負けず嫌いと、美味い話 3


「おっと、もう片付けてるところだったか」

「む?」


 ヤケ酒ならぬヤケ茶をしている負け犬女×2を放置して、バッカスがミーティと共に広場へとやってくると、イーサンは後片付けをしているところだった。


「お嬢さん方と一緒にいた坊主か。

 見ての通り、今日は店じまいでな。嬢ちゃん達の仇討ちなら明日にしてくれんか?」

「なら仕方がねーな」


 小さく息を吐き、バッカスは頭を掻いてうなずく。

 ここで無理矢理引き下がる理由もない。


 こういう興行をしながら旅をしているからだろう。イーサンの片付けは手慣れた調子だ。


「しかし、パッと見、結構な量があるが……こいつをいつも持ち歩いて旅してるのか?」

「はっはっは。さすがにそれは難しいな」

「だよな」


 笑うイーサンにバッカスもニヤリと笑う。


「収納の魔導具。おたくの実力なのか、財力なのかは知らないが、なかなかやるな」

「おぬしこそ。その腕輪――収納の魔導具だろう?」

「まぁな」


 バッカスがうなずくと、横にいたミーティが口を尖らせるようにして、うめく。


「バッカスさんもおじいさんも、なんで収納の魔導具を――しかも携帯できる大きさのやつを持ってるんですかねー?」

「そりゃあ、俺の場合は人望と実力と財力があるからな」

「ワシの場合は、実力と財力と運だな」


 むぅ――と、ミーティはほっぺたを膨らませるが、それでどうにかなるものでもない。


「ちなみに、ワシの収納はこれだな」


 そうしてイーサンが取り出したのは、薄汚れた巾着袋のようなものだ。

 パッと見では魔導具のようには見えない。


「祖国のアマク・ナヒウスでは、収納系の魔導具はこういう袋状の形をしているコトが多くてな。遺跡などから出土する時は泥だらけ。どれだけ洗っても長年染みこんだ汚れだけは落ちなんだ」

「へー……興味深いですね。なんで袋なんでしょう?」


 説明をしながら幟や、幟を立てる石台たちを収納していくイーサン。

 それに、ミーティが目を輝かせて首を傾げている。


(……ん? 石台が二つ? のぼりは一つしかなかったと思うが……)


