その一番の近道は、コツコツ地道で 4


 さて、シノンが入っていた道へ入ったものの、困ったことがある。


「……シノンのやつ、どこで仕事してんだろうな?」


 オイダァルラジオ関連の仕事の打ち合わせだろうから、それ系の事務所などがこの通りにあるのだろうが。


 普段、あまり使わない道だ。

 ただ歩くだけでも新鮮に感じるところではある。


「……この辺り、新しい建物や、リフォーム中の建物が多いんだな」


 様々な魔導具が新しく開発されていく時代だ。

 オイダァルだけでなく、鉄道計画もある以上、ここから急速に文明・文化が発展していくことだろう。


 この通りは、その象徴なのかもしれない。


「だとしたら……まぁ――ここにオイダァル関連の事務所があっても不思議じゃないか」


 独りごちながら、周囲を見回す。

 今は小さな事務所だろうが、やがては大きなオイダァル局なんてモノに成長していく可能性は大いにありうる。


(しかし、辺境にあるこの街にオイダァルの配信局が二つも出来るってのは、どういう理由なんだろうな?)


 なんとなく悪友の顔が浮かんでくるが、実際のところは分からない。


(いや……その為のマーサか?)


 そこまで考えて、バッカスは大きく嘆息した。

 シノンが見つからないせいで、思考が大きくズレていっている。


「とりあえず、シノンだ」


 敢えて口に出し、改めて目的を再認する。

 とはいえ、この通りだけでも建物は多いし、人通りも少なくない。


 とりあえず周囲の様子を伺いつつ、通りを真っ直ぐ進んでいくことにした。


 その途中で一件、気になる建物が目に入る。


「……ウエステイル商会オイダァル事業所……第二魔力周波を購入した商会のオイダァル事業用の事務所か」


 シノンがオイダァルの仕事をするとしたらここか――と考えたところで、踏みとどまる。

 確か、第三魔力周波を購入した商会もあったはずだ。


(確か、もう一つはヤーカザイ文化芸能社だったか? 語笑かたりわらい出身のシノンを擁するなら、ウエステイルよりもそっちか?)


 考えたところで、分かるものではないのだが。


(この町じゃあそれなりに顔は広くなっているかとは思うが、新興とかになってくると、話は別だろうしな)


 顔なじみのいる店なら、殴り込んでもあとで笑い話にできるだろうが、そういう相手のいない新興となればそうもいかないだろう。


(さてどうしたものか)


 そんなことを考えながらウエステイル事務所を見上げていると――


「バッカスさんだー」

「ん?」

 

