大人だって、怖いモンは怖いんだ 2


 屋敷の玄関までやってきたバッカスたち。

 だが、当然ながら鍵は掛かっている。


 豪華な玄関の扉。

 バッカスはその扉の鍵の部分に手をかざす。


「あ、待って。バッカスさん?」

「どうしたミーティ?」

「わたしがやってもいい?」


 好奇心に輝く瞳に見上げられ、バッカスは「うっ」と小さくうめいた。


 助けを求めるようにブーディへと視線を向けると彼女は大げさに肩を竦める。


「この子にイケナイコト教えちゃったんじゃない?」


 どうやら助けてはくれないらしい。


「はぁ――マジで悪用すんなよ」

「はーい」


 イマイチ信用できない返事をし、ミーティは鍵へと手をかざした。

 展開された魔力帯が、鍵穴とその内側に絡みつくように広がっていく。


 バッカスの展開していた術式とは少々異なる――自分で使いやすいようにアレンジしたのだろう――が、発動には問題なさそうだ。


「心を開くは飴の鍵」


 ミーティが呪文を口にすると同時に、鍵穴からカチャリと何かが動く音がした。


「文句のつけようがない再現度だな。

 さっきの一回で術式を覚えて、自分用に改良したのか」

「はい!」

「何気にすごいコトしてるわね……」


 若干横で驚いているブーディ。その反応は正しい。

 正直、バッカスもわりと驚いているのだ。


「さてここから先はワガママは聞かねぇぞ。

 マジで悪霊がいるにしろ、それ以外の何かがあるにしろ……噂が本当なら何かがいるのは間違いないからな」

「…………」

「どうしたブーディ?」

「正直に話すとめっちゃビビってるの……。

 なのでまぁ、バッカス。ほぼアンタに頼り切りになるんでよろしく」

「…………」


 素直に口にしてくれるだけマシなのかもしれないが、それでも思うことがあるバッカスは憮然と口を噤んだ。


 しかし、そのまま黙り込んでいるわけにもいかないので、頭を掻いて嘆息した。


「はぁ――なんかもうすでに疲れてきたんだが、入るぞ」



     ○ ● ○ ● ○



 結局、手を貸してくれる人が見つからなかったクリスは、一人で悪霊屋敷の門の前に経っていた。


「き、気がすすまない……」


 思わず口からこぼれるが、それで何か解決するワケでもない。


「幽霊に、楔剥がしエグベウ・ラボメルが効けばいいのだけれど……」


 刀身の無い魔剣を構えると、小さく刃を作り出す。クリスはそれを門の周りで振り回した。


 何かあるわけではないのだが、気持ちの問題だ。

 これで、変なモノは斬れただろうと思いこむことで、気持ちを落ち着けるというモノである。


「はぁ……」


 気休めにはなったな――と胸中でつぶやきながら、クリスは小さく息を吐き、門を調べ――


「……開いてる?」


 次の瞬間、怯えた雰囲気が消え失せ、騎士のような気配に切り替わった。


「やはり、誰かが出入りしているのか?」


 幽霊ではなく人が出入りしている。その事実に、クリスの気は大きくなった。


 なんだかよくわからないあやふやな幽霊などは恐ろしく感じるが、相手が人間であれば、裏社会のボスだろうが自分より格上の暗殺者だろうが怖くない。だって剣と魔術で攻撃すれば傷つくのだから。


 周囲を見渡すと、足跡のようなものが目に入った。


 そこへとしゃがみ込んで、それらを注意深く観察する。


 道は乾いた石畳で足跡が付きづらいし、庭の土も草が生い茂っている割には堅く乾いているようで、非常にわかりづらいのだが――


「足跡の感じからして……バッカスくらいの男性が一人。私くらいの女性が一人。それから……ルナサちゃんくらいの女の子が二人……か?」


 ――騎士としての経験が、僅かな足跡の痕跡からそれを見抜く。


 それから、クリスは立ち上がると小さな深呼吸をして、悪霊屋敷を見る。


「誘拐や違法奴隷商の類……あるいは、貧民の家族か?」


 何であれ、少なくとも四人の人間の足跡があったのは間違いない。

 恐怖心を生来の責任感が上回ったクリスは、意を決して、悪霊屋敷の敷地へと足を踏み入れるのだった。


「ううっ、やっぱり雰囲気が怖いな……ここ……」


 周囲に誰もいないという油断のせいか、小さく本音をこぼしながら。



     ○ ● ○ ● ○



「真っ暗ですね」

「好奇心旺盛なのはいいが、あんまり離れるなよ」


 照明に明かりはなく、窓は分厚いカーテンや雨戸で防さがれていて光が入らない。

 開けた玄関から差し込む光以外はなく、ミーティが言うとおり真っ暗だ。


「…………」


 加えてもう一つ、バッカスは気になることが出てきた。

 それを口にするべきかどうかを考えたが――好奇心優先のミーティと、自分にひっついてマジでビビってるブーディの姿を見て、胸中でかぶりを振った。


(しばらく黙っとくか。必要に迫られるまでは放置だ放置)


