第4章 元勇者と弟の愚行

第16話 元勇者と弟、スライムにヤラれる!?

「お客様、これでお別れですね。寂しくなりますわ」


 俺たちが宿屋を出ようと思ったら女将さんに惜しまれてしまった。


「お世話になりました。またこの街に来た時は泊まらせていただきますね」


「ええ、またお待ちしております。ありがとうございました」


 俺たちは女将さんに笑顔で見送られながら冒険者ギルドに向かった。


 一応、ギルドにこの街を離れることを報告してから移動する予定だ。


「これは皆さん、どうなさいましたか?」


 冒険者ギルドに寄ると、たまたま1階にギルドマスターがいた。


「いいえ、これからこの街を離れますので、あいさつをしようと寄っただけです」


「そうですか。わざわざありがとうございます」


 俺たちはギルドの職員たちにあいさつをしてまわった。


「クレマーチスさん、お気をつけて。また来てくださいね!」


 俺は受付のお姉さんに満面の笑顔であいさつされた。


 ——ちょっと嬉しいな。


「クレマーチス、なーに鼻の下を伸ばしてるのよ」


「え、別に伸びてはいないと思うけど」


「うふふ」


 リリーアは俺とカルミーナの会話を聞いて思わず吹いてしまったようだ。


「なによ、リリーア」


「いえ、ごめんなさい。お二人は本当に仲がよろしいんですね」


「え、どこをどう見てそう思ったのよ?」


 俺とカルミーアの仲は他の人からはどう見えているのだろうか?

 

 女性と付き合った経験がない俺にはピンとこなかった。


 俺たちは、ギルドの職員に見送られながら冒険者ギルドをあとにした。


「おーい、早くしないと馬車が出ちまうぞ!」


 タフネスが馬車乗り場に先に行って待っていた。


 街の出口まで歩いていくと、別の街へ向かう馬車の乗務員が乗客が集まるのを待っていた。


「乗りたいんですけど、運賃はいくらですか?」


「はい、次の街まで銀貨5枚でございます」


 カルミーアは乗務員に全員分の運賃銀貨20枚を渡して、馬車に乗車する。


 馬車に冒険者が乗ってくるのは珍しいのだろうか、他の一般の人たちに少し驚かれた。


 馬車が満員になると、次の街へ向けて出発となった。


 しばらくは順調に馬車は進んでいた。しかし、急に馬車は動きを止めた。


「おい、金目のものと女を下ろしな!」


 馬車が盗賊たちに囲まれている。


 ——しかし、どこかで聞いたことがある声だな。


 俺とタフネスは盗賊に対処しようと馬車から降りる。


「な、なんだお前たちは?」


「男には用はないんだよ。殺されたくなければ……なんでお前たちが!?」


 驚くのはこっちの方だ。

 ここまで落ちぶれていたとは。


 盗賊まで落ちたハルトグートを見て俺たちは大きなため息を吐いてしまった。


 まぁ、家に帰ってもあのお父様なら敷地内に入れてもらえないだろうな……。


 カルミーアが「もうなにをしてるのよ」と呟きながら馬車から出てきた。


「あら、ハルトグートじゃない。落ちたものね」


 カルミーアも深くため息を吐いた。


「う、うるさい。……そうだ、カルミーアが俺の婚約者になれば命だけは取らないでいてやろう」


 カルミーアはハルトグートを睨む。


「そんな要求をのむわけないじゃない。しかも、お父様もおじ様も許すわけないわ。この期に及んで何を言ってるの?」


 非情で世間体をかなり気にするお父様は許すはずはないだろう。


 俺たちがハルトグートと会話をしていると、盗賊のリーダーらしき者が姿を現した。


「おい、ハルトグートなにをやってるんだ。早く始末をしろよ……かぁ……」


 もう一人、残念な奴が出てきてみんなはため息を吐く。


 バリスをリーダーに盗賊団を結成していたようだ。


「カルミーア、俺が相手をしてもいいかな?」


「ええ、いいわよ」


 俺は前に出て一人で盗賊たちと向き合う。


「クズ魔法使い、ずいぶん偉くなったものだな。お前一人で俺たちを相手にするつもりか?」


「別に偉くなったつもりはないよ」


 ハルトグートは相変わらず俺を見下している。


 別にもう俺はなにを言われても何も感じないんだけどね。


 俺はどうやって盗賊たちと相手をしようか考える。


 ——そうだ、召喚魔法を試してみよう。


「おい、クズ魔法使い聞いてるのか?」


 俺は無視して召喚魔法を試す。


『召喚!』


 魔法陣が浮かび上がり、召喚されたのは地上最弱と言われるスライムだった……。


「わぁはっはっは」


「こりゃ傑作だ。お前は大道芸人か?」


「スライムなんて、子供でも倒せるぞ。うぷぷ」


 初級の召喚魔法は最弱クラスの魔物しか召喚できなくてランダムだ。


 ——ここでスライムか。


(ご主人様、こいつらヤっていい?)


