その一番の近道は、コツコツ地道で 3
「魔噛を見たから余計に思う。さっきのバッカスの知り合いが持ってた魔導具。あれ、あんまり良くないモノかもだよ」
ネヴェスの言葉に舌打ちをしたい感情を抑えて、バッカスはシノンが消えていった方を見る。シノンが立ち去ってから時間が経っているから、その姿も気配もとっくに雑踏の中だ。
雑踏の方を見たまま、バッカスは訊ねる。
「どう良くないのか、説明できそうか?」
「うーん……」
悩み出したネヴェスに視線を戻し、バッカスは答えを待つ。
ややして、彼女は顔を上げてバッカスを見た。
「ボクが生まれた時代も、今の時代も、魔導具には安全弁ってつけるでしょ?
必要以上の魔力をため込まないように、必要以上の火力が出ないように、指定された場所以外からは水がでないように……みたいな機構や術式」
「ああ。その手の安全弁――セーフティのない魔導具もなくはないが、それは使い手が気をつけて使えるコト前提だな」
「そう。セーフティっていうのはボクを含めて魔導具には必要なモノだ。
何せボクたちは刻まれた術式と、組み込まれた機構によって、指定された動きだけを行う存在だからね。そこまではいいよね、バッカス?」
「意思を持ってるお前という例外に思うところはあるが、まぁその部分に異論はねぇよ」
「魔導具を守る為あるいは使い手を守る為。市販される量産型ならなおさらセーフティは必須だよね?」
「そうだな。魔術士や魔導技師ならセーフティがなくても、自分で制御する方法をとれるが、一般人には無理だからな。その為の
「あれはスゴい発明だとボクは思うよ! 一般人でも魔導具が使えるようになる道具。それでいて、
心の底から褒めているのだろう。明るい笑顔でそう告げてくる。
なんとも眩しすぎて、目を逸らしたくなる笑顔だ。
先ほど魔噛を褒められたこともあって、どうにも直視しづらい。
「それらを踏まえた上で言うけどね。バッカスの知り合いが持ってた魔導具、セーフティらしきモノが何も考慮されてないよ」
「個人作成の個人向け魔導具ならそれも別に無くはないぞ? シノンもそれなりに魔導具の使い方を心得てるだろうし」
「そこはそうなんだろうけど、そういうんじゃないの!」
ネヴェスは何やら難しい顔をして――言葉や説明を考えているというよりも、シノンの持っていた魔導具への複雑な感情がありそうだ――、バッカスを見上げる。
「バッカスがいう個人向けのセーフティ無しの魔導具っていうのは、使う人が意識的に安全に使用しようとすれば魔導具自身の不具合がない限りは問題起きづらいでしょ?」
「まぁ、そうだな」
「あの魔導具はそういうのがないんだ。きっと」
「ん? どういうコトだ?」
バッカスは嫌な予感に目を眇めながら、ネヴェスを見る。
「なんて言うのかな、術式、機構、人力……どのセーフティも掛かってない、あるいは掛けられてない。いや、考慮されてない……が正しいかも?」
「考慮されてない? さっきも言ってたな、どういうコトなんだ?」
「どう説明したらいいかなぁ……」
人差し指を下唇に当てて空を見上げるネヴェス。
ややして、顔を下ろしてバッカスに視線を向けた。
「例えば、女性だけを斬る剣というのがあったとする」
「ああ」
「狙った女性を斬る為の剣だ。だから、狙ってない人を傷つけないようにするセーフティがつくのは当たり前だよね? 使い手が女性で、振るうたびに傷ついたり、狙ってない人たちまでも一緒に斬れちゃったりするのは、望まれていないはずだ」
例えに思うところはあるが、内容に異論はないのでバッカスは先を促す。
「その上で女性だけを斬る剣と謳っている以上は、男性は斬れない……というか男性を傷つけるようなら、それはもう色々失敗してるよね?」
「そうだな。効果が女に限定されるなら、男に効果を及ぼさないというのも一種のセーフティではある」
「でもね。シノンだっけ? あの人が持っている魔導具は、この剣で例えるなら男性も斬っちゃう類いのヤツだと思う」
「は?」
「でもね作った人は失敗作とは思ってなさそうだよね」
「意味が分からんぞ。それは失敗作以外の何者でもないだろ」
「バッカスなら――というか、ふつうならそう思うよね? だからね、セーフティを考慮してないって感想になるんだ。まぁチラっと見て感じただけの話だから、正しいかどうかはわかんないけどさ」
ネヴェスの説明を受けて、バッカスは下顎の無精ひげを撫でながら真剣な眼差しで、シノンの消えた方向を見る。
(……シノンが手にしているのは十中八九、痩せる為のモンだろう。それがセーフティを考慮してない場合、どうなる?)
