第2話 承-1

※  ※  ※


 夜の畑にて。


「てやー!」

「ぴぎー!」


 スライムを倒した! 経験値を0ポイント獲得した!


 ……まぁ、僕はゴーレムなのでいくらモンスターをやっつけても成長レベルアップはしない。筋肉があるわけじゃないし、魔力の容量も決まってる。


 その代わり僕は眠る必要がないから昼も夜もクエストをこなすことができる。

 だからこうして毎晩畑にやってくる悪いスライムをやっつけることができるってわけさ。


 ここ一カ月間は文字通り昼夜を問わずクエストをこなしてきた。魔物退治、薬草集め、お使い。そのおかげでずいぶんお金が貯まったし、今日のクエストで目標額に達した。


 翌日、ルビーさんに報告すると続けてクエストを受注するか聞かれたが僕は断った。


「あら、さすがに疲れちゃった?」

「いいえ、違います。お金が貯まったのでレベルアップしにいこうと思いまして!」

「レベルアップを……お金で?」

「はい! それじゃあいってきます!」


 僕は小首を傾げたルビーさんを置いて、町の東にある工業区へと足を運んだ。


 そこで僕のお父さん、というと少々語弊があるんだけど、僕を作ったパンクバード工場を訪ねた。


「おやっさん、お久しぶりでーす!」

「おお、エレンじゃないか! よく来たな!」


 工場の中に入ると、壮年の男性がスパナを片手に新型ゴーレムの調整をおこなっていた。


 彼がこの工場の主のパンクバードさん。通称、おやっさん。


「わあエレン久しぶり! って、たしかあなた冒険者になったんでしょ?」


 おやっさんと一緒に作業をしていたツナギ姿の若い女性。彼女はおやっさんの娘のウィンディ。あいかわらず耳にたくさんピアスをつけている。


「まさかうちのゴーレムが冒険者になるなんてねぇ! とっびきり可愛く仕上げたかいがあったってもんだよ!」


 さらに工場の奥からやってきたのは頭に手ぬぐいをまいたふくよかな女性。彼女はおやっさんの奥さんだ。

 ここはゴーレム製造工場、というとなんだか仰々しい感じがするけど実際は家族経営の町工場って感じ。


「なにいってんのお母さん、見た目と冒険者は関係ないでしょ……」

「あらやだそんなことないわよウィンディ! 人も機械も愛嬌が大事なんだから!」

「そうだぞウィンディ! お前ももっと愛想よくしないと嫁の貰い手がないぞ! それとも俺がお前の彼氏を作ってやろうか! ガッハッハ!」

「いや、わたし、彼氏いるし。人間の」

「はっは……はぁ!? なんだと!? お、おいなんだそれ、初めて聞いたぞ? どこのだれでなにをしている奴なんだ?」

「教えなーい。それでエレン? あなた、今日はなにしにきたの?」


 あいかわらず愉快な人たちだなぁ、なんて思いつつ、僕はとある提案をパンクバード一家に伝えた。


 すると彼らは戸惑ったように目を丸くして顔を見合わせ、それからすぐに職人の目になり、手をわきわきさせて僕ににじり寄ってきたのだった。


※  ※  ※


「はいアップグレード完了! ひゃー、男前になったねエレン!」


 ようやく解放されると、僕の視線は前より一段高くなっていた。


 目の前に運ばれてきた姿見に映っているのは栗色の短髪と青い瞳を持つ青年風のゴーレム。新しい僕だ。


「ううむ、やはり今回は手足の長さストロークのバランスがいいな。会心の出来だ」

「もうあなたったらそんな冷めたこといわないでちょうだい。それにしても本当にいい男になったわねエレン。可愛いあなたも捨てがたいけどこっちもいいわぁ、おばさん惚れちゃいそう! おっほっほ!」


 妙にご機嫌なパンクバード婦人におやっさんは「なぁにいってんだか」と呆れていた。

 彼らはいい家族、なんだと思う。

 僕には家族がどういうものなのかはわからないけど。


「みなさん、ありがとうございます」

「おいおい、そんな堅苦しいこというんじゃねぇよ」

「え?」

「そうだよエレン! ここはあんたの実家なんだよ?」

「あたしら家族じゃないのさ。かしこまる必要なんかないんだよ」


 婦人の手がばしん、と背中を叩いた。

 急に体温が上昇し始める。


「ありがとう………………ご、ございます!」


 つい敬語をつけたしてしまうと、パンクバード家のみんなはどっと笑い出した。


 ありがとう、お父さんお母さん。それにお姉ちゃんも。まだ少し恥ずかしいけど、いつかきっとそう呼んでみせるよ。


 手足が伸びて運動能力が向上した。体積も増えたので僕の左胸には以前よりも大きな容量の魔石コアをはめ込まれている。


 本当はお金が足りなかったけどおやっさんが最上級の魔石をつけてくれた。なんでも「就職祝いだ! もってけ!」とのことだった。ここは僕の記憶領域でもあるのでいいものをつけるにこしたことはない。本当に感謝だ。


