旅館の一夜(2)

61 :薬 さん

海水浴に出かけたときは天気が良かったんですが、旅館へチェックインした頃から雨が降り始め、すぐにその雨脚も強くなりました。

明日帰れるのかどうか不安になりましたが、ひとまず毒ちゃんと大浴場へ。

雨がいつやむのかについて話をしていながらエレベーターを待っていました。

エレベーターの箱が俺たちのいる階について扉が開くと、中に女性が乗っているのがわかりました。

しかしその女性の姿が異様で面食らいました。

歳の頃は30代前後でしょうか。真っ白な角隠しを被り、文金高島田にした髪に、白無垢を着ていました。

特に唇がチアノーゼを起こしたかのように青紫色で、肌も異様に白く、白人の白さとは違った紙みたいな白でおどろきました。

俺と毒ちゃんは脇に寄って女性がエレベーターから廊下に出るのを邪魔しないようにしました。

毒ちゃんはおどろいている様子はありませんでしたが、女性のことを警戒していました。

女性は白い裾を引きずりながらこちらには目もくれず廊下を進みます。

俺はしばらく女性の後ろ姿を見つめていましたが、毒ちゃんが腕を引っ張ったのでエレベーターに乗り込みました。

そのエレベーターの床にはなぜか大きな水たまりが出来ていました。

毒ちゃんに先ほどの女性について尋ねたら、「あれは死霊ではないか」と言っていました。

あまりにも自然にそう言われたので、俺は「そうなのか」と思いました。

まあ廃都ですし、古びた旅館でしたので霊に遭遇することもあるか、と納得しておきました。

毒ちゃんは加えて、「向こうから来たんじゃないか」とも言っていました。

「向こう」というのは老朽化で閉鎖された旧館(元本館)のことらしいです。

なんだか、以前俺たちが足を踏み入れた異世界と同じ雰囲気がすると毒ちゃんが言っていました。

毒ちゃんの勘は結構当たるので、旅館の選択を間違えたかなと思ったりしました。

とはいっても、宿泊料がすごく安かったというわけではなく、相場よりちょっと安いくらいの旅館なんですが。


大浴場の前で毒ちゃんと別れた頃には雨脚はかなり強くなっていて、窓ガラスに雨粒が叩きつけられる音がハッキリ聞こえるほどでした。

露天には出られないなと思ったんですが、そちらには既に先客がいました。

ただ様子がおかしく、頭が首の座っていない赤ん坊みたいに左右に揺れていたんです。

これは先ほどの白無垢の女性と同じ類いかなと思いました。

ただ俺のことをご存じの方はわかっているとは思いますが、俺には霊感なんてものはないので正確なところはわかりません。

ただ、常人に見えなかったことは確かで、生きた人間だとしても近づかないほうがいい気がしたので、普通に体を洗って湯船につかりました。

そのあいだに他の客も大浴場に来ていて、大学生ぐらいのグループが露天へ繋がる扉を開けたんです。

あ、扉はガラス張りで、曇りガラスが嵌められていました。

なので俺はハッキリと露天にいる何者かを見たわけではないです。

ただ、大学生と思しき客が扉を開けたら先客の影が唐突に消えたのはわかりました。

煙やモヤのように消えるわけではなく、本当に一瞬、またたきしたあいだに消えました。

大学生たちは「あれ? ほかに客いなかったっけ?」と話し合っていましたが、見間違いだったと結論づけて露天風呂に入っていました。

俺はそのあとすぐに大浴場を出たので、その後どうなったかはわかりません。

ただ大学生が露天の扉を開いたあと、なにかが俺の近くに来たような気がしました。

気配とかではなく、風呂の熱い空気の動きでなんとなくそんな気がした……という感じですが。

恐らく気のせいだと思います。


毒ちゃんも大浴場の脱衣所で変なものを見たらしいです。

子泣き爺みたいなものがいたようです。

背が低く子供のように見えるが、顔が老人で、ひどく猫背で手足は枝のようだったと。

それが脱衣所をうろついているのを見たそうです。

俺が「子泣き爺みたいな印象だ」と言うと、毒ちゃんは「女湯の脱衣所なんだから子泣き婆ではないか」と言っていました。

「裸だったと思うけど、男性器はついているようには見えなかった」とも言っていました。

それと毒ちゃんが浴場に入ったあと、脱衣場から悲鳴がしたらしいです。

浴場に入ってきた大学生と思しき三人が、「あれはなんだったのか」「見間違いだったのか」と話をしていたとか。

十中八九、子泣きナントカみたいなやつを見ていますよね。

毒ちゃんは話しかけなかったので実際、彼女らがなにを見たのかは不明ですが。


大浴場から客室へ戻る間にも奇妙な人間と行き会いました。

旅館の浴衣を着ていたので宿泊客かなと思ったんですが、その女性は唇を尖らせているというか、突き出して、唇をブブブブッと震わせていました。

目をいっぱいに開いて、真顔のままブブブブブッと音を立てていました。