そもそもからして、女だけを斬る剣をコンセプトに作った剣を振るった時に、男を傷つけてしまうことを失敗と思わないというのは、職人としてどうなのだろうか。
「作った人はね、魔噛と同じくらいちゃんと愛情注いで作ってるんだと思うんだ」
「だとしたら、なおさら理解ができんのだがな」
愛情を注いだ結果が、コンセプトを無視した効果を発揮するモノを作り上げたというのであれば、同じ職人として軽蔑しかない。
「女性だけを斬る剣という注文を受けて、女性だけを確実に殺す剣として作った――っていうのが近いかな?」
「注文の解釈間違ってないか?」
「間違ってないんだよ。作った人にとっては」
「……やっぱ納得いかない話だ」
女だけを斬る剣と、女だけを確実に殺す剣。
似ているようでまったく違う。これを同一視するような職人がいたら、職人としての気質を疑うだろう。
「斬られた女性は確実に死ぬけど、巻き込まれた男性は絶対に死なない。そういう剣。ついでに余波で近くに居た女性や、使い手の女性が死んだとしても、作った人は気にしないんだと思う。文句を言われても、女性だけを確実に殺せたんだから問題ないだろ、ぐらいに思ってそう」
なんだそれは――と、バッカスは眉を
そのような職人は、もはや職人と呼ぶのもおこがましい。
「とんだ無責任野郎じゃねーか」
「それだ!」
バッカスが心底から思ったことをそのまま口にしたら、ネヴェスがビシっとバッカスへ人差し指を向けた。
「無責任。うん、無責任。それがピッタリだ!
作るときには愛情をいっぱい注いでたかもだけど、完成して、依頼人に手渡した時点で、もう他人の子だからどうでもいいや! みたいな感じ?」
「依頼人を満足させるために道具を作ったんじゃなくて、自分が満足できる道具を依頼の範囲で作り上げたってコトか?」
「そこまでは分からないけど、でもそんな感じはするかも!
その子を使って問題が起きても、もうその剣はうちの子じゃないので知りません。その子を使ってる人に文句言ってくださいっていうの? なんかそんな」
盛大に、バッカスは息を吐く。
(どっかで聞いたコトのある話だな)
ふと、ゾンビや魅了の魔剣を思い出した。
あれらの剣にも、作り手の無責任さを感じて憤慨したのは記憶に新しい。
「ありがとな、ネヴェス。
ちょっとシノンのところにいって魔導具回収してくるわ。放置しておくと問題が起きそうだ」
「それがいいと思う。シノンって人に悪気はないだろうけど……あの魔導具は
バッカスはベンチから立ち上がると、ネヴェスの頭を撫でる。
それから、小銭をいくらか手渡した。
「ほれ、少しだけお小遣いをやろう。事前に危険を察知してくれた報酬だ。
これでクーの甘味店ってところで、持ち帰りのお菓子を買っていけばユーカリもきっと喜ぶぞ」
「ほんとッ!? 行く行く! じゃあねバッカス~ッ!!」
ブンブンと犬の尻尾もかくやというほどに手を振って走り去っていくネヴェスを見送ってから、バッカスは
「さて……行くか」
少しだけ険しい顔をしながら、バッカスはシノンが去っていた道へ入っていき、雑踏に紛れていくのだった。
=====================
本作のコミカライズが
コミックノヴァにて、本日よりスタート٩( 'ω' )و
https://www.123hon.com/nova/web-comic/bacchus/
是非ともよしなにお願いします
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます