異世界テーマレストラン
「うへぇ、まずい〜」
真紅は出された酒を口に含むなり言った。
「初めてだろ、ワイン。慣れれば結構イケるぞ」大原は慣れた手付きで酒をくゆらせている。
二人は都内のとあるレストランにいた。2階分はあろうかという高い天井には巨大なシャンデリアが吊り下げられ、その下に純白のクロスがひかれたテーブルがゆとりを持って不規則に並べられている。夕飯には少し早い時間だがレストランはすでに満員で、ピシっとしたシャツの上にベストを着たウエイター達が悠然とテーブルからテーブルへと渡り歩いていた。
「これブドウで作ったお酒なんでしょ?果物のお酒なんてありえない」
「あっちじゃ一般的なんだ、ほらこれも試してみなよ」大原は茶色い料理の乗った皿を差し出した。
「チャーハンっていうんだ。本場ではワインとチャーハンの組み合わせが至高とされてるんだ」
「え、やだ。なんか虫みたいで気持ち悪い」
なんてことを言うんだ、大原はこの女にだんだん腹が立ってきた。このコメという材料を異世界から取り寄せるのにどれだけのコストがかかると思ってる。僕の奢りでなきゃこんな店一生来れない癖に。
大原が黙ってしまったのを見て、真紅はすこし慌てる。
「でもこのお店の雰囲気は好きよ、特にこの白い布とか」真紅はテーブルクロスの端っこをつまんだ。「ウェイターさんの変な服も好き。装飾のセンスは中々いいと思うなぁ、その異世界。たしか『アーサー』だっけ?」
「『アース』、な」大原は相手が喋り終わらないうちから訂正した。「馬鹿なマスコミが間違えて広めた名前で呼んでるやつは素人さ」
面倒くさい男だな、と真紅は思った。
相手がどう思っているかは知らないが、真紅はこのボンボンになんの興味もなかった。ただこの店に連れていってくれるというから付いてきただけ。世にも珍しい異世界の文化を模したこのレストランは価格もさることながら、コネがなければ2年先まで席が取れない。行ったとなれば当分は自慢できるはずだ。
でも来てみれば食事も酒も口に合わないし、大原は口を開けば自分の話ばかり、真紅は後悔し始めていた。
「僕はアースには3回行ったことがあるんだ。真紅ちゃんは異世界に行ったことあるかい?」
「んー、大学のフィールドワークで1回だけ。剣と魔法の世界だったよ」
「食べ物は美味しかった?」
「ううん、見るだけ。お触り禁止なの」
「何が楽しいんだよそれ」大原は信じられない、という顔をした。
「お待たせしました、皇帝サラダでございます」ウェイターが次の料理を持ってきた。
「野菜を生で食べるの?マジで?」
「それで、どうして見るだけなんだ?」食事に関する苦情については無視することにしよう、と大原は思った。
「ん、これ意外と美味しいかも。え?なんて?」
「なんで異世界に触れないのか、だよ」
「あーね、うちの教授の持論で」真紅はワインを一口含み、やっぱまずいよこれ、という顔をする。
「異世界にあたし達みたいな高レベル文明が直接干渉すると、向こうにとって良くないことが起きるんだってさ」
「ありえないね」大原は鼻で笑った。「異世界介入には厳密なガイドラインがあるし、そもそもあっちに気づかれないように最新の寄生迷彩で偽装もしている」
「あたしに言われてもわかんないよ。それで教授は直接介入するかわりに、転生者を送り込む方法を研究してるの」
「テンセイシャ?なんだそれ」
「ある異世界で死んだ人を別の異世界に送り込むの、間接的かつ安全に異世界に介入できるって教授が言ってた」
初めて大原に対して優位に立ったので、真紅は少し嬉しかった。知らなかっただろ、ざまあみろ。
「ふーん」大原は残りのワインを一気に飲み干した。「実用性があるとは思えないね」
「まだ研究だからね。ねえ大原さん、今日はご馳走さま、とても美味しかったよ」真紅はカバンの中身を整理しながら、見え透いたお世辞を言った。
「あれ、真紅ちゃんもう帰るの?近くにオシャレな異世界テーマホテルがあるんだけど」
「遠慮しておく」
真紅はウエイターからコートを受け取ると、振り向くことなくレストランをあとにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます