第6章 ラストスパート

第28話 幼馴染とのデートと指輪

 俺たちは勇者ルアデコーザたちの騒動の後、宿屋に戻ってゆっくりすることにした。


 そして、カルミーアは俺を一人にさせたくないということで、ずっと一緒にいる。


 俺が「初級魔法しか使えない」魔法使いということは冒険者たちには知れ渡っていて、亡き者にしやすいと思われているのだろう。


 とはいっても、寝るときも一緒とは思わなかった。


「なぁ、寝るときぐらいは自分の部屋で」


「だーめ、一緒じゃなきゃ安心できないわ」


 俺は観念して、カルミーアと一緒のベッドに入る。


 俺は緊張して眠れなかったが、安心したのかカルミーアは先に寝てしまった。


 俺は横を向いてカルミーアを眺めている。


 シャンプーのいい香りがするワインレッドの綺麗な髪の毛を俺は優しく撫でる。


 ——すごい触り心地がいい髪だな。


 カルミーアは起きることもなく気持ちよさそうに眠っている。


「いつもありがとう」


 俺が呟くと撫でるのをやめて、目を閉じると知らない間に眠りについていた。



 翌朝、目覚めると、目の前にカルミーアの顔があった。


 ずっと寝顔を見られていたのだろうか。


「おはよう」とあいさつすると、「おはよう」と優しい声で返してくれた。


 なんだろう、なかなか目が離せない、いや離したくない感覚は……。


 そんな中、タフネスは空気を読まずに俺の部屋にノックもせずに入ってきた。


「わりい、わりい。二人の邪魔をしちゃったな」


 もちろん、タフネスは茶化してくる。


「まったくだわ」


 カルミーアは否定はしない。俺もしたくなかった。


 分かったことは、茶かしを否定しない方がタフネスにとっては精神的ダメージが大きいようだ。


 そんなタフネスの表情を見て俺とカルミーアは笑い合う。


 そこへ、リリーアも入ってきた。流石にリリーアは空気を読める。


 リリーアはタフネスを叱りつけて、俺たちが視界に入らないところまでタフネスを誘導してくれた。


 さて起きようかということで、俺とカルミーアはベッドを離れ着替えをしてキッチンへ向かう。


 いつものようにカルミーアはみんなの朝食を作ってくれる。


 俺は両肘をついて手のひらを頬に当てながらカルミーアが料理を作っている様子をずっと眺めていた。


 カルミーアは俺と目が合うと、ニコッと笑い返してくれた。


「なんだ、夫婦みたいだな」


 タフネスは俺とカルミーアのやりとりに対して茶化してくる。


「それもいいね」


 それに対して俺は思わず呟いてしまった。


 すると、ガチャンと何か物が落ちた音がした。


 カルミーアが調理道具を落としてしまったようだ。


「珍しいね。カルミーアが調理道具を落とすって」


「な、なんでもないわよ。気にいないで」


 会話が噛み合っていない、なんだろう?


