第38話 元勇者と弟の末路

 俺とカルミーアは大きなお城に向かって進んでいる。


 不思議なことに、道中は魔物が一切襲ってこなかった。


 近づけないのではなく、近づかないようにしているという印象だ。


「様子が変ね。何が起きたのかしら?」


 異様な状況にカルミーアは困惑した表情をしている。


 キョロキョロ辺りを見ながら進んでいる。 


 しばらくは岩や石ころだらけの道なきところを歩いていたが、目指しているお城に近づいてきたら整えられた道が見えてきた。


「何も起きないことが不気味だね」


「そうね。なんで私たちを襲ってこないのかしら?」


 周りにはかなりの数の魔物がいる。


 しかも、陸地に立って俺たちを見ているだけで微動びどうだにしない。


 そして、お城の門に近づくと魔族と思われる者が立っていた。


「ようこそ、魔王城へお越しくださいました。魔王様より、丁重に扱うようにとのご命令を受けております」


 俺たちが門に辿り着くと、魔王の手下と思われる者に丁寧にあいさつをされてしまった。


 ——って、魔王って言った?


 特に殺意も感じなくて、敵対する行動を一切してこない。


 バリスたちのような人をめてやろうという雰囲気も感じられない。


 半信半疑だけれど、俺たちは素直に魔王の手下についていくことにした。


「クレマーチス、すごい建物だね」


「ああ、こんなの初めて見るよ」


 魔王城の禍々しい建物をカルミーアはキョロキョロと観察をしている。


 基本的に黒を基調とした建物になっている。


 しかし、想像していた以上にきっちりとした作りで清潔さも保たれている。  


 魔族って意外と綺麗好きなのだろうか。


 しばらく魔王城の廊下を歩いていると、大きな両開きの扉にたどり着く。


 この部屋が魔王の間なのだろうか。


「こちらでございます。中で魔王様がお待ちかねでございます」


 魔王の手下が扉を開くと、奥には魔王が玉座に座っていた。


 魔王からは禍々まがまがしい雰囲気の魔力を感じる。


 俺はごくりと唾を飲み込み、緊張しながら一歩一歩進んでいく。


 カルミーアは俺の腕をガッチリと組んで警戒をしている。


 しかし、そんな俺たちの気持ちを吹き飛ばすように意外な表情で魔王は口を開いた。


「ようこそ、魔王城にお越しくださいました。歓迎いたします」


 ——え? 魔王が敬語?


 魔王は両手を広げて笑顔で歓迎をする。


 殺意も何も感じられず、本当に歓迎しているようだ。


「私は、バルディスケイアトールと申します。以後お見知り置きを」


 魔王は自己紹介をして頭を下げた。


 俺たちは予想外の展開に何が起きているのか理解が追いつかなかった。


 理解が追いつかないまま、俺たちは魔王に自己紹介をする。


「俺は、クレマーチスと言います。こちらは、妻のカルミーアです」


 俺たちも名前を名乗って、頭を下げる。


 妙な感じだ。


「これはこれは、ご丁寧に。ご夫妻で遠路はるばるお越しいただけて嬉しく思います」


 なんだこの展開は。誰か説明をしてほしいよ。


 すると、知っている顔が見えた。


 それは、ケイオスディスカトールだった。


「おお、こぞ……クレマーチス様、お、お久しぶりです。またお、お会いできて嬉しいででです」


 ケイオスディスカトールは無理して敬語を使おうとしているのが見え見えだ。


 言葉がおぼつかない。


 何か調子が狂ってしまいそうだ。


 そんなケイオスディスカトールを魔王が睨むと、申し訳なさそうに身を引いた。


「こうやってお会いできたのも何かの縁です。宴席を設けますので、ご一緒にお食事はいかがでしょうか?」


 魔王から食事のお誘いが来てしまった。


 ——何でそうなるの?


「ねえ、クレマーチス。さっき確保したドラゴンのお肉をプレゼントするのはどうかしら?」


 カルミーアが魔王に食材をプレゼントしたいというのは立前で、本音はあたらしい食材で調理をしたいということだろう。


 魔王城の厨房を借りてカルミーアが調理するってこと? 


 俺は小さく息を吐いた。


「えーと、魔王様。俺たちからのお土産があるのですが、こちらに出してもよろしいでしょうか?」


「魔王様なんて、かしこまった呼び方はよしてくださいよ。バルと呼んでください」


 ——友達呼びかよ!?


 俺は思わず口に出そうなのを我慢して、魔界に来た時に確保したドラゴンを『アイテムボックス』から取り出した。


 氷漬けにされたドラゴンを見た魔王たちは驚愕した表情に変わった。


 ——何か俺、変なことしちゃったのかな?


「こ、これは黒龍王ではないですか。いつ倒されたのですか?」


 なぜか、魔王の額に汗のようなものが出ている。


 黒龍王という名前からして凄そうなドラゴンなんだな。


「ええ、魔界に来たばかりの時に襲ってきたので倒しました」


 俺の口調からあっさり倒したのだなと魔王たちは想像ができたのか、口を大きく開けて数秒間固まってしまった。


 ——あれ、そんなにすごい魔物だったのかな?


「クレマーチス様、黒龍王は魔王様と魔界の覇権を争っていた間柄でございました」


 そっと魔王の使用人が俺に教えてくれた。


 ということは、魔王クラスの魔物を倒していたということなのか。


 それを聞いた俺とカルミーアは顔を合わせて絶句してしまった。


「あはは、これは素晴らしい。このようなお土産をいただけるなんて……」


 魔王、いやバルは、顔からたくさんの汗が滝のように出ている。


 何でこんなに俺たちを丁寧に歓待してくれたのか、何となく理由がわかった気がした。


「それでは、ま……バル、厨房を借りていいかな? 妻が調理したくて仕方がないんだよ」


「ええ、どうぞご自由にお使いください。必要とあらば、使用人を使ってくれても構いませんよ」


「ありがとう、バル」


 俺たちは使用人に魔王城の厨房に案内され、食事の準備にかかる。

 

 まずは氷漬けの黒龍王を出力調整した『ファイヤーボール』で解凍をしていく。

 『エアカッター』で食べやすいサイズに刻む。


 素材は収納して、食材になるものはカルミーアに渡す。


 もちろんレバーもだ。


「カルミーア、調理はお願いね!」


「うん、任せて!」


 カルミーアは手際よく調理をしていく。


 魔王の使用人たちがそれに合わせてお皿などの用意をしていく。


「お手伝いいたします。よろしくお願いいたします」


 使用人の中に聞き覚えがある声が聞こえた。


 よく見るとハルトグートだった。


 ルアデコーザやバリスもいた。


 ——何でこんなところにいるんだ? 


 ハルトグートはやつれて痩せ細っていた。


 贅沢の塊のハルトグートしか知らないのでびっくりした。


 ハルトグートたちは俺たちと直接会話をすることは許されていないようだ。


 使用人というより、奴隷の扱いに近い。


「クレマーチス、できたわよ!」


 カルミーアは手際がいい。


 あっという間に料理を用意してしまった。

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