追放されたゴーレム「自分で自分のオーナーになりました」
超新星 小石
第1話 起
「エレン……君をこのパーティーから追放する」
ある日、ある町で、僕はオーナーにそう告げられた。
謝罪の言葉も添えられているがこれといって悪びれた様子はない。
淡々と、無機質で、無遠慮に、ただ告げただけだ。
「追放……ですか?」
「ああ。君はいい奴だが所詮初心者を導くだけのナビゲーター・ゴーレムだ。悪いが俺はもっと上を目指したい」
「はぁ……」
「わかるだろ? 四人編成が義務付けられているパーティーの貴重な一枠を君で埋めるわけにはいかないんだ」
僕は初心者冒険者支援用ゴーレム。名前はエレン。
モンスターや地理、アイテムなど様々な知識をもち、戦闘や炊事までこなすオールマイティーなスペックをもっている。
けれどそれは裏を返せば秀でた部分がないということになるし、なにより少しでも冒険に慣れた人なら不要になる性能だ。
唯一の長所は正規品ゴーレムであることくらい。ギルドの
その唯一の利点もお仕えする冒険者が中堅クラスになれば価値が薄れていく。
安全で快適な冒険よりもいかにクエストを攻略するかのほうが重要になってくるので、柔軟に連携がとれる人間同士でパーティーを組むか、より戦闘に特化したゴーレムが必要とされる。
ようはお払い箱ってこと。
ひどい、とは思わない。
僕が必要とされなくなるのは、子供が玩具の指輪に価値を見いださなくなるくらい自然なことなのだから。
「僕は常にオーナーの指示に従います」
「素直で助かるよ……ナビゲーター・ゴーレム、エレンに命ずる。俺のオーナー設定を解除しろ」
「承知しました……」
こうしてオーナーとの主従関係は終わり、僕は自由になった。
※ ※ ※
「はぁ……」
元オーナーは新たに勧誘した人間の仲間を一人加えて次のクエストにむかった。
もともとゴーレムが好きではなかったのかもしれない。彼のストイックな姿勢は時としてオーナーの安全を優先する僕の行動と衝突していたし。
いまは元オーナーといっしょにきた道を一人で引き返している。慣れた道のりだ。
パーティーから追放されるのはこれで三度目。しかも追放されるのはだいたい同じ町。ある意味これがナビゲーター・ゴーレムの宿命……なのかもしれない。
僕の存在価値とはなにか。それは初心者冒険者が中堅になるまで導くこと。
なら僕を導くのは、と考えたところで頭の中にノイズが走る。
いつもこうだ。僕は僕のことを考えようとするとプログラムが自動的に思考に制限をかける。他者に判断を委ねるという性質上、思考には制限がかけられているんだ。
僕は、僕のことをなにも知らない。
僕はいったい何者なんだろう?
なにをしたくて、なにをしたくないんだろう?
なんのために存在しているんだろう?
なにも、わからない。
とぼとぼ肩を落として帰路についていると、小川をつなぐアーチ橋の手すりの上で羽付き帽子と深緑色のポンチョを着た旅人さんがオカリナを吹いていた。
「奇麗な音色ですね」
僕がそういうと、旅人さんは演奏を止めた。
「お前に美しさがわかるのか?」
「これまで聞いた音色の中で人間が美しいと感じる音の連なりを学習しているんです。あなたの演奏はおよそ七十八パーセントの割合で美しいと感じるフレーズがありました」
「なんだいずいぶん理屈っぽいね」
「ゴーレムですので」
僕はかつて学習した会話パターンに従い笑みを浮かべた。
といっても、旅人さんは相変わらず抜けるような青空で漂う雲の行き先しか見ていないけど。
「ゴーレムだから、か。たしかにお前は頬につなぎ目があるし、人間よりもずっと美しい青いガラスの瞳をもっている。なら心はどうなんだろう」
なんでこの人こっちをみてないのに目の色がわかるんだろう?