 装備も新調した。剣や盾を長くて重いものに変えたし、いままではぶかぶかで着ることができなかった鎧も買った。


 ギルドにいくとルビーさんが戸惑っていたので冒険者手帳を見せると、朗らかに微笑みながら「写真を撮りなおさなくちゃね!」といった。


 僕はより難易度の高いクエストに挑戦するようになった。


※  ※  ※


 よく晴れた春の日。さざめく木々の梢から降り注ぐ木漏れ日によって、斑に彩られた森の中。


「あれは……」


 苔むした大木を背に座っている人を見かけて駆け寄った。

 みるとそれは、いつかアーチ橋でオカリナを吹いていた旅のゴーレムさんだった。


「……だれだお前……」


 旅のゴーレムさんは苦しそうにわき腹を押さえている。

 怪我をしているみたいだ。


「以前あなたと出会って自由になったゴーレムです」

「あのガキンチョかよ。はは、恩返しにでもきたのか? 童話でもあるめーし、そんなうまい話が……くっ」

「あ、あの! 修復リペアキットはお持ちじゃないんですか?」


 僕らゴーレムは人間のように自然治癒ができない。

 傷を癒すには修復用ナノマシンを噴霧する必要がある。


「そんな高価なもん、根無し草のオレがもってるわけないだろうが……」 

「なら、僕のを差し上げます」

「はぁ? なんで赤の他人のお前にそこまでされなきゃならないんだよ」 


 旅のゴーレムさんの赤い瞳が警戒するように睨みつけてきた。


「お前じゃありません。エレンです。なぜやるかと聞かれれば、僕がそうしたいからです」

「……そーかよ。なら勝手にしろ」


 睨みつけていた目をふっとそらし、旅のゴーレムさんは警戒を解いた。

 以前会ったときは大人っぽく見えたけど、本当は荒っぽい性格なのかもしれない。


「まずは傷を確認するために帽子とポンチョを脱がせます。バンザイしてください」

「ん……」


 素直に従ってくれる旅のゴーレムさん。帽子の下の素顔は驚くほど精巧に作られていた。


 金色のショートカットは繻子のような煌めきを帯びて、赤い瞳は雨上がりの夕日のように情熱的な色彩を放っている。


 ポンチョをめくりあげていくと、旅のゴーレムさんの細くて白い首筋や桜色の唇に視覚センサーが反応してしまい、なんだかそわそわしてしまう。


 おかしいな。同じ男性型ゴーレムのはずなのになんでこんなところにフォーカスが定まってしまうんだ。


「おい、なに固まってんだよ。まさかシャツの上から治療するつもりか?」

「あ、ご、ごめん……」


 見惚れていたら叱られてしまった。

 ええと、このあとは……。


「じゃ、じゃあ、脱がしますね」

「いちいち断るんじゃねーよ、うるせーな……」

「あ、はい……」 

「クソ、脱がされるのはどーにもしょうにあわねーぜ……」

「は、はぁ……」


 一番上のボタンからゆっくりと外していく。


 異様に体が熱くなってきた。このままじゃ熱暴走してしまいそうだ。普段は人間の平熱とそれほどかわらないのに、現在の体温は四十八度まで上昇している。


 僕だけじゃなくて旅のゴーレムさんの体も異様に熱い。表面温度は五十二度だ。

 頑なに目を合わせようとしないけど、明らかに動揺してる感じがする。


 ボタンを外し終わると、前をはだけさせた旅のゴーレムさんは「とっとと脱がせ」といい、僕は反射的に生唾を飲み込む自動動作エモートをして襟に手をかけた。


 するする、とシャツを下ろすと、旅のゴーレムさんの白いボディが露わになる。


 木漏れ日によって薄く斑な影が映し出されたボディには、肩部と胸部とのつなぎ目や胸部と腹部とのつなぎ目がくっきりと浮かんでいる。


 くびれた腹部といい、全体的に無駄のないシャープな作り。

 旧型の戦闘用ゴーレム。つなぎ目の荒さからして非正規品だ。

 でも一番注目すべきはそこじゃない。


 彼の……いや、彼女の胸部が、鳩尾に嵌め込まれた赤い魔石を挟むように配置された胸が、微かに膨らんでいる。


「お、女の子……」


 予想だにしない曲線が視界に飛び込んできて、僕はまたもや硬直してしまった。

