴走オーバーヒートしてもおかしくない。そんな彼女につられて僕の体温までぐんぐん上昇していく。


 二人でしゅうしゅう湯気を立てながら答えあぐねいていると、いつも周囲を威嚇するような目をしているユウヒの眉が八の字になって、彼女は「嫌か……?」と弱々しく呟いた。


 その表情を見たと同時に頭の中で「異常な体温を検知しました。クールダウンしてください」という警告が鳴り響く。


 や、やばい。僕の方が爆発しそうだ。


 で、でも!


「い、嫌なもんか! なんていうかその……僕でよければ。喜んで」


 僕は構わず答えた。彼女の気持ちに、応えなければならないと感じたから。

 体が燃えてもかまわない。僕は、自分の心に従うことにしたんだ。


「~~~~ッッッ! え、エレン!」

「えーーーー」


 ユウヒは僕の顔を両手でがっしり掴むと、彼女の顔があっという間に近づいてきて唇に柔らかい感触が押しつけられた。


 瞬間、僕の左胸にはめ込まれた魔石が膨大な魔力を全身に供給。過剰に供給された魔力は体内を駆け巡りやがて頭部が文字通り爆発した。


 頭から、ぼん、と小気味よい音を響かせたあと、僕の視界は薄暗くなっていく。

 あれ……まさか僕、死ぬの?


 頭脳回路シナプスが完全に焼ききれる間際、ユウヒの「バカヤロー!」という声が聞こえた気がした。


※  ※  ※


 気がつくと僕はギルドの情報統合魔晶石の下にいた。


 ボディが鉛色のドラム缶みたいになっている。汎用型のお手伝いゴーレムだ。どうやら僕は死んでしまったらしい。


 ステータスを確認するとクエストは達成しているみたいだから、機械竜と相打ちしたのかもしれない。……あれ? なんで僕がユウヒのオーナーになっているんだろう。まぁあとで聞けばいいか。


 いままでバックアップがあるから死んでも大丈夫、なんていってたけどこうして死ぬのは初めてだ。そういえばユウヒは大丈夫なのかな? パーティーを組んでいるから生きているのはわかるけど、なんてことを考えていると、ギルドの玄関が勢いよく開いた。


 入ってきたのは鬼のような形相で僕の体を背負っているユウヒ。


 とりあえずギルドの売店で修復用ナノマシンを購入しこんがり焼けた頭脳回路を修復して元の体に記憶を移し替える。


 ユウヒに僕がどうやって死んだのか尋ねたが、彼女はなにも教えてくれない。


 ついでに僕がユウヒのオーナーになっている件についても聞いてみたが返ってきたのは「バカヤロー!」という理不尽な罵倒だけだった。


 たぶんなりゆきで司令塔の役割を担うことになったのだろう。


 とりあえず無事に復活できたので不機嫌なユウヒをつれて報酬を受け取りにいくことにした。


「はい、お疲れ様。いやーそれにしても、まさかあの暴れん坊の機械竜を倒しちゃうなんてね。エレンくんもすっかりベテラン冒険者の仲間入りだわ」

「いやぁ、それほどでも。これもルビーさんたちの助け合ってのことですよ」

「ふふ、礼儀正しいのは相変わらずね。はい、今回の報酬。よく頑張ったわね」

「ありがとうございます!」


 ルビーさんから機械竜討伐の報酬を受け取ると、悪い顔をしたユウヒがすり寄ってきて「酒買おうぜ酒」といってきた。


「駄目だよ。このお金はおやっさんたちのツケを払うために使うんだから」

「どーせ受け取らないよあの頑固ジジイは」

「なんでそう思うのさ?」

「そりゃ自分の息子が可愛いからだろ。現金より酒買ってやったほうが喜ぶぜきっと」


 正しい手順を踏むならまずはおやっさんの欲しいものを確認してから決めるべきだ。

 でも、


「……かもね。僕じゃどんなお酒がいいかわからないから、ユウヒに選んでもらっていい?」


 僕は自分の心に従うことにした。

 なんでそうしたのかはわからない。ただ、このほうがいいと思ったんだ。


「そうこなくっちゃ! 好みのいい酒を選んでやるぜ!」


 どん、と胸を叩くユウヒ。お酒ってそんなにいいものなのかな? 僕にはよくわからない。

 ……って、アタシ?