 ――女性の声で名前を呼ばれて、そちらへと視線を向ける。


「ユーカリか」


 陰キャナメクジモードではなく、陽キャ小悪魔モードのユーカリだ。

 周囲の目を気にしているのか、ナメクジは完全に顔を隠しているようだ。


「この辺りで仕事してるのか?」

「そうなの。打ち合わせの最中なんだよね。今はお昼休みってとこ」

「打ち合わせの現場はココか?」


 バッカスがウエステイル事務所を示すと、ユーカリは首を横に振る。


「ここよりもうちょっと先にあるヤーカザイ文化芸能社の方だよ」

「つまりオイダァルの仕事なんだな。隠す必要はないのか?」

「ためらいなくウエステイルを指差した人に隠す必要感じないし」

「そうか」


 どうやらユーカリは、こちらがある程度の把握をしていることを理解しているようだ。


「でもまぁちょうどいいや。ちょっと聞きたいんだが、いいか?」

「え? うん。なに?」


 陽キャ小悪魔モードやってるユーカリの姿は、どことなくネヴェスの姿とダブる。

 もしかしたら、ネヴェスの人格というのは、ヴァッサバオム家のナメクジたちが憧れた陽キャのイメージなのかもしれない。


「シノン・ケンカイオスってやつと面識あるか? お前と同じようにオイダァル関連の仕事をする予定でこの辺りにいると思うんだが」

「あるよー! っていうかシノンさんこそこっちでお仕事してる人だね。

 お互いに商売敵であると同時に、新しい試みの最初の一人ってのもあって、仲良くさせてもらってるから」

「すでに既知だったのか」

「シノンさんがどうかしたの?」


 ユーカリの問いに、バッカスはどう答えるかと少し考えてから、口を開く。


「ん? 俺のダチでもあるんだよアイツ。

 ――で、まぁ……本人は無自覚っぽいが、どうにも厄介事の尻尾を踏んでるようなんだよ」

「保護というか忠告とかそういうのがしたいんだね」

「そんなとこだな」


 バッカスはうなずきながら、深入りしてこないのは助かる――と内心で安堵する。


「ただこの時間、どこにいるのか分からなかったから探してたんだ。教えて貰えて助かった」

「いえいえどういたしまして」


 ナメクジモードでは絶対に浮かべない笑顔は、なかなかに魅力的だ。

 この手の小悪魔ちっくな笑顔にやられる男は少なくないだろう。


「ところで、こっちからも聞いて良い? ネヴェス見なかった?」

「見たぞ。広場で昼飯の調達してるところにあって少し俺とダベってたし」

「そうなんだ。じゃあそろそろ帰ってくるかな?」

「そうだと思うぞ。俺がうっかり甘味の美味しい店を教えちまったから、買いに行ってるんだと思う」

「それは、楽しみ」


 にへら――と笑う姿は、少しばかり小悪魔がはげてナメクジが顔をだしているようだ。

 このまま喋っていると彼女のボロがでてしまうかもしれない。


 ユーカリのファンらしき人たちも、チラチラとこちらを伺っているようだから、この辺りで離れた方がいいだろう。


「さて、俺はちょいとそこに入って見るわ。シノンをとっとと捕まえて色々とケリつけたいしな」

「うん。気をつけてね」

「おう」


 そうして、バッカスはユーカリと分かれると、ウエステイル社へと踏み込んで行くのだった。




 意気揚々と踏み込んでは見たモノの、シノンがどこにいるのか分からない以上は、まずは素直に入り口の受付にいくべきだろう。

 口から出る嘘を並べ立てて、とりあえずシノンの居所が分かればいいのだが。


 そんなことを思っていたバッカスだったが、入り口に抜けて目を見開く。

 受付に居る女性がぐったりした様子でカウンターにつっぷしているのだ。


「お、おい?」


 バッカスは慌てて駆け寄る。

 息はしている。顔色は少し悪いが深刻な感じはない。


「どうした? 何があった?」

「ううぅ……」


 大きめの声で呼びかけると、彼女は小さくうめく。

 完全に意識を失っているというワケでもないようだ。


 何度か彼女に呼びかけた時、バタバタと人が駆け寄ってくる気配を感じた。

 建物の奥からやってきた二人の姿を確認すると、バッカスは余計な詮索をされる前に声を掛ける。


 騎士服から華やかさを取り除いたような服装からして、彼らの立場は即座に分かった。

 鎧などは身につけておらず軽装だが、それはこの建物の雰囲気に合わせたものだろう。


「アンタら、ここの警備か?」

「え、ええ。そうです」


 彼がうなずくのを確認して、バッカスは即座に告げる。


「彼女がここでぐったりとしていたんだが、心当たりとかはあるか?」

「いえ、ないですね」


 キッパリと答える姿に、職務に真面目な印象を受ける。


「それより、そちらの方は」

「具合は悪そうだが、深刻そうではないな。

 医術は聞きかじり程度の素人の見立てがどこまで役に立つかは分からんが」


 それでも全く知らない者が見るよりも良い――と口にするのだから、この警備は人が良いのか真面目なのか。


「キミ、受付担当の別の人へ声を掛けてきてくれ」

「わかりました」

 

 警備の一人は、同僚へとそう声を掛ける。支持された同僚は即座にうなずいて、建物の奥へと向かっていく。


「とりあえず抱きかかえて治療院にでも運ぶか。

 ここからなら、そう遠くないところに知り合いが務めている治療院がある」

「そうですね。倒れているのであればそれがいいかと」


 バッカスの提案に警備はうなずき、それから少し困った顔をする。


「こちらへ用があったでしょうに、申し訳ありません」

「いいさ。元々、用はあったが、事前の先触れとかは何も出してないしな」


 シノンのことは気になるが、だからと言って目の前で倒れていた人間を放置できるような性格はしていないのだ。


「必要があれば改めて来る。とりあえずは、こいつを治療院に……」


 バッカスはカウンターの方へと入り、彼女を抱きかかえようとした時――


「あ、あの……」


 ――意識がハッキリしてきたっぽい女性が声を出した。


「意識が回復したか? 自分がどういう状況かは分かるか?」


 即座にバッカスが問いかけると、彼女は恥ずかしそうに困ったように口にする。


「ち、治療院に……行くほどじゃ、ないと……思います……」

「だが顔色はあまり良くない。カウンターに座ってられず倒れるほどだぞ?」


 蚊の鳴くような声を聞き漏らすまいと、バッカスも警備も、彼女に耳を近づけた。


「そう、なんですけど……その……」


 男の顔が二つ近づいてきていることが怖いのか、何やら言い淀んでいる。


 そのタイミングで、もう一人の警備が女性を連れて戻ってきた。


「受付の方、連れてきました」

「本当に倒れてる……!?」


 だがバッカスは悪いと思いつつ、その二人に告げる。


「悪いが黙っててくれ。意識を取り戻した彼女が何か言ってるんだ」


 即座に二人がうなずいてくれたことに安堵しつつ、バッカスは改めて倒れている女性へと耳を近づける。


「えっと、その……」


 青い顔色の上に、どこか羞恥の赤を帯びた顔で、意を決するように、倒れている女性は口にした。


「……おなか、空きすぎて……倒れて、しまったので……」


 そう言ったあとで、恥ずかしそうに目をぎゅっと瞑った彼女の顔を見てから、バッカスはすぐそばにいた警備と顔を見合わせる。


 お互いになんと言葉にして良いか分からず、しばらく見つめ合ったままだったが、ややして警備の方が先に口を動かした。


「……だ、そうですけど……」

「……ああ。そうみたいだな……」


 結局、お互いにどう反応して良いのか分からず、そんな意味のないやりとりをしてしまうのだった。



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本作のコミカライズ

コミックノヴァにて、スタートとしております٩( 'ω' )و

https://www.123hon.com/nova/web-comic/bacchus/


是非ともよしなにお願いします

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