お前ら、何がしたいんだ? 7


 風の魔剣騒動の翌日。

 バッカスは、ふと思いついたアイデアを形にするための図面を工房で作っていると、入り口から人が入ってくる気配を感じ、顔をあげた。


「よ」


 片手をあげて挨拶をしてくるのは、ダンディなふとっちょことシノン・ケンカオスだ。

 今日は、プライベートだからか、ちょっと裕福な平民くらいの地味な格好をしている。


「シノンか。どうした?」

「いや、ただ遊びに来ただけ」

「そうかよ」


 返事だけして、バッカスは図面に目を落とす。


「ちゃんど職人やってるんだな」

「俺はそもそも職人のつもりだよ」


 バッカスが憮然と返すと、シノンはケラケラと笑う。


「そっちのイス使っていいぞ」

「ならお言葉に甘えて」


 壁際にあったイスを示すと、シノンはそれを自分で持ってきて、机を挟みバッカスの正面に座った。


「こっちでの仕事はどうなんだ?」

「新しい試みって奴の準備中でな。芸を見せることよりもそっちの打ち合わせが主だから大変だよ」

「仕事が楽しくて仕方ねぇってツラしてるぞ」

「あ、わかる?」

「まぁな。楽しいけどしんどい――タノシンドイって感じか?」

「まさにそれだな」


 クカカカカと、シノンは本当に嬉しそうに笑うから、少なくともここ数日は非常に充実しているのだろう。


「バッカスは今、何してんの?」

「見ての通り図面を引いてる。ちょっと思いつきの新作魔導具だな」

「魔剣技師じゃねーの?」

「魔剣だけだと食っていけねぇからな。こういうのも必要になるのさ」

「楽しくて仕方ねぇってツラしてるぞ?」

「あ、わかる?」

「まぁな。魔剣が一番好きだが、魔導具を造るのも嫌いじゃないんだろ?」

「まさにそれだな」


 いつものようにシニカルな笑みを浮かべるバッカス。

 その顔を見て、シノンも楽しそうに笑う。


 そんなこんなでシノンと雑談をしながら作業を進めていると、入り口の方から人の気配を感じて二人は会話を止めた。


「あ、あのー……」


 入ってきたのは、昨日の三人組だ。

 リーダーであるウイズは松葉杖を付いているが、三人揃ってのご来店である。


 ある程度、こちらへとやってきたところでバッカスが皮肉げに笑う。


「いらっしゃいませ――と言うべきか?」

「いや、えっと……今日は依頼や買い物じゃないです……」

「だよな。何の用だ?」


 バッカスが訊ねると、三人は一斉に頭を下げた。


「申し訳ありませんでした!!」


 その勢いにシノンが面食らった顔をしているが、バッカスは目を眇める。


「頭をあげろお前ら。そして答えろ。それは何に対する謝罪だ?

 ……って、なんかこの間も似たような質問を誰かにした記憶があんな」

「バッカスってちびっ子たちに好かれやすいの?」

「……何とも答えづらい質問してくるな、お前」


 からかうようなシノンの言葉に、バッカスがうめくように返す。

 その様子をシノンは楽しそうに笑ってから、ウイズたちに視線を移した。


「横から口を挟んで悪いな。ほれ、バッカスの質問に答えてやってくれ」

「いや、えーっと」


 ウイズを含め、三人が困ったような様子を見せる。


「ん? 君たち自分が何に謝ってるのか分かってないの?」

「あ、えっと、昨日……バッカスさんには色々と迷惑かけてしまったので。

 暴走を止めてくれたのはバッカスさんだって、二人からも聞いたし」

「なるほど。その謝罪と礼は受け入れてやるよ」


 しどろもどろに答えるウイズに、バッカスがそう返すと彼らは安堵したように息を吐く。


 だが、安堵するのはまだはやい――と、バッカスは胸中で笑い、表面ではいつもより一層深めたシニカルスマイルを浮かべて見せた。


「ところで、ルナサには謝罪と礼はしたか?

 昨日の暴走に関しちゃ、事態収束貢献度の一位はルナサだしな。

 昨日のお前らに一番迷惑かけられた度の一位もルナサだ。

 お前らは彼女のところに一番最初に行くべきだったんだが、行ったか?」


 子供たちは顔を見合わせあってバツの悪そうにする。

 それから、なんとかウズイは顔を上げて答えた。


「でもその、おれとシークグリッサは敵だしライバルだし、何よりおれはあいつが嫌いで……」

「関係ねぇんだよ、そんなコトは」


 ウイズが全てを言い終える前に、バッカスは被せて告げる。


「ルナサは仕事をしていた。歳はお前らと同じかもしれないが、あの瞬間において、大人から大人同等の信頼を得ていたあいつは、大人同等の責任とともに仕事を任されていた。

 テメェらはその仕事を二度も邪魔したんだ。一度目はテメェらの都合で。二度目は暴走を止める戦力として。

 観光に来ていた金持ちの町案内と護衛の仕事を、二回も邪魔をした自覚はあるのかと聞いてるんだよ、俺は」


 低く鋭い声で告げると、横で聞いていたシノンがあちゃーと額に手を当てて天井を仰ぐ。


 バッカスの迫力に目を白黒差せている三人を見て、シノンがバッカスの言葉を補うように言った。


「いいかお前ら。

 お前らと、そのルナサ? って奴の関係性なんてのは、ルナサって奴の依頼人には無関係なんだよ。わかるか?

