大人だって、怖いモンは怖いんだ 11


 とりあえず大泣きするネヴェスのことを、クリスとユーカリに任せたバッカスは、悪霊屋敷から外へと出てくる。


「まだ時間はあるか」


 外で軽く伸びをして、日の位置を確認したバッカスは、自分の中に生じた仮説が正しいかを確認する為に動き出した。


「一度、家に戻ってからの方がいいだろうな」


 念のため、いくつか用意しておくべきモノがある。

 仮説が正しく、その相手に悪意があるならば、戦闘もありえるだろう。


「何事もなけりゃ一番なんだが……」


 そんなことをボヤきながら、バッカスは自宅へと向かうのだった。


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「熱烈な呼び出しは歓迎しますが、少々場所が悪くはないですか?」

「そうか? 個人的には人の目も耳もなくていい場所だと思うけどな」


 町からほど近い荒野のような場所。

 バッカスがそこに呼び出した女性は、不満そうに眉をしかめる。


「人目を気にするなんて、なにをするおつもりですか?」


 冗談めかして口にする彼女に、バッカスは面倒くさげに息を吐く。


「何って単なる確認をしたいだけだよ」

「こんな場所で? 私に乱暴したりする気ではなくて?」

「そう言うなって。アンタにとっても都合がいいかと思ったんだがね」


 違うかい?――と暗に訊ねても、彼女の反応はイマイチだ。


「何を言いたいのか分かりかねますね」

「これまではそうやってトボケてどうにかなったんだろうけどな。俺には通用しねぇみたいだぜ」


 日が暮れ出した時間。

 茜色の陽光が、バッカスと退治する女性の横顔を照らす。


「――なぁ? アンジェ・シェイル・シュエステル?」


 その姿は、不動資産管理局の受付で、バッカスとユーカリを対応してくれた女性だ。


「……なんのコト――と、トボケても良いのですけど……。

 はぁ、それも通用しそうにないみたいね」


 そっと息を吐くと、アンジェは観念したように両手をあげる。

 その姿を見ながらバッカスは訪ねた。


「ところで、アンジェってのは本名か?」

「ええ、そうよ」

「受付嬢としての名前は?」

「そっちは今の本名……ってところかしら」

「今の?」


 バッカスがいぶかしむと、アンジェは妖艶に笑ってみせる。


「私、こう見えてお父様より年上なのよ」

「…………」


 何を言っている――と、バッカスは問わなかった。


 そもそも自分が転生者という特異な存在なのだ。

 彼女自身が何らかの神具アーティファクトや特殊な魔術などで、記憶を継承して転生を続けていても不思議ではないとすら思う。


 あるいは、転生でなくとも、何らかの形で不老不死に近い何かになっている可能性だってゼロではないだろう。


 技術的な可能不可能はともかく、そういう奴がいるかいないか――という点だけ考えた時、有りえないと言い切るのは無理だ。


「ユーカリはアンタの娘か?」

「厳密には違うけど、まぁそうね。おおむね娘であってるわ」

「ちょっかいを掛けているのはそれが理由か?」

「むしろちょっかいを掛ける気はなかったのよ」

「あん?」


 バッカスは元々悪かった目つきを、余計に悪くして、アンジェを見る。


「待って。悪霊屋敷を買わせておいてよく言う――みたいな顔しないで」

「みたいな……じゃなくて、そういう顔だよ」


 建物や土地の広さを考えたら破格の値段だし、それなりに稼いでいるユーカリだから問題はなかったが、それでも一般人からすれば十分に高いシロモノだ。


「わざわざ認識互換術式を使って、ユーカリに買いたいと思わせるとか何を考えてんだ?」

「……この時代に、その名称を知っている人はいないと思ったけど?」

「この時代に神剣を作ろうって目標掲げてる魔剣技師だぜ、俺は。古い時代に作られた魔導具だって勉強してるのさ」

「なら、ヴァッサバオム家にもたどり着いたのね?」

「ああ」


 実際のところは、名前を知っただけだが、さも全部知っていますという顔をしてうなずく。

 しばらく見つめ合っていたが、やがてアンジェの方から力を抜くように、息を吐いた。


「……バッカスさん。あなたの目的は何? わざわざ私を呼びだしてまでして、何をしたいの?」

「別に」


 問われて、バッカスは即答する。


「……別に? え?」


 ただ、その答えの意味が分からなかったのか、アンジェは目を瞬いた。

 