「心、ですか?」
「そうだ。心だ。お前の心は人間とどう違う?」
「えっと……さぁ?」
そもそも心に違いなんてあるのかな?
「お前はどうやら一人のようだ。ならお前は主を失ったばかりだと推測するが、どうかな?」
「はぁ、まぁ、たしかにその通りです」
「どう思った?」
「どう……といわれましても」
「悔しくないか? 憎らしくないか?」
「とくには……」
「なら自分についてはどうだ? 自分の存在意義について悩んだりはしないのか?」
「それは……少しだけ」
「そうか」
旅人は僕に背を向けたまま手すりの上にたちあがった。
「あ、あの、そんなところに立ったら危ないですよ?」
「バカヤロー。危ないか危なくないかはお前が決めるんじゃない、オレが決めるんだ。オレの自由を侵害する権利はだれにもない。そうだろう!」
旅人さんは羽根つき帽子を押し上げ見下ろしてきた。
「で、でも----」
帽子とスカーフの間から顔を覗かせた夕日のように真っ赤で情熱的な瞳に射ぬかれ、僕は言葉半ばに口をつぐむ。
有無を言わせない迫力に、いや、この赤い瞳から投げつけられる力強い生命力に気圧されたのかもしれない。
「お前はとても真面目で、とても健気で、そしてとてつもなく愚かなゴーレムだ」
「は、はぁ……」
「よってお前に命じよう。お前を、お前自身のオーナーに任命する!」
「……へ?」
びしり! と僕を指さす旅人さん。
瞬間、僕の中に漂っていた靄が晴れた。
「生まれ変わった気分だろ」
手すりの上で旅人さんが口元に巻いていたスカーフを引き下げる。
旅人さんは、頬につなぎ目がついた顔で悪戯っぽく笑っていた。
※ ※ ※
ギルドに戻るまでのあいだいろいろなことを考えた。正確には、思い出した、といったほうが正しいかもしれない。
主にこれまでの冒険について振り返り、感情が昂ぶりすぎて危うく熱暴走するところだったけど、いつしか気持ちも落ち着いて、僕は少しだけ自分のことがわかった。
ギルドに到着するなり、僕は受付カウンターにまっすぐ向かった。
「すいません! 僕、冒険者になりたいんですが!」
「え、ええ!? どうしたのよエレン君!?」
受付嬢のルビーさんは眦が裂けんばかりに目を見開いて僕を見下ろした。
僕の目的。それは冒険者になること。
自分の心に耳を傾けた結果、僕は冒険が好きだってわかったんだ。
粗末に扱われて悲しかったり辛かったりしたこともあったけど、それ以上に、僕はわくわくしたりドキドキしたかった。好奇心が、自分を構成する大きな要素だってわかったんだ。
「僕、自分で自分のオーナーになったんです! だから僕は、僕のやりたいことをやろうと思ったんです!」
「本当になにがあったのかしら……故障? それとも、ウィルス?」
ルビーさんは顎に手を当ててなにやら独り言を呟いてる。
急に不安になってきた。
なにせ冒険者に付き従うために作られたゴーレムが冒険者になりたいだなんて、きっとギルドの長い歴史のなかでも前代未聞の珍事だからだ。
「あの……なれませんか? 冒険者?」
「いやいやそんなことないわ! 冒険者はあらゆる人種、性別、年齢を問わずどんな人でもなれるんだもの! ううん、人じゃなくたっていいの! 精霊でも妖精でも、ドラゴンでも吸血鬼でも、会話ができるなら冒険者の資格がある……うん! いいのよ、誰がなったって! だから君も今日から冒険者よ! エレン君!」
そういってルビーさんはにっこりと微笑みかけてくれた。
「本当ですか!? やったー!」
「ふふ。それじゃすぐに冒険者手帳を発行するわね」
「はい! よろしくお願いします!」
こうして僕は、ギルド史上初のゴーレムの冒険者になった。
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