変な人だなと思いながらすれ違って、なんとなく振り返ったらどこにもいませんでした。

旅館の構造上、廊下ですれ違ってから一瞬で姿を消せるのはどこかの客室に入ったときくらいでしょうが、扉の開閉音はなかったです。

突き当りのエレベーターも俺たちのいる階には箱がありませんでした。

階段を使えば後ろ姿くらいは見えるでしょう。


土砂崩れで旅館へ続く唯一の道が土砂で埋まってしまった、ということが判明するまでにあった出来事はこんな感じです。

かなりの長文になってしまいました。

続きはまた書き溜めてきますのでしばらくお待ちください。



62 :anonymous さん

思った以上の文章量におどろいた。



63 :anonymous さん

まだ続きあんの?!



64 :anonymous さん

怪異らしきものが頻発しているけれど、明確に怪異と言い切れないレベルのものばかりなのが逆に嫌。



65 :hakohako さん

その旅館って元から怪奇現象が起こるというような噂はなかったのかな?

薬のことだから事前に調べて、そういう噂がないところを選んでいそうだけど……。



66 :anonymous さん

今北産業。



67 :hakohako さん

>>66

旅館に泊まったら

土砂崩れで半クローズドサークル旅館になり

怪異が頻発



68 :anonymous さん

なんかこう、ちくちく攻めてくるような微妙な怪異ばかりで真綿で首を絞められているようだ……。



69 :goldloser さん

長文書き込みお疲れ様です。

土砂崩れがトリガーなんですかね?

少なくともその旅館の女将さんはそう思っているっぽい?



70 :anonymous さん

薬の書き込みから旅館特定できそう。



71 :anonymous さん

>>70

出来ても言わんといてや。



72 :anonymous さん

薬って未成年なんだよね?

よく文金高島田なんて言葉知ってるなと感心した。

おれ薬より年上だけどわかんなくてググったぞ。



73 :anonymous さん

文脈で文金高島田がなにを指しているのかわかったけど、ああいうのにきっちり名前があるの初めて知ったわ。



74 :anonymous さん

女湯に出る子泣き爺とか変態じゃん。



75 :anonymous さん

>>74

まだ爺と決まったわけではない。



76 :anonymous さん

子泣き爺だか婆だかの下半身をしっかり観察する毒ちゃん冷静すぎる。



77 :anonymous さん

毒ちゃんって霊感持ちだっけ?



78 :hakohako さん

>>77

本人は「ない」と言い切ってるけど……。



79 :anonymous さん

毒ちゃんの場合、霊感持ちで幽霊見てもそれが幽霊だと理解してなさそう。

なんか天然っぽいところあるし。



80 :anonymous さん

これで旅館になにか非があったら宿泊料タダにしてもらおうぜw



81 :anonymous さん

毒ちゃんが旧館に言及しているのも気になるな。

オカルト脳で考えると旧館が閉鎖された理由って老朽化以外のところにありそう。



82 :anonymous さん

旧館に出る幽霊ごと旧館を封印したがその封印が解けて……というところまで妄想した。

土砂崩れとどう関係あるのかは知らん。



83 :anonymous さん

おれはてっきり土砂崩れでなにかの封印が解けて、山の中にある旅館までやってきたのかと。

薬が目撃した女将さんの反応的にそうなのかなって。



84 :anonymous さん

オレも>>83と同じ考えだった。

けど旧館にも原因がありそう?



85 :anonymous さん

旧館と土砂崩れ、両方の原因によって怪異が頻発している?



86 :anonymous さん

徳用怪異ダブルパック。



87 :anonymous さん

>>86

心底いらねえ……。



88 :anonymous さん

>>86

ノーセンキュー。



89 :薬 さん

もっと小出しにしたほうがいいですかね?

次もそこそこの長さです。


旅館の噂は浅くネットで調べましたが怪奇現象が起こる、といった類いのものは出て来ませんでした。

今回の旅はネタ探しとかではなく、純粋に休暇を楽しむためのものだったので一応予約前に旅館については調べたんですが……漏れていたんですかね。

起こってしまったものは仕方がないので明日のチェックアウトまで実況します。


それでは大浴場から部屋に戻ったところから現在までの状況を書きます。

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