その一番の近道は、コツコツ地道で 1


「実はさー、バッカス。おれちょっと悩みがあるのよ」

「ふーん」


 バッカスの家のリビング。

 対面に座るふくよかな体躯の男性が、バッカス特製のカットステーキ入りガーリックライスをかき込みながら、何やら言い始めた。


「うーん、美味しい!」


 さらにはもう一人。お馴染みの美人騎士ことクリスも、美味しそうに食べている。


「それで? 何に悩んでるんだ?」

「おう。実は、少し痩せたいんだよな!」


 瞬間、バッカスとクリスは一度顔を見合わせてから、彼――シノン・ケンカイオスへと視線を移した。


 身長もそれなりにあるシノンだが、横幅もそれなりにある。

 縦向きの楕円形というか、トランプなどに使われるダイヤモンドのアイコンのような体型というか――ようはそんな感じだ。


 ソフトモヒカンっぽい髪型のせいで、余計にダイヤモンドに見えなくもない。


 旅慣れているようだし、戦闘もそれなりにできるので、決して不摂生というワケではないのだろう。そのことから、前世で言うところの相撲取りに近い、脂肪の内側に筋肉があるタイプなのかもしれない。


 ともあれ、世間一般的な感性で言うならば、太っているというので間違いはない。


 その上で痩せたいとシノンが言うのであれば、バッカスの視点では分からない範囲で、本人が太ってきているという実感があるというのだろう。


「シノンさん。こう言っては悪いと思うのだけれど、チルラーガニンニクとお肉をたっぷりの脂で炒めたお米エシル料理を、大盛りで食べながら言う台詞じゃないと思うの」

「メシが旨いコトに罪はないからな!」


 クリスがツッコミを入れるものの、シノンはそう答えながら、スプーンを動かす手を止める気はないようだ。


「シノン。本当に痩せる気あるのか?」

「あるある! だから相談してるんだよ」


 バッカスも改めて訊ねてみるが、シノンはそんなことを言いながら、ガーリックライスの中から大きめのステーキを見つけたことを喜び、それを口に運んでいる。


「そうか」


 バッカスとクリスは顔を見合わせて嘆息しあうと、シノンにツッコミを入れるのを諦めることにするのだった。


 そうして、美味しくランチが終わったあとで、改めてシノンが訊ねてくる。


「さっきも言ったんだけど、痩せる方法ない?」

「何で俺に訊くんだよ?」

「いやほら。お前って色々知ってるじゃん? そういうのも詳しく知ってるんじゃねーかなって」

「なんだそりゃ」


 バッカスが半眼になるものの、横で聞いていたクリスは両手を合わせてうなずく。


「わかるわ! バッカスに相談するとすぐに答えが返ってきそうな気がするの」

「だよなぁ!」


 シノンとクリスが盛り上がっているものの、バッカス自身は何とも言えない心地で嘆息する。


「便利な賢者やってるつもりはねぇんだがなぁ」


 ミーティを餓鬼喰い鼠から助けた時か、クリスを助けた時か。

 なんというか、その辺りから、周囲から扱いが妙にその方向になってきている気がしないでもないが。


「とりあえず、だ。シノン」

「なんだ?」

「ダイエットの基本は、食事と運動だ」

「ほら、なんだかんだで色々教えてくれるのよね」

「うるさいぞクリス」


 からかってくるクリスに犬歯をむくが、彼女はどこ吹く風で笑っている。


「ダイエットってのは何だ?」

「痩せるための運動や食事制限、その他諸々をひっくるめた言葉だよ。

 病気や美容、健康の維持……理由はともあれ、痩せるための行動制限のコトを言う」


 バッカスもそこまで詳しくはないのだが、前世の知識で説明できる範囲のことくらいはアドバイスとして出してもいいだろう。


「つまり、食事と運動を制限しろと?」

「まぁ基本はそうだな」


 うーむ……とシノンが難しい顔をする。


「やっぱ昼を抜くとかした方がいいのか?」

「むしろ抜くな」

「え?」

「え?」


 シノンだけでなくクリスも一緒に驚いた顔をした。


「食事を抜くダイエットは、かえってリバウンド――太り返しとでもいうべき状態を誘発する」

「つまり痩せはするが、すぐに戻っちまうと?」

「最悪はもっと太る」

「マジかよ」

「そうなんだ」


 どうやらクリスも興味があるようだ。

 ちらりと、彼女の顔を見てから、バッカスは言葉を選ぶように口にする。


「基本的に食事は、野菜と肉と穀物をバランス良くだ。

 野菜を食べることで、糖分や油分の吸収を抑えられるから、ダイエット中の食事はまず野菜を先に食え。芋は野菜じゃ無いぞ。緑色の葉っぱみたいな野菜がいい」

「つまり野菜で腹一杯にしろと?」

「バランス良くと言ってるだろうが。本気でやるなら肉は鶏の胸肉だ。皮は食うな。ダエルブパンは基本的な大きさの丸いヤツを一個にしろ」

「そんなの足りないわ、バッカスッ!」

「そうだぞ、足りないぞ!」


 シノンよりもクリスの方が切実に叫ぶ。

 お前はダイエットする気ないだろ――と思いつつ、バッカスは真面目に答えた。


「常日頃から常人より運動しているクリスはともかく、基本的に座って喋るのが主で運動量の少ないシノンは物足りないくらいでちょうど良い」