「あれ、ユウヒっていつから自分のことオレって呼ばなくなったの?」

「い、いつでもいいだろバカヤロー!」


 急に顔を真っ赤にして怒鳴るユウヒ。


「う、うん……そうだね」


 また不機嫌になりそうだったのでこれ以上追求するのはやめた。


 さっそく町に繰り出しておやっさんへのお酒を買いに行こうと思ったが、ギルドの出口で三人組の男女がたむろして道をふさいでいた。


「おい、そんなところでくっちゃべってんじゃねーよ。邪魔だよお前ら」

「こ、こらユウヒ! あ、あの、そこは人の出入りがあるので、雑談ならあちらのフリースペースで----」


 そこまでいいかけて僕は口をつぐんだ。


 三人組の中央にいた人物。赤いマントを着た剣士が振り返り、「やあエレン」と僕の名を呼んだ。


 懐かしい声だった。


 僕の頭脳回路は自動的に声紋解析を解析し、該当する人物を探り当てる。


 でもそんなことをしなくても僕はこの人物がだれなのかすぐにわかった。


 僕が三度目に仕えた、元オーナーだ。


「オーナー……」

「はは、元オーナーだよ。会うのは一年ぶりくらいかな? いやぁ、しかしまさか君がこんなにも優秀な冒険者になるなんて正直驚いたよ」


 元オーナーは以前は生えていなかった顎髭をさすりながら僕を値踏みするように見つめた。


 彼の体は一回りほど大きくなっており、剣や鎧は魔力を帯びておりこの辺りではまず手に入らないミスリル製のようだ。羽織っている赤いマントも竜の鱗が織り込まれた一級品。


 彼のパーティーと思しき魔法使いの老人と白いローブを纏ったヒーラーの女性もかなりの高レベルに見える。


 どちらも初めて見る顔だ。


「このあたりにいるのは珍しいですね」


 手ごわいモンスターが多い北で活動しているということは風の噂で知っていたけれど、彼らがこのあたりで活動をしているという話は聞いたことがない。


「ああ、ある人の噂を聞きつけてね。尋ねにきたのさ」

「ある人?」

「君のことだよエレン」


 元オーナーはそういって朗らかに笑みを浮かべた。


 話を聞くと、どうも彼らは、というより元オーナーは、一年前に僕を追放してからストイックに高難易度クエストに挑戦し続けてきたらしい。


 その結果ついてこれない者や戦場で不幸に見舞われパーティーを離れていった人も多いそうだ。


 なによりクエストの難易度が上がるにつれて彼についてこれる人材が少なくなっていくことが悩みだそうで、そこで目をつけられたのが僕というわけだ。


 とりわけ暴走した機械竜を討伐をしたことが決め手となったらしく、彼は僕をパーティーに引き入れるためにこんな田舎にまで足を運んできた。


 その話を聞いてすぐ、ユウヒが僕と元オーナーの間に割って入った。


「ふざけんなよお前! 自分の都合で捨てといて、いまになってやっぱり必要だからパーティーを組まないかだと⁉ 都合がいいにもほどがあるぜ!」

「それは認めるとも。だけどこれはエレンの実力を認めたからでもあるんだ。彼の功績を称えて、俺たちのパーティーに加入させてあげようと提案しているんだよ」

「加入させてあげようだぁ!? どこまで上から目線なんだお前らは! いいか、アタシらゴーレムは道具じゃない! 心があるんだ! どうしてもっていうなら地面に額をこすりつけてお願いしてみろよ! そしたらお前をアタシらのパーティーに加入させてやるからよ!」


 ユウヒが中指を突き上げるとヒーラーの女性が「ゴーレムに心とかウケるんですけど」と嘲笑した。


「ふぉっふぉ、鉄と歯車の人形風情がなにやら吠えておるわい。で、お前さんはどうなんじゃエレンとやら?」


 魔法使いの老人に尋ねられ、僕は首を左右に振った。

 彼らのパーティーは三人だ。僕が加入したらユウヒがあぶれてしまう。

 断る理由はそれだけじゃないけど。


「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」

「なぜだいエレン? 君も冒険者になったならもっと上を目指したいとは思わないのか?」

「それは思います。ですがゴーレムの寿命はとても長い。それこそエルフや吸血鬼並みに。あなたがた人間は短い寿命の中で必死に生きているからこそより早くより高く目指したいのでしょうが、あいにく僕らゴーレムはのんびりと自分のペースで前に進ませていただきたいと思います。貪欲な姿勢は尊敬しますが、僕はあなたについていけるとは思いませんし、ついていきたいとも思いません」


 僕が息継ぎもせずそういうと元オーナーたちは口をぽかんと開いて固まっていた。


「いこう、ユウヒ」


 彼らと同じようにあっけにとられていたユウヒの手を握り、僕は出口を潜り抜けた。


「お、おう……へへ、聞いたかお前ら! せいぜい短い余生を楽しみな人間ども! あーばよ!」

「ユウヒ!」

「にしし、そんなに怒るなよマイ・オーナー。あー、スカッとしたぜ!」


 呑気に笑っているユウヒの後ろ。ギルドの入口で、元オーナーたちは恨みがましい視線を僕らに向けていた。

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