お前ら、何がしたいんだ? 6
(ひとまずは攻撃を通したけど、たぶん同じ手はもう無理かなぁ……)
ルナサが出来る出来ないというよりも、本能による反撃の風が、対応してくる気がするのだ。
(ここから先は足止めを中心に考えた方がいいかな?)
バッカスが対応策を思いついているのだから、ルナサがするべきことは時間稼ぎだ。
それを改めて、自己確認を行って、前を見る。
右手を下に垂らし、青と緑の魔力を混ぜ合わせた魔力帯を展開。
織り込む術式は風と刃。祈るべき神は風と嵐と刃。
「いくわよ」
すばやく魔術を組み上げたルナサは、虚空を撫でるようにその腕を振り上げる。
「たてがみ
腕の動きに合わせ、ルナサの身長と同じサイズの風の刃が現れると、石畳を削りながらウイズへと向かっていく。
ウイズは右手を前に出し、風の盾を作り出す。
ルナサの放った風の刃と、ウイズの構えた盾がぶつかりあう。
先のミーティの魔術同様に消滅するだろうと予測していたルナサだったが、その予想は外れる。
術式同士が何らかの干渉をしあったのか、ウイズの風の盾どころか、風の鎧すらも弾けて消えた。
一瞬の無風状態。
何が起きたのか――僅かに訝しんだルナサだったが、即座に気持ちを切り替えると、足下に転がる石畳の欠片を拾い、ウイズに向かって投げつける。
狙いはそれてウイズには当たらなかったのだが、それは間違いなくウイズの顔の横を通り過ぎていった。
次の瞬間には風の鎧は元に戻っていくが――
「ふーん……こういう方法もあるワケだ」
ニヤリと笑い、ルナサはすぐに同じ術式を組み立て、魔力帯を展開していく。
そうはさせまいとウイズがかまいたちを放つべく、ルナサに向かって剣を振り上げる。
だが――
「鋼鉄の獅子よ、風と
そのウイズの背後には、ルナサの術式を添削したような術式を魔力帯に織り込んで展開したイヤミな魔剣技師いた。
ウイズの強化された本能が背後に反応する。
直感的に跳んだろう。勢いよく真横へ跳び――
「たてがみ
――その着地点を予測したルナサが、魔術を放つ。
「ガキども! 行けッ!」
バッカスが声を上げるのと、ルナサの魔術とウイズの風がぶつかりあうのは同時だった。
風の鎧が
「部長ッ!」
「リーダー!」
さっきと同じように二人がウイズに飛びかかる。
そのままならば、さっきと同じように吹き飛ばされるのがオチだろうが――
「光よッ!」
「光よッ!」
二人の手には、バッカス製の魔剣が握られていた。
起動の為の呪文が紡がれると、刃のない魔剣から刀身が伸びる。
ウイズは二人を見る。
瞬間、突風が起きかけて止まる。
さきほどと同じように腕力で吹き飛ばせば良かったのだが、武器を構えているのを見て突風に選択肢を変えたのだろう。
しかし、まだ風の鎧が戻ってきてない為、うまく突風をおこせなかった。
風が渦巻き、だけど何も起きない。
それはまるで風が葛藤しているかのような光景だ。
そして、その葛藤は致命的な隙となり――
「部長ッ、目を覚ましてッ!」
「リーダーッ! こういう迷惑を掛けるのは違うだろッ!!」
二条の光の刃が、ウイズの握る魔剣をすり抜けていった。
ルナサは倒れたウイズへと素早く駆け寄り、倒れたままでも握っている魔剣をすぐに取り上げた。
それを同じく駆け寄ってきたバッカスに手渡して、即座に術式を組み上げる。
足に刺さったナイフを引き抜き、傷口に手をかざし――
「ダメだ」
呪文を唱えるよりも先に、バッカスが頭へと手刀を落としてきた。一瞬で集中が切れて、組み上げていた魔術が霧散する。
「な、何をするのよ!?」
「今の魔術をこの傷口にやるのはダメだ。
深く刃が刺さっていた傷は、通常の擦り傷や切り傷とは違う。
ただ血を止めて治すだけの術式を使うべきじゃあない」
「それはどういう……」
「治癒魔術は学園じゃあ教えてくれないもんな。
まぁそれはお前みたいなミスをする奴を増やさない為でもあるだけどよ」
そう言って、バッカスは術式を組み上げて傷口に手をかざす。
彼が展開する魔力帯に織り込まれた術式を見て、ルナサは口を噤んだ。
(治癒術ってこんな複雑で精緻に組み上げないとダメなの……?)