 ミーティにはどこかで痛い目にあってもらいたいし、ブーディは普段は見られない面白い姿をもっと晒してもらいたい。


 バッカスは小さく息を吐くと、さらっと魔力帯を展開し術式を組み立てて告げる。


「小さき精霊よ、新月の道を照らせ」


 呪文を唱えると、バッカスの右手の人差し指に白い火が灯った。

 それを弾くように指を振るうと、バッカスの近くを浮遊して足下を照らす。


「バッカスさん。その術式、もう一度見せてもらっていいですか?」

「あいよ」


 ミーティの言葉にうなずいて、同じ術式を刻んだ魔力帯を展開する。

 それを見、ミーティは「よし」と控えめなガッツポーズをとった。


「硝子ランプの飴細工」


 やはりバッカスが見せた術式とは少々異なる術式だったが、発動には問題ない程度のアレンジだ。


 そして呪文ととともに、優しく光る雪の結晶のようなモノが浮かび上がる。


「どうですか?」

「満点だ」

「やった!」


 かけなしの賞賛に、ミーティは小さく喜ぶ。


 魔力帯の展開速度や、術式の組立速度はルナサには劣る。

 だが、一度見た術式を自分のモノにし、自分が使いやすいように組み直すセンスはズバ抜けている。


(だからこそ、いつかやらかしそうで怖いんだが……)


 致命傷にならない程度に何度か痛い目にあって、その辺りのバランス感覚のようなモノを覚えて欲しいものだ。


「さて灯りが確保できたから進んでいくぞ」

「はい!」

「う、うん……」


 いつも通り快活なミーティの返事と、いつもの気っ風のよさがみじんもないブーディの返事を聞きながら、バッカスは悪霊屋敷の中を歩き始めた。



     ○ ● ○ ● ○



「……玄関も開いているのか?」


 やはり誰かが使っているのだろうか。

 クリスは半開きになった玄関の扉から、中をのぞき込む。


「暗いな……」


 さすがに灯り無しで中を動き回るのは難しそうだ。


「騎士団時代にならった魔術が、こんな形で役に立つとはな」


 本来は野営などの時に使っていたモノだが、こういう時でも使うことはできる。


 クリスは術式を思い出しながら組み立てて、魔力帯に刻みながら展開していく。


「鈴蘭よ、蓄えた月明かりを分けてちょうだい」


 呪文とともにぼんやりとした光球がふわりと浮かぶ。


「……頼りない灯りだけど、がんばらないと……」


 気合いを入れようとしているのか気弱なのか分からない言葉を口にして、クリスはそろりと玄関のドアの隙間から、中へと身を踊らせる。


 中は比較的、オーソドックスな作りの屋敷のようだ。


 広めのエントランス。中央には、途中の踊り場で左右に別れる二階への階段。


 二階の構造まではここからだと分からないが――


「…………」


 ふと、二階を見上げた時にそれが目に入った。


 ハッキリと見えたわけではないが……白い、火の玉のようなモノが、ふわりと――二階の奥の方へと消えていく姿。


「あれが、神皇国で、人魂や鬼火などと言われる現象……か?」


 死した人の心や、魂などと呼ばれるモノが、人の目に見える形になったものだと聞く。


 黒の魔力によって魔獣化した人の怨念と、似て非なる存在。

 魔獣に分類される悪霊や死霊とは違う。もっと不可解で奇妙な怪奇現象。


「…………」


 クリスはそれをハッキリと目撃してしまった。


「…………」」


 冷静な騎士クリスティアーナ。

 お人好しな何でも屋クリス。


 二つの思考が同時に動く。


 怖いが追いかけるべきだ。二階へ行くべきかもしれない。

 怖いし見間違いかもしれないからまずは一階を調べよう。


 共通点は怖い。

 そして自分はすでに騎士ではない。


 ならば結論は出たようなモノである。


「……とりあえず、一階を調べて回ろうっと」


 震える声でそう独りごちると、クリスはおどおどと、一階の調査を始めるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る