「最初に言ったが一番は確認したかっただけだよ。

 言っちまえば、仕事の後の確認作業アフターケアみたいなモンだな。

 一人じゃ不安だから不動産ギルドにつきあってほしいって依頼を受けて、一通りのやるべきコトはやったが謎が残った。

 さらに、悪霊屋敷に妙な奴が住み着いていたり、俺たちが進入した時に発生した現象のいくつかには説明が難しい現象があった。

 そのあたりひっくるめて、ユーカリが安全に暮らせるかどうかの確認っていう、仕事さ?」

「サービスが行き届いた何でも屋ショルディナーさんなのね」

「本職は技師だってのに、みんな俺を何でも屋ショルディナー扱いするんだよな」

「仕事が完璧だから、またあなたに仕事を頼みたいって人が多いだけじゃないかしら?」


 本気で口を尖らせるバッカスに、アンジェは困ったような顔に笑みを浮かべた。


「ともあれ、その仕事を完了できるような答えが必要よね」

「分かってくれたなら話がはやいな」

「私はユーカリに危害を加える気はないわ」

「ふむ。理由は?」

「信用できる人に悪霊屋敷を任せたかったのよ。いつまでも認識互換術式で所有者不明状態にしておけるモノでもなかったしね」


 どうやら本心のようだが、それでもユーカリに託した理由が分からない。


「ユーカリであった理由は?」

「単純に彼女が先祖帰りしてたからよ。無意識にヴァッサバオムの認識互換術式を、魔導具なしに使ってたから。関係者の手に渡るならそれに越したコトはないわ」

「…………」

「そしてヴァッサバオムの血を宿しているのであれば隠し階段の先にある――」

「殺戮メイドか?」

「え? うそッ、そこにもたどり着いていたのッ!?」


 本気で驚いたような顔をしているアンジェに、バッカスは下顎をなでながら確認する。


「時々ネヴェスを起動させ、ネヴェスの認識をズラしてたのはアンタでいいんだな?」


 クリスを脅かす為に血のイミテーションをぶちまけたのはアンジェで、それをネヴェスに片づけさせたのだろう。


 もっと言うなら、ユーカリが暮らすまで悪霊屋敷を守っていたのもアンジェなのだろう。

 認識阻害や誤認によって人を近づけないようにしつつ、それを越えてやってくるような相手は、クリスにしたようなイタズラで脅かして追い返す。


 もちろん常にそれが出来るわけではないから、変な研究者のようなやつが住み着いたりすることもあったのだろうが。


「本気で……バッカスさん、どこまで認識してるんですか?」


 その反応は完全に答えだ。


「さぁな」


 いつもの皮肉げな笑みを、意味ありげに深めて、バッカスは腕輪から楔剥がしエグベウ・ラボメルを取り出した。


「光よ」


 そして、刀身を作りだすと、その切っ先をアンジェに向ける。

 同時に――アンジェも術式を展開した。


「なんのつもり?」

「ユーカリには手は出さないがネヴェスには手を出す――とか言い出されても困るしな」

「勘弁してくれないかしら? 悪霊屋敷を託すってコトはネヴェスも含めて託すってコトのつもりなんだけど」

「なら、その見慣れない術式を刻んだ魔力帯キャンパス広げるのやめてくれないかね」