 そう告げると、クリスは安堵し、シノンはちょっと絶望気味の顔をする。

 ところでクリスはダイエットする必要はなさそうなのに、どうして一喜一憂しているのだろうか。


「その上で、運動しろ。無理して走れとは言わんが、一、二時間くらいはしっかり歩け。途中で買い食いは無しだ。喉が渇いたら水か、麦茶にしろ。果実水や酒はダメだぞ」

「つまり走り終わってから買い食いすればいいんだな?」

「買い食いしたいなら食事の量をさらに減らせ。食事と買い食いの量を合わせて一食分くらいにするなら、してもいいぞ」

「むぅ……」

「歩くのが嫌なら、可能な限り毎日街の外への魔獣討伐依頼を受けるってのもアリだな。何でも屋の資格は持ってるんだろ? それで路銀を稼げてるなら、銀級くらいは行ってるんだろうし」

「確かに銀四級を持ってるけどさぁ」


 究極のところ、バランスが良く太りにくい食事を中心に、運動量を増やすのが全てだ。

 

「それと、メシを喰うときは噛む回数を増やせ。それだけで満腹感を覚えやすくなるから、食い過ぎを抑えられる」


 前世の知識を元にバッカスが言えるのはこの辺りだろうか。

 もっとも、前世の痩せたがっている人たちですらこの辺りの話をするとシノンやクリスみたいなリアクションをしていたので、ちゃんと貫けるかどうかは本人の意思次第だろうが。


「…………」

「…………」


 実際シノンもクリスも不服そうな顔だ。


「ところでクリス。お前、ダイエットしたいのか?」

「痩せるコツっていうのは、乙女にとってはいつでも大事な情報よ?」

「お前の場合はそれ以上痩せようとすると、かえって筋肉が硬くなって、さらに太くなる可能性あるぞ」


 クリスは痩身で柔らかくしなやかな筋肉を持っている。

 そこから素早い動きや、変幻自在な剣技を繰り出している以上、身体が硬くなるのはあまりよろしくない。


「その身体付きと運動性が維持できている以上、今の食事量と運動量が噛み合ってるんだろうさ。

 本格的に太くなっていくのが気になってきたら考えるべきだが、現状で身体に問題が無いなら無理してやらん方がいいと思うぞ」


 もちろん、日々の生活によって多少の変動はある。

 だが、日常において運動出来る日や、仕事をした日、運動も仕事もできない日など一定ではないのだ。


 そこによって生じる変化なんてものは基本的に誤差である。


 逆に、シノンはそれを誤差と感じられないレベルで自身が太ってきたと実感があるからこそ、相談してきたのだろう。


「真面目な助言助かる。だがなぁ、バッカス」

「なんだよ?」

「もっとこう……簡単なのない?」

「ねぇな」

「痩せる魔剣とか作れない?」

「作れないし、作れる理論が判明しても作る気はないな」

「えー」

「えー、じゃねぇよ」


 そういう反応はある程度想定はしていたので、思わず苦笑が漏れる。


「そうそう。ダイエットの薬とか見つけても飛びつくなよ?

 そういうのはだいたい副作用があって、副作用が絶対キツいぞ。

 人間の肉体機能とその維持を考えるなら、コツコツ地道が一番近道だからな?」

「あー……貴族の知り合いにいるわね。そういうのに手を出して、実は依存性の高い違法薬物だったとかで、破滅しかけた子」

「やせ薬じゃないけどオレも聞いたコトあるな。媚薬だとか肉体強化、魔力強化とかその辺を謳って、似たような状況になったってやつ」

「クリスの方は分からんが、シノンの方は、俺らの学生時代のやつだろ?

 だったら俺と悪友で組織ごと潰した。そこに雇われてた調合士は今も王城の牢屋にいるはずだな」

「…………」

「…………」


 何やら複雑な顔をしてシノンとクリスが顔を見合わせる。


「バッカスってさぁ、時々シレっととんでもないコト言うよな」

「そうね。バカッスって時々シレっととんでもないコト言うわよね」


 二人の中での自分の評価が気になるが、敢えて口を挟まず、バッカスはテーブルの上ですっかり冷めてしまったお茶を口にするのだった。






 そんなやりとりがあった数日後――


「ようバッカス!」


 バッカスが街の屋台でサンドイッチを購入していると、見慣れない男に声を掛けられた。


「あん?」


 ソフトモヒカン気味の細マッチョだ。

 顔は悪くない。むしろ良い方だろう。


 どことなく知り合いの面影がある気もするが、基本的に見覚えのない男だ。


「誰だ、お前?」


 警戒気味に訊ねると、その男は、見覚えのある愛嬌たっぷりな笑顔を浮かべて名乗る。


「オレだよ、シノンだ!」


 次の瞬間――


「うそつけぇッ!!」


 ――バッカスは買ったばかりのサンドイッチを投げつけるのだった。



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本作のコミカライズが

コミックノヴァにて、2/16よりスタートします٩( 'ω' )و

https://www.123hon.com/nova/web-comic/bacchus/


是非ともよしなにお願いします

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