負けず嫌いと、美味い話 4
イーサンと夕食を共にして帰ってくる頃には、周囲はすっかり真っ暗だった。
当然、ヤケ茶をしていたクリスとルナサの姿もない。
以前の騒動のおり、ミーティ同様に二人にも工房の合鍵を渡しておいたから、それを使ったのだろう。
二人には自宅の鍵の予備も、工房の作業台の引き出しにあることを教えてあるのだ。
いつまで経っても帰ってこないバッカスとミーティを待つのを諦めて、戸締まりをして帰っていった――というところか。
家の鍵を開けて中に入れば、リビングのテーブルに、だいたい推測通りの事情が書かれたメモが置いてある。
「律儀というか何というか……あいつらってば真面目だねぇ」
もっとも、だからこそ合鍵を渡したり、予備の鍵の在処を教えたりしたワケだが。
バッカスは読み終わったメモを丸めるとゴミ箱に向かって放り投げ、冷蔵庫を開ける。
「明日は『
清酒。つまりは日本酒に近い酒だ。
だとしたら、和食系がいい。
「よし」
そうしてバッカスは明日への期待を膨らませながら、冷蔵庫から材料を見繕うのだった。
翌日。
ポケットに手を突っ込みながら、バッカスが広場へとやってくると、イーサンはすでに興業をはじめていた。
賞金に、賞品の高級酒まであるので、それなりに挑戦者はいるらしい。
騎士や何でも屋、傭兵などは、勝利報酬そのものよりも、負けっぱなしというのが納得いかない者も多そうだったが。
そして、案の定――というかなんというか――、クリスとルナサの二人が膝を抱えて、広場の片隅で震えていた。
呆れた顔をしているミーティを見れば、だいたいのことは予想が付く。
「……またダメだったのか」
「見事に昨日の再現がされただけでしたねぇ」
ミーティに声を掛けると、彼女も嘆息混じりに答える。
「バッカス。あのお爺さん反則じゃない?」
「どうやったらあの防御を全部抜けるか分からないんだけど」
膝を抱えていじけオーラ全開にしながらこちらを見上げてくる二人に、バッカスは無言で肩を竦めた。
「ミーティ、二人のやられっぷり見てたんだろ?」
「はい。だいたいバッカスさんの想像通りじゃないかな、と」
「頼んでいたのは?」
「もちろん」
そう言って、ミーティは、自身が改造した
それを手にとってバッカスはじっくりと観察してから、一つうなずきミーティへと返す。
「悪くないな。これなら想定通りの動きをしてくれそうだ」
「やった!」
「一応、自分でも作ってきたんだが、ここまで出来てるなら問題ないだろ。予備で一応、俺が作ったのも渡しておくが」
「わかりました」
バッカスが改造した
敷物の上であぐらを掻いて瞑想をしているイーサンがいる。
周囲に人はまばらに集まってはいるものの、全員が尻込みしてしまって動きが鈍い。
そのことから、挑戦者がいなくなり暇になってきたので瞑想を始めたのだろうと、バッカスは当たりを付ける。
(石台に
荷物を置いておけば大丈夫な気もするが……その辺りは、そいつの考え方次第だよな)
幟には、相変わらず場違いなほどポップで可愛いフォントで『イーサンの青空武芸場』と書いてあるが、そこはどうでもいい。
可能なら、一人くらい挑戦しているところを見たかったが、どうやら今は待っていても出てきそうにないので、諦める。
「うし」
観察と推測の時間は終わりだ。
バッカスは両手をポケットに突っ込んだまま、やや猫背気味にイーサンの元へと向かっていく。
「来たぜ、爺さん」
「待っていたぞ」
声を掛けると、瞑想をしていたイーサンがゆっくりと目を開ける。
「おたくにハッキリとした有効打をキメる。そしたら『
「うむ。しっかりとダメージだと認識できる痛みを与えてきたのであれば、『
バッカスはポケットから手を抜くと、右足を半歩下げる以外は自然体の構えを取った。
「やはり素人ではないか。
何度も挑戦してくるお嬢さんたちといい、挑戦してきた何でも屋たちといい……質の良い者たちが揃っている町よな」
イーサンも立ち上がり、バッカスと似たような自然体の構えを取る。
「来るが良い坊主ッ!」
「んじゃ、遠慮なくッ!」
瞬間、バッカスは素早く踏み込んで、右の拳をイーサンの鳩尾めげて振り上げる。
ぶつかる直線に、硬い膜のようなモノを叩く感触に遮られた。これが鋼体結界の感触なのだろう。
だが、何らかの形で妨害されるというのは分かっていた。
この感触で驚いたりすることはない。
「分かって打ち込んで来ておるだろ?」
「まぁ初手くらいはな」
言いながら、イーサンはバッカスの手を掴むべく右手を伸ばす。
だが、バッカスもその流れは分かっていたので、素早く身を引かせた。
同時に、手を伸ばす途中のイーサンの眼前で、バッカスは自分の両手をたたき合わせた。