 昼時の食堂で料理作ってる知り合いに喧嘩売るか? 大荷物をヒーコラ言いながら運ぶ仕事をしている友達に立ち話をしようと近づくか? そういう話だ。

 お前らのせいで、そのルナサって奴は『やっぱ子供に任せたのは失敗だった』なんて評価を受け、積み上げてきた信用と信頼を失い、最悪は何でも屋としてのランクが降格する可能性もあるんだってコトだ」


 シノンの補足は正しい。

 もっとも、ルナサの活躍を考えると降格はしないだろう。

 マーナも昨日のことでルナサの評価を下げるようなことはしない。


 その辺りのことは昨日の夕方の時点で、ルナサやマーナを交えて話は終わっている。

 ルナサは無事にバッカスの直接依頼を完了し、依頼人であるマーナも満足したという結果をギルドには報告してある。


 だが、そういう話をバッカスは口にする気はなかった。


「それを踏まえた上で、ルナサに謝罪してこいって話だ。

 自分たちだけだと話しかけ辛いなら、ルナサを褒めてるっていう戦技教官や、メシューガ・ナキシーニュ教諭あたりに仲介を頼め」


 そこまで言ってもまだまごまごしている子供たち。

 そんな彼らに、バッカスは訊ねる。


「テメェらとルナサの関係とかはどうでもいいんだけどよ。

 結局――お前ら、何がしたいんだ? ルナサに対してどうすれば納得したり落としどころ見つけたりできるんだ?」


 恐らく答えられはしないのだろう。

 言動や雰囲気から、ただ何となくなのだろうから。


「まぁいい。とっとと行け。ルナサに頭下げて来い。

 俺の時間をテメェらの自己満足の為の謝罪でこれ以上潰すんじゃねぇ」


 おらッ、行けッ!――と、犬歯を剥くように告げれば、彼らは慌てて工房を飛び出していく。


 それを見送ったあとで、シノンはバッカスと似た皮肉顔を浮かべる。


「お優しいこった。感情と、義理や筋を通すコトはしっかり分けろ――だなんて、大人でも難しいってのに」

「出来るか出来ないかってよりも、そういう思考があるっていうコトを理解できるかどうかだよ」

「出来なければ?」

「将来、どっかで泥肉が増えるだけさ。

 学園での授業に戦闘訓練を選択している時点で、何でも屋なり傭兵なり騎士なりになりたいんだろうしな」

「やっぱ優しいじゃねーか。そういう仕事がしたいなら大事な心構えだもんな」


 からかうようなシノンに、バッカスはフンと鼻を鳴らすと図面作成の続きを始めるのだった。


 ・

 ・

 ・


 数日後――

 噴水広場のベンチ。


「……で、バッカス。あの三人組のガキンチョはどうなったんだ?」

「さぁな。ルナサからもメシューガからも特に何も聞いてねぇしな」


 麦茶ミルツティー片手にベンチに座っている男二人組はそんなやりとりをしていた。


「興味ないのか?」

「ねぇな。今後関わり合う可能性はゼロじゃあないが、今は別に知ろうという気にもならんし」

「まぁ、そういうモンか」


 ズズズっとお茶を啜りながら本気で興味なさそうなバッカスに、シノンも相づちを打ちながらお茶を啜った。


 そんな時だ――


「はーっはっはっはっは! 見つけたぞルナサ・シークグリッサ!!」


 ――そんな声が聞こえてきて、バッカスとシノンは声の方へと視線を向ける。


 そこには松葉杖を突きながら高笑いをあげている小僧と、取り巻き二人がいた。


「懲りてねぇのかあいつら」

「クッカッカッカ! 戦闘職より芸人の方が向いてそうな根性してんなあいつら!」


 それを見、バッカスは呆れ、シノンは爆笑している。


「今日ッ、お前が今仕事をしていないのは把握済みッ! 決闘を受けろッ、ルナサ・シークグリッサ! あ。これから仕事の予定があるなら勘弁してやろうッ!」


 野次馬も集まっているのでルナサの姿は見えないが、間違いなくあそこにいるのだろう。


 ややしたあと、強烈な閃光が瞬き――


「ぐおー!? 目がぁぁぁぁぁ!?」「うげぇぇぇ!?」

「ぎゃー!?」「うわぁぁ!?」「うおッ、眩しッ!?」


 野次馬からも悲鳴が上がっている気がするが、ともあれそれで三馬鹿トリオは沈黙したらしい。


 ややして、ルナサが野次馬たちをかき分けて、顔を出した。

 そんな彼女と目があうと、彼女はこちらにやってきた。


 ある程度までやってきたところで、バッカスが投げやりに告げる。


「付き合いいいな、お前」


 それに、ルナサも投げやり気味に肩を竦めた。


「本人たちなりに反省しているみたいだし、まぁいいかなって」

「そうかい。

 あ、閃光の魔術は悪くない選択だぞ。被害が少なくていい」

「いやあのバッカス。野次馬から悲鳴聞こえてたろ」


 横からシノンがツッコミを入れてくるが、ルナサはこともなげに口にした。


「見せ物でもないのに集まってくる方が悪いんじゃないかしら?」

「おおう。バッカスと同じ系統のお嬢さんだったか」

「どういう意味ですか?」

「どういう意味だおい」


 二人揃って半眼を向けられたシノンはケラケラと笑いながら立ち上がる。


「どうした、シノン?」

「ちょっと真面目にあいつら勧誘してくるわ」

「勧誘?」


 ルナサの疑問に、シノンは満面の笑みで答えた。


「芸人やらねぇかってさぁ! 根性だけはありそうだかんな!」


 そうして太い身体をのっしのっしと動かしながら、シノンはまだ残る野次馬をかき分けて消えていった。


「あいつら、シノンの勧誘に乗るのかね?」

「さぁ、どっちでもいいわ。わたしへの迷惑が落ち着くなら何でもいいもの」

「……それもそうか」


 申し合わせたわけでもないのに、二人は揃って嘆息すると、ほとんど同時に天を仰ぐのだった。


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