 そんな俺の反応を見てリリーアは「うふふ」と笑った。


 きょとんとした俺の顔を見たタフネスは大きくため息を吐いた。


 俺の頭の上には「???」が浮かんでしまいそうだ。


「はい、お待たせ」


 カルミーアが作った料理がテーブルに次々と並べられていく。


 出来立ての良い香りが俺の食欲をそそる。


「美味しい、毎日食べたいな」


 俺がカルミーアの料理を口にして呟いくと、カルミーアは顔を赤めた。


 リリーアはなぜか吹いている。


 タフネスも呆れた顔になっている。


 みんなが食事を終えると、タフネスとリリーアは「お邪魔虫は退散します」と言って自分の部屋に戻っていった。


「クレマーチス、本当に私の料理を毎日食べたい?」


 カルミーアはもじもじしながら質問してきた。


 ——いつものカルミーアらしくないな。


「うん、できるなら、ずっと作って欲しいな」


「そう? ありがとう」


 カルミーアは言葉を発すると同時に俺の唇にキスをしてきた。


 俺は何が起きたのか一瞬理解できなかった。


 しかし、自分の言葉を思い出してハッと気がついた。


「カルミーア、ありがとう」


「うん」


 しばらくして落ち着くと、俺とカルミーアは高級街でデートをしようということになった。


 高級街用の衣装にお互い着替えて、宿屋のロビーで待ち合わせをする。


 俺が先についてカルミーアを待っていると、タフネスが降りてきた。


「なんだ、その格好は? デートでもいくのか?」


「そうだよ。カルミーアとね」


「お、おう。頑張れよ!」


 タフネスはバツの悪そうな表情をして外へ出ていってしまった。


 少し待っていると、カルミーアがドレスを着て降りてきた。


 冒険の時はいつも後ろで髪を縛っているが、今回はストレートヘアだ。


 赤と黒を基調としたドレスはカルミーアの美しいワインレッドの髪の毛を引き立てている。


「お待たせ。待った?」


「ううん、大丈夫だよ。本当に綺麗だよ」


 俺の語彙力のなさはなんとも言えない。


 もっといい言葉が浮かんでこなかった。


「ありがとう」


 俺はカルミーアをエスコートして外へ出る。


 一緒に歩いていると、カルミーアに周囲の人の目線が集中しているのが分かった。


「もう、離れすぎよ!」


 カルミーアはそう言うと、俺の腕をがっしりと掴み体を寄せてきた。


 嬉しいやら恥ずかしいのやら。


 しばらくいろいろな店を見てまわっていると、ドレスのお店が目に止まった。

 

 そこには純白のドレスが飾られていて、カルミーアはそのドレスをうっとりとした表情で見つめていた。


「カルミーア、着たい?」


「うん、着させてくれるの?」


「うん」


「嬉しい」


 俺はカルミーアの表情を見て胸がとても熱くなった。


 ちなみに、今すぐ試着をすると言う意味ではない。


 そんなことをしたら「最低」と言われてピンタを喰らうに違いない。


 そして、次に向かうお店はアクセサリーのお店だ。


 お店の前に来ると、カルミーアがぎゅぅっと少し力んだのが分かった。


 緊張しているのだろうな。俺も緊張している。


「いらっしゃいませ。どのような品物をお求めでしょうか?」


「は、はい。指輪を」


「うふふ」


 俺のあまりの緊張ぶりにカルミーアは吹いてしまった。


 カルミーアの力みがなくなったのを感じた。


 お店の人に案内され、ショーケースに飾られている指輪を見させてもらった。

 

 指輪は宝石の指輪か魔石の指輪が存在する。


 魔石には補助魔法を付与することができる。


 魔法使いの俺が購入するのは魔石の指輪だ。


「カルミーア、どれがいい?」


「クレマーチスが選んで」


「うん、わかった」


 うーんと唸りながら探していると、カルミーアの髪の色と同じワインレッドの色をした魔石の指輪を見つけた。


「店員さん、このワインレッドの魔石の指輪をお願いします」


「はい、かしこまりました」


 店員さんはショーケースからワインレッドの魔石の指輪を取り出す。


「申し訳ございません、お連れ様のリングサイズを測らせていただきますね」


 店員さんはカルミーアのリングサイズを測り、調整をするためにお店の工房へ向かった。


 しばらくすると、調整が終わり指輪を綺麗なリングケースに入れて持ってきた。


「大変お待たせいたしました。こちらは金貨100枚となります」


 俺は「いいよね?」とカルミーアに呟いたら「うん」と返ってきたので、俺は金貨100枚を取り出して店員さんに渡した。


 俺は指輪が入ったケースを受け取ると、どこで渡そうか悩んだ。


 すると、以前立ち寄った高級レストランの店主から声をかけられた。


 店主のご好意で特別に料理を用意してくれることになった。


 俺とカルミーアは店主に案内されテーブル席についた。


 食前酒を用意してくれて、ここが良いタイミングかなと思って指輪のケースを開いて差し出す。


「カルミーア、この指輪をつけてくれるかな?」


「ええ、嬉しいわ。ありがとう、クレマーチス」


 カルミーアが今までに見たこともない幸せそうな笑顔を目にして、俺も幸せを実感することができた。


 俺はケースから指輪を取り出し、カルミーアの左手の薬指にそっと指輪をはめた。


 カルミーアからキラリと一雫の涙が溢れたのがわかった。


「カルミーア、今までいろいろとありがとう。これからもよろしくお願いします」


「ええ、こちらこそありがとう。私の夢が叶ったわ」


 店主たちもいろいろと察してくれて待っていてくれたようだ。


 そして、店中の人たちから祝福の拍手が贈られた。


 みんなの祝福に酔いしれ、これから俺とカルミーアとの幸せな日々が始まるのかなと思った瞬間、思わぬ知らせが届いてしまった。

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