パンという乾いた音が響く。
「――ッ!?」
突然、目の前で柏手を打たれたイーサンは目を丸く見開いた。
想定外の快音に、意識がそちらに引っ張られる。
次の瞬間――
「……ッ!?」
――バッカスの蹴りがイーサンのボディを射貫いて、吹き飛ばす。
だが場外へと飛ぶほどではなく、イーサンは素早く体勢を立て直した。
「やっぱ、その防御を抜かなきゃダメか」
「それはそうなのだが――なんなのだ、今のは?」
「ん? 手を叩いたコトか?」
「うむ――次の瞬間には二枚の防壁が消え失せて蹴られていた……三枚目の防御が無ければ間違いなくキマっていた一撃だ。だが、何をされたのか分からぬ」
バッカスは後ろ頭を掻きながら、少し言葉を選びつつ答える。
「色々呼び名はあるが、猫だまし――というのが一番通りがいいか。そういう技だよ」
「魔力は感じなかったゆえ、
「魔力を込めて
うなずき、バッカスは続けた。
「音と手を合わせた時の衝撃で、相手の気を逸らす技だよ。
相手の意識と、手を鳴らす時の状況をかみ合わせると、おたくほどの腕前の相手でも、驚いたり集中力が散らされたりして、意識が一瞬だけ空白になるコトがある。
まぁ、不意打ちでならともかく、手の内がバレた状態だと、意識の空白を作るのは難しいけどな?」
「理屈は分かるが……防壁がなくなった説明にはなったおらぬぞ?」
「いや。それで説明は全てさ。あとはおたくの使ってる鋼体結界の原理原則の話だ。
その結界は、使用者の精神状況に左右されやすい。意識が空白化すれば、結界も空白化する。意識が回復しても、結界の回復それよりもやや遅れるので、そこを狙えばいい」
「かっかっか。なるほどなるほど。体術を使いこなす職人ならではの発想よな。道具の欠点を突いた良い手だった」
だが――と、イーサンは目を光らせる。
「手の内を明かして良かったのか?」
「鋼体結界だけならものの数じゃないしな。いくらでも突破手段はあるから、猫だましくらいはネタバレしても問題ない」
「つまり、まだ第三の防御の正体は掴めてないと?」
「いいや。実際にやりあってみてだいたい分かった。ついでに聞いておくが……第四と第五もあるだろ」
「ほう? それは何だと思っている?」
「肉体そのものと、魔力による身体強化」
「正解だな。第三を突破せねば、それらを使う気もないが」
「もう使っとけよ」
「ぬ?」
バッカスは掌を上に向けながら人差し指でイーサンを示す。
「第一から第三まで次は一発で突破するぜ?」
「吠えたな小僧?」
「イカサマたぬきジジイもここまでさ」
告げて、バッカスは左手を軽く前に出し、右手を軽く握りながら腰元に置いた。
右足を半歩下げて、膝を曲げて腰を落とす。
それは、何らかの武術の構えだ。
「ハッタリ……ではなさそうだな」
「武芸に関しちゃおたくの方が上かも知れないが、実戦なら俺の方が上かもしれないぜ」
「そのようだな。その歳でどれだけ修羅場を潜っているのやら」
言いながら、イーサンも両手を軽く挙げて、猫の手のように構えた。
しばらく二人は無言で見つめ合う。
ギャラリーも増えており、二人の戦いを固唾を呑んで見守りだしていた。
クリスとルナサも前のめりで観戦している。
そして、ミーティだけはこっそりとギャラリーの集団から離れていた。
彼女が離れて、予定通りのところまで移動していくのを、バッカスは目を動かさないまま確認する。
準備は出来た。
ミーティのことは誰にもバレてなさそうだ。
所定の場所で、楔剥がし・改を手にしているミーティを確認したところで、バッカスは不敵に笑う。
「ケリつけようぜ、爺さん」
「望むところよ。来いッ!」
バッカスは左手を前に伸ばしながら踏み込みこむ。それと同時に右の拳へとチカラを込める。
その様子を目聡く認識したイーサンは、対応するべく意識を拳へ向け、体にチカラを込める。
次の瞬間――
「ぬ?」
バッカスの突き出していた左手が、イーサンの鋼体結界の一枚目を叩く。
(右の拳は囮? 完全に意識の外から左の掌底が伸びてきおった……ッ!?)
結界が防いでくれたものの、完全に意識の外からの一撃だ。しかも軽く押し出されたような技ながらも、しっかりと重みがある。
(結界がなければ、これだけでキマっていても不思議ではないな。確かに、第四と第五を使う覚悟で挑まねば)
ぶつかり合った刹那の間に、イーサンがそう認識を改める。
そしてバッカスは――
「腹ぁ括れよ、爺さん」
――イーサンの腹部に当てたままの掌底へ向けて、全身の回転とバネを乗せた右の拳を叩き付けた。
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