理を言う

 そろそろですかねと山下がタブレットから視線を外さないまま呟いた。


「反応、どうなってます」

「小物は殆ど片付いてますね。私も探知を走らせてはいますが、そう大物は──」


 話の内容はよく分からないが、どうやら除霊大会は順調なようだ。そういえば宮田がずっと静かだと視線を向けてみて、俺はゆっくり明後日に逸らす。宮田は相変わらず地面に座り込んだまましっかりと膝を抱え、こちらを見ようともしない。気持ちは分からなくはないが、先んじて諸々のことを放棄されてしまったので俺としては逃げようがなくなってしまったのが辛い。一人きりで除霊屋だの除霊大会だのといった正気を疑われるような状況に対応しなければいけない──孤立無援の状況で、俺だけでも正気を保っていないといけないというのは中々の重圧だ。


「僕たちはね、進行というか監視役というか……あれだ、得点係みたいなものなんですよ」


 相変わらず敵意もそれ以外の感情も見えない笑顔を貼り付けたまま、善川が話しかけてきた。


「は」

「いや、一応ね、説明をできる範囲でしとかないといけないかなって思うんですよね。不安でしょう、君もお友達も。心霊スポットに遊びに来たってのも馬鹿ですけど、だからっていきなりこんな目に遭ったら、やっぱり」


 ところどころに棘はあるが、一応気遣ってはくれているらしい。それほど悪いひとではないのか、取り繕うだけの知恵があるのかと考えて、恐らくここで俺たちに錯乱されるのが面倒なのではないかと嫌なことを思いついて慌てて振り払った。人の善意を疑うのは、必要なことではあるが行儀の悪いことだろう。少なくとも俺は両親からそう習ってきた。


「ええと、監視してるんですか。善川さんたち、が」

「一応ね、悪い連中だと仕事したってだけ言って手つかずで逃げ帰ってきたりするんですよね」


 そういうことされるとみんな困るじゃないですかとやはりどこか軽薄さが滲む声で善川は続けた。


「僕たちに頼るって、要は困りごとがあるってわけですから。社会貢献ですよ」

「意外と真っ当なんですね」


 正直そういった連中除霊や退魔を口にするやつらに胡散臭い印象がないと言ったら嘘になる。霊能力者といえば、霊という見えもせず証明もできないものにそれらしいことを言ったりやったりして、大金を巻き上げるような詐欺師だと、俺はこれまでの人生においては思っていた。実体のない不安につけこんで、安心を高値で売りつける連中だ。物や証拠が残らない分、普通の詐欺師より悪質だろう。

 諸手を挙げて信用できるとは思っていない。ただ、今日のように目の前でいきなり女の首がすっ飛んだり白衣姿の人間が降ってきた途端に溶けて消えたりした上に、音だけとはいえ蛮行除霊の様子やそこから逃れていくバケモノどもを見てしまった場合はどうしようもないだろう。是非や虚実はともかくとして、異様なものとそれを除霊している──話によれば殴り飛ばしているのだが──現場に立ち会ってしまっているのだ。しかも自分一人ではない。蹲ったままの宮田も、今日この夜を共有してしまっているのだ。

 存外に自分の正気が揺らぎかけていることを実感しそうになったところに、遮るように善川の声がした。


「この廃病院の依頼をしてきた人もそうですけどね、困ってるんですよね、やっぱり。生身の人間なら警察とかに任せればいいですけど、幽霊とかはね、ちょっと。対応が難しいんでね、一般の方には」

「特別な仕事、みたいなことですか」

「そんな思い上がったやつじゃないですよ。対応できる人間が少ないってだけで……そうだな、レスリングとか体操選手みたいなもんですかね。あれ、テレビだとやってる人とか凄い選手とか見ますけど、まずどうやってなるか分かんないじゃないですか。その程度ですよハードル」


 やってみると誰でも意外となんとかなりますよと善川は笑った。


「できる人間がやれることをするのはね、いいことじゃないですか。適材適所、とか」

「そういうもんですか」

「そうです」


 力強い返答だった。


「できることをやって、成果を出して報酬をもらうっていうのは幸せなことじゃないですか。できないことを無理にやったってね、不幸になるだけですよ。そういうのは。そう思いません?」


 圧に負けつつも、肯定するのも否定するのも何だか恐ろしくて、俺は曖昧に頷くような動作だけしてみせた。

 善川はさして気にする様子もなく、朗々と言葉を続ける。


「あとはまあ、今回は面子もありますから。山下が中継してるんですよ。タブレットで」

「タブレットでそういうことできるんですか」

「できますよ。そういう術式とか技術とか、必要だから頑張ったんです」


 やっと出てきた真っ当に非日常的な要素に浮かれるなり安堵するなりしようとしたが、言い様の雑さと山下の真っ黒な目に気分はあっけなく沈んでいく。どうもロマンや神秘といったものが足りないとは思いながらもそんなことを口にするわけにもいかず、俺は夜空を見上げる。


 布で覆ったように昏い空に、穴のような月が光っている。星も死にぞこないの断末魔じみて微かに光るばかりだ。淀む熱気と夜の暗さは闇の密度を濃く重くしていく。


 ぐらりと地面が揺れたような気がして、俺は縋る場所もなく自身の肩を掴んだ。


 ついに脳が現実に耐えかね逃避しようと目眩でも起こしたのだろうか──そう思いながら周囲を見渡せば、善川たちも怪訝そうな顔をしていた。同じような揺れを感じたのだろう。どうやら錯覚ではないのだと考えてから、つまりろくでもないことになっているのではないかということに思い至る。


「中庭ですね」


 山下が呟く。

 善川は一瞬目を眇めて、


「あの馬鹿ども」


 吐き捨てるような言葉と同時に耳を劈く咆哮が闇に響いた。


「うるせ──何すか、何なんですか、これ」

「そうですね、大物です」


 端的に嫌なことを言って、善川は真っ暗な玄関口に向かって歩き出す。

 ドアの残骸を越えようとする直前にふと思い出したように俺の方を振り返って、


「来ますか?」

「え」

「無理強いはね、しませんけど。意思確認とか大事じゃないですか、何でも」

「行きたくないですけど……聞くってことは、行った方がいいやつですよね」


 善川が困ったような笑みを浮かべると同時に俺の背後で水風船を叩きつけるような音が三度鳴って、山下だろう派手な舌打ちが聞こえた。また何か幽霊や悍ましい姿をしたものが降ってきたのだろうと予想がついて、俺は絶対にそちらを見ないことを誓った。


「一応ね、僕や山下の目の届くところにいてくれるとありがたいですね。一般の方、存在が見えてる限りは保護しないといけないので」


 言外にはぐれたら見捨てるということを言われて、俺は小学校の頃のように手を上げる。


「行きます。置いていかないでください」


 だから宮田を運ぶのも手伝ってくださいと厚かましく付け加えれば、山下が一際大きく舌打ちをしたのが聞こえた。

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