「それは無理な相談ね。あなたの脳に、ここでの出来事は記憶したまま、私の存在だけ認識互換を起こすのに必要な術式だもの」

「そうかよッ!」


 アンジェが展開する術式に魔力が流れ、魔術が起動する。


「夢と現実を酔わせながら、詭弁きべん欺瞞ぎまんよ、踊れッ!」


 瞬間、バッカスは楔剥がしエグベウ・ラボメルを振るって、アンジェの展開している魔力帯を切る。


 結果、術式が現実に投射され、現実を塗り替える前に、霧散していく。


「な……!?」

「だから、俺には通用しないって言ったろ?」

「だったら……これで……ッ!」


 ユーカリが持っている首飾りと同じモノを取り出すと、アンジェはそれを掲げた。

 魔導具が起動し、アンジェが望むようにバッカスの認識を書き換えていくが――その過程で、書き換えミスが発生して、効果が無効となった。


「な、なんで……?」

「種明かしをする気はないぜ」


 やっていることは以前、何でも屋のブーディや女騎士コナがやっていたことと同じだ。

 別の楔剥がしエグベウ・ラボメルを服の内側に刃を展開した状態で仕込んでいる。


 バッカスが影響を受けると同時に、魔断ちの刃が効果を切ってくれるというワケだ。


「さて」


 驚くアンジェに対して、バッカスは自身の左手を掲げて、魔力帯を展開。術式を刻み込んでいく。


「……手早く精密で、お手本のように丁寧。それでいて自分の使いやすいように調整もされている。ある意味で理想の術式ね。ため息がでるわ」


 本当に感心するように、アンジェが告げる。

 どうにも調子が狂うな――と思いながらも、それはおくびにも出さずに訪ねた。


「お褒め預かりどうも。それで、何でいきなり攻撃してきた?」

「攻撃した気はないわ。単に私の姿形のコトだけでも忘れてほしかったの。そうやって生きながらえてきたワケだしね」

「……生きながらえてきた、ね」


 色々思うことはあるが、他人の生き方をどうこう言うつもりはない。


「アンタが年を取らない存在だとかそういうのなら、俺は気にしないけど?」

「…………」

「なんだよ?」


 急に不安と期待の入り交じった視線を真っ直ぐに向けてこられて、バッカスは居心地が悪そうに身動みじろぎする。


 そんなバッカスを見ながら、恐る恐るという様子でアンジェは質問をしてきた。


「私の正体を暴いて世間に公表とか?」

「する気はないぞ。したところで俺になんの利益もないな」

「売ればお金になるわよ? 利益になるわ」

「金に困ってるワケじゃねーしな。あと人身売買みたいなのは嫌いだ。特にその手の非合法裏取引みたいなやつは、見つけ次第滅ぼすようにしてる」

「じゃ、じゃあ……! 実験動物にしたりとか死ななくて丈夫な玩具にしたりとか?」

「そんな悪趣味はない。むしろそれをする奴がいるなら、俺がそいつらを実験動物にしたり玩具にしてやりたいところだ」


 スッパリとそう宣言するバッカスに、徐々にテンションがあがってきたのか、アンジェが早口で訊ねてくる。


「ならなら! 偉そうな上位者仕草しておきながらその実内心はクソザコナメクジなのを隠しているだけな私なんだけどバッカスさんはそれに気づいて踏みつぶそうとしてきたりとか?」