 どこからか声がするかと思ったら、スライムからだった。

 不思議な感覚だ。


「ああ、全力でやれ」


 俺がスライムに命じると、スライムの目がピキーンと光ったと感じたのは気のせいだろうか。


「なにお前一人で何言っているんだ?」


「頭がおかしくなったか。あははは」


 他の者にはスライムの声が聞こえないようだ。

 

 盗賊たちは俺の召喚したスライムを見て馬鹿笑いをしている。


(ご主人様を馬鹿にした。許さない!)


 スライムは盗賊たちに向けて火炎のブレスを放った!


 ——スライムが火炎のブレスを吐くなんておかしいだろ!?


「うぎゃぁぁ」


「あぢぃぃぃ、死ぬぅぅぅ……」


 盗賊たちは丸焦げになり、その場で倒れた。


 幸い、まだ息はあるようだ。


(僕やった。褒めて!)


「すごい、よくやったよ。戻って休んでいいよ」


 ——でも、しゃべるスライムは可愛いな。


(うん。じゃぁね、またね)


 スライムは魔法陣と共に消えていった……。


 召喚する魔物の強さは召喚者の魔力の影響を受けるのだろうか……謎だ。


 俺は盗賊たちを『ヒール』で回復させて、縄で縛り上げた。


「クズ魔法使い、覚えておけよ!」


「俺様をこんな目に合わせるなんて!」


 回復してあげたらこれだ。


 元勇者と弟は全く反省をしていない。


 馬車の強盗未遂で捕まったらどうなるのか分かっていないようだ。


 前科があれば極刑は免れないだろう。 


 前科もちなんだけどね。


 良くても犯罪奴隷落ちで一生過酷な労働を強いられる。


 もう会うことはないだろう。


 しばらくするとマジックールの兵士たちが来てくれて盗賊たちを引き取ってくれた。


 面倒ごとを片付けたので馬車に戻ろうとしたら、馬車の乗務員に俺たちは声をかけられた。


「冒険者の方々、我々を救っていただきありがとうございました」


 乗務員からお礼のお金を差し出された。


「いえいえ、お礼のお金をいただくほどではありませんよ」


 俺たちはお金を受け取ることを遠慮した。


 無償で助けてくれる冒険者など、そうそういないだろうから乗務員は大変びっくりした顔をした。


 別にいい人ぶりたい訳ではない。

 お金があり余すぎて困っている。


 俺は、冒険者ギルドでの素材の換金でも端数はいらないと受付のお姉さんにこっそりあげていたくらいだ。


 あ、カルミーアには内緒だよ。



 その後は何事もなくブルットという街に到着した。


 街の見た目は貧相という感じではなかった。

 人口も少なくはない。


 しかし、妙な雰囲気を感じる。


 ——何だろうか?


 とりあえず俺たちはブルットの街の冒険者ギルドに立ち寄ることにした。


 冒険者ギルドに入ると妙な雰囲気が一段と濃く感じた。


 冒険者の中に魔法使いが一人もいなかったのだ。


 マジックールの冒険者ギルドとは正反対のギルドだ。


 俺とリリーアが非常に鋭い視線で睨まれているのがわかった。


 俺たちはブルットの冒険者たちの嫌な目線を無視して受付に行く。


「いらっしゃいませ。ブルットの冒険者ギルドは初めてでございますよね」


「ええ、マジックールの街からやってきました」


「それなら驚きでしょう。こちらはマジックールと正反対で物理系の職業の方々がメインのギルドですので」


 受付のお姉さんが俺に説明してくれて何となく理解できた。


 盾持ちのタンクとうまく連携しながら物理火力で敵を圧倒する戦い方のようだ。


 回復は基本的に各自回復アイテムを使用するのが暗黙のルールらしい。


 魔法使いや僧侶のような身体能力が貧弱な存在はここではふさわしくないということらしい。


 ここでも何か面倒なことが起きそうと思うと、俺はため息を吐いた。

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