 僕の心はずっと理解できていなかった。でも僕に搭載されているセンサーは彼女が女性であることを見抜いていたんだ。だからずっと、緊張を強いられていた。


「じろじろ見るなよバカヤロー……」


 ぎろりと睨んでくる旅のゴーレムさんは顔を赤らめて微かに肩を震わせていた。


「す、すすす、すいません! すぐ治療します!」


 バックから修復用ナノマシンのスプレーを取り出し、彼女のわき腹の傷に噴霧する。

 白い泡が傷口を覆うと、徐々に被膜状に変化して完全に傷を覆い隠した。

 このまま放っておけば修復キットのナノマシンが千切れた配線や表面装甲の代わりに機能してくれる。


「……あんがとよ」

「いいんです。それより……」 

「なんだよ。いっとくが金ならないぞ」


 いそいそとシャツのボタンをとめながら、旅のゴーレムさんは口をとがらせた。


「いえ、そうじゃなくて……女の子、だったんですね」

「体は女だが、なかみは男だ」

「え! それは、なんというか……珍しいですね」


 普通性別の認識はボディの性別に合わせて設定されるものだ。


「非正規品なんて歪な奴ばっかりさ。オレを護衛のために作った奴はわざとオレを女の体にして、嫌がるオレに可愛い服を着せて楽しむ変態だったんだ」

「ひどい……」

「非正規品の扱いなんざそんなもんさ」

「人間が……憎いですか?」

「憎いというより、信用してない。でも恨んでるわけじゃないさ。最終的にオレを自由にしたのもそいつだからある意味じゃ感謝もしてる。たぶん廃棄するのが面倒だから自由意志を与えて野に放っただけだろうがな」


 旅のゴーレムさんは自嘲気味に笑った。


「男性型のボディになりたいとは思わないんですか?」

「憧れたこともあったがいまはこの体も案外悪くないと思ってる。それにしてもお前、ずいぶんデカくなったな」


 急に話を変えられた。

 あまり触れられたくない話だったのかもしれない。


「あ、ありがとうございます。おかげさまです」

「顔も凛々しくなったし、スタイルもいい」

「はぁ……どうも」

「この腕は既製品じゃないな? ワンオフか?」

「あ、はい。たぶん……」

「ふーん……」


 手甲を握りながらしげしげと僕の手を見つめる旅のゴーレムさん。

 自分はじろじろ見るなっていってきたのに、すいぶん熱心に僕を観察するなこの人。


「名前はなんていったっけ?」

「エレンですけど……」

「そうかエレン。オレはユウヒ。なぁもしよかったら、パーティーを組まないか?」

「え! それはまたずいぶん急な提案ですね?」

「自由意志をもつゴーレムなんてそうそう巡り合えるもんじゃない。それとも、オレみたいな野良ゴーレムは嫌か?」

「い、いやいやそんなことないですよ! よろしくお願いします!」


 と、つい勢いでそういうと、ユウヒはにやりと笑って「決まりだな」と呟き、手を差し出してきた。


 その手を握り返すと同時にお互いにパーティーを組む契約コントラクトが成立。僕らは互いの位置情報やステータスが確認できるようになった。


 どうやら彼女は魔力が低い代わりに敏捷性と攻撃力が高い物理アタッカータイプみたいだ。僕は魔力と耐久力が高い魔法タンクタイプだから相性がいい。


 なによりずっとソロだったから仲間ができるのは心強い。

 嬉しくて魔石が熱を帯びてくると、彼女が「いちよう言っておくけどさ」と口火を切った。


「え?」

「実はオレ、体は女で心は男のゲイなんだよね」

「え……」


 ピンときた。さっき唐突にボディの話を切り上げたのは、このことを隠すためだったんだ。


「まぁ気にすんなよ! オレ、お前みたいなナヨナヨした奴に興味ないからさ!」


 そういって彼女(彼?)はからからと笑った。

 喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。

 自分の心の扱いに不馴れな僕にとって、この問題は難しすぎた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る