 その横で、バッカスはイーサンが片付けていたモノについて、目をすがめた。


 自分の見落としだろうか。

 あるいは、もう片方の石台は、敷物への重しに使っていた可能性もあるが。


 僅かな思案をするバッカスだったが、片付けの様子を注視しながら黙るのはさすがに、失礼か――と思い、口を開く。


「ミーティ。この辺りでは腕輪型。アマク・ナヒウスでは袋型なのは文化の違いから来てるんだと思うぞ。

 アマク・ナヒウスの民族衣装はポケットのようなモノが少ないからな。男女問わず、腰帯や、小さな小物入れのような袋を持ち歩くコトが多いんだ。

 それに鎧を着込んだ時でもなければ、腕輪や首飾りのような装飾を付けるコトも少ない」


 最近は海外との交流も増えているのでそうでもないらしいが、かつては前世でいう着物に似た服装がメインだったと聞く。

 それらの服装や文化に合わせた形で収納の魔導具が広まるのであれば、それに合わせた巾着型になるのもうなずける。


「詳しいな坊主」

「アマク・ナヒウスの文化文明には興味があってな。個人的に色々と調べてるんだよ」

「ほう?」


 一通りのモノを、魔導具の巾着へと収納したイーサンは、それの紐を腰元のベルトへと巻き付けた。


「ほれ、ミーティ。あんなカンジで、腰帯やベルトに巻き付けるようにして小物入れの袋を持ち運ぶのがアマク・ナヒウスでは定番なんだよ」

「なるほど。それなら確かに収納の魔導具も袋型になりそうですね」

「お嬢ちゃんの勉強の役は立ったかね?」

「はい! すっごく!」


 イーサンの問いに、ミーティは目を輝かせてうなずいた。


「可愛いではないか。坊主の弟子か?」

「うちの工房に勝手に出入りして勝手に技術を盗んでくだけの知人だな」

「それを許している時点で弟子と変わらんだろ?」

「いいや。俺は弟子を取らない主義なんだよ。どっちかっていうと、従業員の方が近いな。忙しい時は手伝わせてるし」

「まぁ坊主がそれでいいなら、良いのだがな?」


 バッカスの言い分に呆れたような苦笑を浮かべるイーサン。

 それにバッカスもいつものシニカルな笑みを返す。


「おう。それでいいんだよ」


 それから、ふと思いついたように手を叩く。


「そうだ。爺さん。おたく、鋭き美刃プラフス・エグデ――肢閃刃しせんじんに造詣はあるかい?」

「多少はな。ここらの連中よりはマシくらいだが……」

「十分だ」


 バッカスはうなずくと、自分の腕輪から魔噛マゴウを取り出した。


「こいつを見て欲しい」


 手渡された魔噛とバッカスに間に視線を行き来させてから、イーサンは小さくうなずいて受け取った。


 それだけで何か分かるのか、驚いたように目を見開く。


「ほう……鞘に入っていても分かる見事な肢閃刃だな。抜いても?」

「ああ」


 イーサンはゆっくりと剣を抜くと、その刃を見て目をしばたたいた。


「――本場アマク・ナヒウスでもここまでのモノはもう見る機会が減っているほどの逸品だぞ。坊主、どこでこれを?」

「俺が造った」

「なんと……いや、確かによく見れば、この刀身は魔導鍛冶の仕事か」

「分かるのか?」

「うむ。アマク・ナヒウスでは魔導鍛冶で肢閃刃を打つのは邪道とされておるしな。

 魔導鍛冶で鍛えた時、波紋に特有のブレが出る。これを美しくないとされるのだ。素人には分からんようなささやかなブレだがな」

「そうなのか。それは知らなかったな……」


 まだまだ自分の知らないことも多いようだ。

 ここでイーサンと出会えたことは、自分にとっては大きいかもしれない。


「もっとも、そこにこだわる余りに、武器としての性能よりも美術品としての格付けばかりが全面に出始めているのは、良いコトなのか悪いコトなのかは分からんが」

「確かに……アマク・ナヒウスの外じゃあ鋭き美刃プラフス・エグデと呼ばれ、実用よりも美術的な美しさでありがたがられてるからなぁ……」


 そのことにバッカスも思うところはある。

 だが一方で、需要の関係から肢閃刃専門鍛冶職人は、自分たちと肢閃刃の生き延びる道を、そこに見出したのかもしれない。


 現地の状況や情勢が分からないので、バッカスの想像でしかないのだが。

 少なくともそうやって海外へと輸出してくれているからこそ、バッカスは肢閃刃と出会えたのは間違いない。


 その出会いがなければ、魔噛だって造ろうとは思わなかっただろうから、ありがたいことである。


「だが、この剣は実用を主眼に置いているだろ?」

「まぁな。やっぱ剣は使ってナンボだと、俺は思ってるからな。

 だから現地で邪道と扱われようとも、俺は実用的な剣を造りたいんだよ。

 なにせ、俺が目指しているのは神剣に迫る最高の魔剣だ。造り方に邪道も正道も関係ない。俺自身が納得する至高の魔剣を造る。これはその為の一歩さ」

「壮大な夢だな。だが、そうでもなければこんなバカげた剣は造らんか」


 刃を鞘に納めてイーサンはバッカスに剣を返す。

 バッカスはそれを受け取り、腕輪へと収納しながら聞き返した。


「バカげてるか?」

「バカげているだろ? 魔導鍛冶を使っているとはいえ、どれだけ折り返してるんだ?

 それだけでなく、研ぎも恐ろしく丁寧で、手入れも欠かさずされている。作り手の技量もさるコトながら、愛剣への手入れの仕方も、正気じゃなかろ?」

「そうか? 気に入ってる剣はこのくらい手入れするもんだろ?」

「今のアマク・ナヒウスでここまで丁寧に管理された剣は少ないぞ?」

「手入れの時に唾とか跳んで錆びると困るから、布や紙を口に咥えたりとかしないのか?」

「いつの時代の話だそれは? それこそ名工の打った業物の肢閃刃が褒美としてやりとりされていた時代――三百年は前の話だぞ?」

「むぅ」


 今のアマク・ナヒウスでは肢閃刃そのものの量産体制が整っており、かつてのように丁寧に大切にするというのは、個人が造り上げたよほどの業物以外ではやらないらしい。

 簡単に買い直せる量産型肢閃刃が出回っているからこそ、多少唾や血で錆が浮いても買い換えればいいと考える人たちが多いそうだ。


「だが、この剣の美しさの理由は分かった。腕によりを掛けて造った上に、三百年前の方法で手入れをしているんだな?」

「まぁな。お気に入りの肢閃刃は割とそうやって手入れしてるぜ?」

「これ以外もか?」

「これ以外もだな」

「自分で打ったのか?」

「自分で打ってないのもだな」

「どんだけバカなんだ坊主?」

「はっはっは。アマク・ナヒウス人の爺さんにそう言われるのはむしろ褒め言葉だ」


 バッカスが肢閃刃にここまでのめり込んでいるのは、前世の影響だろうと自覚している。

 やはり、元日本人として日本刀に近い造詣の肢閃刃には、憧れや敬意のようなものを感じてしまうのだ。


「そうだ爺さん、夕飯はどうすんだ?」

「これから店を探すところだが?」

「良かったら、良いとこ紹介するぜ。飲みながらもう少し話をしたい」

「そりゃあありがたい。だが手品のタネを明かすつもりはないぞ?」

「別に構わねぇよ。そういうのは自分で明かすから楽しいワケだしな。明日、ちゃんと挑戦させてもらうさ」


 意気投合したところで、バッカスはハッと気がついた。


「すまんミーティ。すっかりお前を置いてきぼりにしてた」

「いえ。興味深い話を横でいっぱい聞けたので問題ありません」


 そう答えながら、夕飯ご一緒していいですよね――という表情が浮かんでいる。

 だが、バッカスとしては当然ノーだ。


「悪いがお子様は帰る時間だぜ」

「ぶーぶー」

「まぁそういうな。ちょいと頼みたいコトがある。明日の昼までに出来てるといいんだが」


 ミーティのブーイングはどこ吹く風で受け止めると、バッカスはミーティに耳打ちする。

 それに対して、ミーティは目を輝かせた。


「楽しそうな課題ですね! 今すぐ家に帰ってやってみます!」


 大きい声でそう告げると、ミーティはバッカスとイーサンに手を振りながら、あっという間に広場から走り去って行く。


「何を言ったんだ?」

「あいつも結構な魔導具馬鹿だからな。面白そうな課題を出してやれば、ああやって帰ってくれるんだよ」

「課題である以上はあとでちゃんと評価しているのであろうな?」

「当たり前だろ? あいつは時々、俺の想定を越えるモノを拵えてくる時があってな。結構楽しいんだぜ」

「やはり弟子ではないか」

「弟子じゃねーって」


 そんなことを言い合いながら、バッカスとイーサンは、飲み屋街の雑踏の中へと姿を消していくのだった。



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本作のコミカライズ1巻 本日発売です٩( 'ω' )و

書店で見かけましたら、是非ともよしなにお願いします!


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