しかも、ただ術式を組み上げたり、祈りを織り込んだりしているだけではなさそうだ。
発生させる効果に指向性を持たせる為の記述があるのはわかったが、何を書いてあるのかが今のルナサには理解できなかった。
これを見てしまうと止められるのも仕方ないと納得する。
「偉大なる癒し手よ、その軟膏をここに」
それでも、バッカスの魔術は完全な治癒に至らない。
「うし。応急処置としてはこれでいいか」
「え? 傷はふさがってないけど……」
「最低限の止血と、最低限の痛み止め。
戦場ならいざしらず、町中での大怪我なら致命傷を回避できる形で治癒したあと、治療院に放り込むのが最適解だ。覚えておけ」
それから、バッカスは手近なギャラリーに声を掛けると布を貰い、傷口に巻き付けていく。
一連の応急処置作業が終わっただろうところを見計らい、ルナサは疑問を投げた。
「あんな複雑な術で応急処置なの?」
「あんなのは治癒魔術としちゃ複雑のうちにはならねぇよ。基礎の基礎だ」
「え?」
とんでもないことを言われて、ルナサは目を
「治癒魔術がどうして医術士の領分とされているかの理由だよ。
治癒魔術はただ掛けるだけだと正しく治さない。日常的な切り傷や擦り傷ならそれでも問題はないんだが、深い傷は別だ」
そこでバッカスは言葉を切る。
それから、ウイズの額や首筋に手を当て何かを確認している。
一連の動作が終わってから、バッカスは再びルナサへの説明を再会した。
「切れた神経や血管をただ塞ぐだけの治す魔術じゃあ、怪我は見た目だけ完治するが、患者は日常生活を送れなくなる可能性が高い。
異物が内部に残っていたまま傷口だけ塞げば、異物と肉体が癒着しちまうコトもあるし、異物が体内に取り残される場合もある。
どちらであれ、身体に異物が残るのであれば最悪、それが原因で死に至る。
だから術式の方向性を示す追記に、身体のどの部位をどういう形でどう治すかを明確に記述するんだ」
治癒魔術は扱いを間違えればむしろ相手の状態を悪化させてしまうらしい。
そんなことルナサは知らなかったし、誰にも教わっていなかった。
ただほかの人の治癒魔術を使っているのを見たときに術式を読みとり、自分なりに使えるよう組み直したのだけだ。
それで、日常的なケガを治癒するには十分だったからこそ、ウイズの怪我も大丈夫だろうと思っていたのだが、大間違いだったらしい。
「異物があるなら取り除く為の記述が必要だし、やむを得ず異物を残したまま治癒魔術をかけるなら癒着しないように記述をする。
切れた神経や血管をつなぎ治すにしても、正しいつながりになるように記述する必要もある。
もっとも完璧な術が完璧な結果を出すとは限らないから、限界もあるけどな」
自分の安易な魔術が、ウイズを二度と歩けなくする可能性があったのだあと思い至り、ルナサは小さく俯く。
「ともあれ――それらは人体に詳しくなければ出来ないコトだ。
だから本物の治癒魔術ってのは、医学と魔術の両方に精通した医術士にしかできない芸当なんだよ」
「バッカスも……」
「ん?」
「バッカスにも難しいの?」
顔を上げ訊ねるルナサに、バッカスは少し悩んだ顔をしてから、小さくうなずく。
「…………まぁ、そうだな。
やってやれなくはないだろうが――だが出来ればやりたくない。
難しいからってのもあるが、それ以上にな――俺には医者や医術士みたいに見ず知らずの他人の人生を背負う覚悟をもって、施術するコトはできないからよ。
だからやむを得ない場合をのぞいて、今回みたいな応急処置程度のコトですませたいってのが本音さ」
バッカスはそう答えると、ウイズを横抱きで持ち上げる。
「さて、俺はこいつを治療院へと連れていく。
お前は依頼人のところへ戻れ。いつまでも代理に任せるのは信用にもとるぞ」
「……うん」
「それと、この魔剣と一緒にミーティも連れて行け」
「わかった」
ルナサへと指示を出してからバッカスは周囲を見回し、ロックを見つける。
「ロック。お前はテテナと一緒にギルドへの報告は頼んだ。
詳細が必要なら、明日にでもうちにくるように伝えてくれ」
「おれとミーティちゃんの二人で足止めしか出来なかったのに、あっさり解決しちまいやがって」
「そういう皮肉はルナサに言ってくれ。この一件、俺はそこまで活躍してねぇよ」
突然に水を向けられ、ルナサは面食らったような顔をした。
「それもそうか。なかなか悪くない暴れ方だったぜ、ルナサちゃん」
ロックはポンとルナサの頭の上に手を乗せると、そのまま後ろ手に手を振ってテテナの元へと向かう。
「……わたし、アンタとロックさんに褒められた?」
「そう思っていいぞ。ミーティもテテナも、悪くない活躍だ」
バッカスはそう言うと、取り巻き二人に声を掛けて去っていく。
ロックに撫でられた感触と、バッカスの言葉の意味を理解に至るとうれしくなる。
だけど同時に、治癒魔術で致命的なやらかしをしかけていたことに、くやしくなる。
感情がチグハグに渦巻いてしまい戸惑っていると、ミーティ駆け寄ってきて声を掛けてきた。
「ルナサ」
「ミーティ……」
「私と一緒に戻れって言われてたでしょ。行こうよ。
どこに戻るんだか、ぜんぜん知らないんだけど」
「……うん。そうだね。とりあえずはお仕事しないと」
ふーっと息を吐き、気を取り直したルナサは、ミーティとともにムーリーの店へと戻るのだった。
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