◆怪しいお店

 様子を伺いつつ、俺は怪しい建物へ近づいていった。


 知花はお店らしき扉を開けて中へ入っていく。

 外から中は覗けないか。


 こうなったら突入するしかないかな。


 そうだ。万が一にも、いかがわしいお店だったのなら……一応、兄として止めないといけない。



 覚悟を決め、俺は扉を開けた。



 すると――。




「……最近はよく働くね、知花」

「仕方ないでしょう。こっちは兄様との生活がかかってるんですから」

「兄様ねえ。お前、アパートじゃ、苗字で呼んでいるんだろう」

「なっ! なぜそれを……って」


 明らかにいつもとテンションの違う知花がこちらに振り向く。


 俺と目が合って……。



「と、知花……」

「に、兄様!? な、な、なんでっ!」


「いや……怪しいバイトをしているのかなと心配になって」

「は、はぁ!? わたし、そんな変なバイトしていませんよ。ていうか、尾行していたんですか!」


 頬を赤くする知花。

 睨まれて、俺はビビった。

 いつもの知花じゃないぞ。


 いつもあんな物静かなのに、今は凛々しくも明るかった。普通の女子高生って感じだ。


「仕方ないだろ。そ、その……風俗で働いているのかと思ったんだ。黙っている方も悪いだろ」


「ちょ、兄様……その勘違いは酷いです」

「悪かったって。それより、ここはどこなんだ? まるで売れない探偵事務所みたいな」


 なんて表現すると、椅子に腰かける女性が咳払いした。

 そういえば、知花と話していたな。



「失礼だな、キミ」

「あ……すみません」

「まあいい。それより、君は知花の義理の兄……佐藤さとう だいくんだね」


「俺を知っているんですか?」


「知っているとも。君はちょっとした有名人だからね」

「はい? 俺が? ありえないですよ。万年ぼっちの俺が有名人とか、冗談でしょう」


 煙管キセルに火をつけるオトナの女性。

 今どき、キセルって……渋いな。


「……まあいい。知らぬが仏さ」


 意味が分からない。

 この人は、さっきから何を言っているんだ。


「知花、こんな怪しい職場は辞めるんだ」

「……兄様、わたしは辞められないんです。生活の為にも」

「な、なぜだ。折半が苦しいなら、俺が全部出してもいい」

「兄様ばかりに負担を強いるなんて……出来ません。だから、働くんです」


「働くって、探偵でもしているのか?」


「いいえ、違います。東雲しののめさんから『クエスト』を受注するんです」


「――は? クエスト?」


 ……って、あのゲームとかのだよな。



「そうです。夜になると現れるゴブリンとかオークを討伐するんです」



 すげぇ真面目な顔して言われて、俺はキョトンとなった。

 知花はゲームにでもハマっているのか?

 今どきはそういうが流行っているのだろうか。


 だが、二人とも大真面目だった。



「佐藤くん、妹さんの言葉は信じてあげた方がいいよ」

「……いや、普通信じられないですって。なんの話なんです、これ」


 恐らく『東雲』とかいう女性は、微笑する。


「あはは……君、からかうの面白ね」

「ちょ、やっぱり俺をからかっていたんですね!?」


「ほんの少しね。でも、話は本当だ」

「だから、どういう意味ですか」


「AR型MMORPG『Soulソウル Forceフォース Onlineオンライン』は御存知かな」



 ……ソウル・フォース・オンライン?

 なんとなくタイトルは耳にした事があるな。



「それになんの関係が?」

「AR型MMORPGは、現実の世界・・・・・を舞台にしたゲームなんだよ。ほら、知花」


 東雲という女性が指示すると、知花が俺の前に立った。


「兄様、わたしの目をよく見て」

「……あ、あぁ」


 ぱっちりした瞳を向けられて、俺は照れる。

 知花……可愛くなったな。


 じゃなくて!


 そうか、よく見たらカラーコンタクトみたいなのが仕込まれていた。


「これ、『Soulソウル Forceフォース Onlineオンライン』へ接続できるAR対応のコンタクトレンズなんです」


「それが? すげぇな……そんな技術いつの間に生まれていたんだ」



 感心していると、東雲さんが補足してくれた。



「SFOは、今はβベータテスト期間中でね。全世界でたったの五千人しか使えない」

「たったの五千人!?」

「しかも、静内の高校がベータテストの指定校に選ばれてね」


 マジかよ。

 そんなことがあるのかよ。

 驚いていると、知花が東雲さんにツッコミを入れていた。



「指定校にしたのは、東雲さんの権限でしょう。丁度いいからって、二年生にだけARコンタクトレンズを配るとか、やりすぎです」

「すまんすまん。あれから、一年や三年からもテスト希望が殺到してね。でも、コンタクトの在庫には限りがある。あと一セットしかなくてね……というわけだ、佐藤くん」


 いきなり視線を向けられ、俺はドキッとした。ま、まさかな。


「……俺もやれって言うんじゃないでしょうね」

「ぜひ、SFOのテストプレーヤーになってくれ」


「そう言うと思っていました」


「けどね、メリットの方が大きいよ。βテスト中とはいえ、ゲーム内通過がリアルマネーとしても使える。仮想通貨なんだ」


「マジっすか!! ということは、やりようによっては稼げるんですね」


「ああ、知花はSFOをプレイして上手く稼いでいるよ。βテストの期間もあと二週間もない。だから、今のうちに遊んでおけば将来、有利に活動できる」



 それが本当なら、俺もSFOで遊びたい。

 知花と一緒に……。



 そうだ、これは知花と仲良くなるチャンスではないか。



 俺はずっと彼女を遠ざけてしまっていた。


 義理の妹なのに。


 なら俺は……。

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