「しねーよ、っていうかお前もかよ。ユーカリがメンタル弱いのお前の遺伝か何かか?」

「ヴァッサバオム家というか血筋というかは割とそんな人ばっかよ」

「だから滅んだまでないかそれ」

「何はともあれバッカスさんは私を害さない人なのね?」

「何度もそう言ってるだろ」


 うんざりとしながらバッカスうなずくと、パァとアンジェの顔が輝く。

 それを見たバッカスは用意していた術式を霧散させた。もう警戒しておく必要は無い気がしたのだ。


「それじゃあ私、今すぐこの町をでていく必要は」

「ないな。ふつうにこれまで通り生活して、必要に迫られるまではいればいいんじゃねーの?」


 だんだん面倒になってきて投げやりに答えると、心底安堵したような顔をする。


「とりあえず、俺や俺の身内に変な被害をださねぇっていうなら、好きにしてくれ」

「それはとてもありがたいけど……それならどうして、こんなところに呼び出したの?」

「最初に言ったろ。確認がしたかったんだよ。それに人気がない方がアンタにとっても都合がいいだろうって」

「……まぁ確かに言ってたけど」


 釈然としない――という顔をするが、本気でバッカスは確認がしたかっただけである。


「一応確認しておくが、殺戮メイドを使ってユーカリを五彩の輪に送ったりとかはしないよな?」

「何その物騒な発想ッ!?」

「状況的に考慮せざるをえなかったから確認しただけだ。アンタにその意志がないっていうのが分かればそれでいい」

「ああ……認識互換を使った方法か。人間と人間でやるのは難しいけど、片方が自動人形なら確かにできなくはないわね」


 何はともあれ、これでユーカリとネヴェスへの危害というのは、そこまで心配する必要がなくなった。

 悪霊屋敷の怪奇現象も、これでほとんど暴けたと言っていいだろう。


「手間をとらせたな。帰ろうぜ。送ってくよ」

「待ってバッカスさん」

「ん?」


 アンジェはバッカスを呼び止めると、魔力帯を展開した。


「警戒しないで。当てるつもりはないわ。

 ここまで私の正体を暴いて起きながら、何もしないでくれるあなたへのお礼。あとは、娘がお世話になっているみたいだから、親心もあるかしら」

「親として名乗る気は?」

「ないわね。本当の親ってワケでもないし」


 言いながら、展開された魔力帯に術式が刻んでいく。


「この術式は……」

「分かる? この時代では失われてしまっている古い魔力帯への術式記述法よ。言うなれば多重連結刻術式」

「……すげぇな」


 基本となる術式の組み方、祈りの刻み方は現代と同じだ。

 現代と異なる部分は、魔力帯の余白の使い方だ。


 術式と祈りを刻んでも、どうしたって余白が生まれる。

 現代はその部分はあまり重要視されていないのだが、アンジェの術式は違う。


 余白や隙間の部分に出来るだけ縮小版のような術式と祈りを詰め込んでいる。

 発想もさることながら、見た目よりも相当難易度は高いだろう。


 主となる効果を阻害しないように。

 効果範囲などの性能だけを高めるように。


 まさに大きなメイン術式に、それを強化する小さなサブ術式が連結しているかのようだ。


 アンジェはそのまま荒野の彼方へと手を掲げて、術式を起動させる。


「その道行きを熱波と衝撃で彩りながら、赤熱せきねつの刃よ、飛べ」


 発動された術式は、攻撃魔術の基礎のようなもの。

 掲げた手から熱を帯びた衝撃波を放ち、着弾地点で爆発させる――そんな術式だ。


 似たようなものならばバッカスだけでなく、ルナサもストレイもミーティも、戦闘を行う魔術士であれば、ほとんどの者が苦もなく使えるだろう。

 だが、アンジェが放ったそれは、自分たちが使うそれよりも、威力も速度も範囲も、内包する魔力の密度も、あらゆる面が上回っている。


「あなたの夢の参考になったかしら?」

「どうだろうな。だが、良いモンは見せてもらった。礼を言う」

 

 それは、掛け値なしの本心だ。


「いいのよ。千年生きてる大人でも怖いモノは怖かったわけだし」

「――それは……いや、口にした出来事は経験済み、か」


 千年生きている大人――それはもう大人ではなく年寄りでは……的な言葉が色々脳裏に過ぎったが、女性に言うものではないか……と、バッカスは口を噤んで、別の言葉を選んだ。


「ええ。それはもう口に出すのもはばかる目にあったコトもあるわね」


 表情が陰ったのは、決して日が落ちてきたからだけではないだろう。

 その横顔を見ながら、バッカスは大きく息を吐いた。


「何かあったらギルドに駆け込めよ? 指名依頼してくれるなら、まぁ助けられる範囲で助けてやるよ」

「…………ふふ。なるほど?」


 バッカスの顔を下からのぞき込むように見上げてきながら、なにやら勝手に納得している。

「何だよ?」

「いいえ。何でもないわ」


 アンジェは上機嫌に笑うと、町に向かって歩き出す。


「エスコート。してくれるのよね?」

「ああ。呼び出したのは俺だしな。日が暮れてくると物騒だ。一人で帰れとは言わんさ」

「ありがと。あなたとは是非千年前に会いたかったわ」

「どういう意味で言ってるのかは知らんが……今、この時代に出会えたからこそ、そう思えてるだけじゃないのか?」

「そっか。そういう考え方もあるか」


 日が沈みゆく途中、星と月にゆっくりと明かりが灯っていく空の下、バッカスはアンジェとともに町に戻るのだった。


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