お前ら、何がしたいんだ? 1


 マーナとシノンを連れて強行軍をしてきた日の翌日。

 なんともなしに、バッカスは職人通りを広場に向けて歩いていた。


 昨晩はバッカスも泊まっていくように誘われたのだが、貴族の家の客室で寝られる気がしなかったので、厨房の片づけを終えたあとは挨拶もそこそこに自宅へと帰宅した。


 そのまま就寝して、起きたら昼過ぎだったバッカスは、何ともなしに外に出て、今に至る。


 ギルドへの報告はクリスがするだろうし、クリスならそのうちバッカスの工房へと来るのがわかってるので探す理由もない。


 そんなワケで適当な店で昼食でもとろうかと歩いていると、街の中央にある広場をあるくルナサを見つけた。


「……なんでだ?」


 そして、そのルナサの横にいる人物を見て、バッカスは思わずうめく。


 ルナサと一緒にいるのはマーナだ。

 もうその時点で意味が分からない。


 周辺の様子を探ってみるも、護衛がいない。


(護衛を巻いてお忍びか?)


 訝しむものの、無視するワケにはいかず、バッカスはルナサの方へと向かう。


 噴水の見えるベンチで麦茶ミルツティーを飲んでいる二人の前に立った。


「あ、バッカス君」

「あ、バッカス君――じゃねぇんだよなぁ……」


 こちらを見るなりマーナが口にしたのんきな言葉に、バッカスは深々と息を吐く。


「あれ? バッカス、マーナさんと知り合いなの?」


 驚いたように見上げてくるルナサに、「よ」と軽くてをあげて挨拶をしてから、うなずく。


「俺の悪友の嫁さんなんだよ」

「そうなんだ」

「お前は何でコイツといるんだ?」

「えっと、道案内を頼まれて」

「道案内?」


 目を眇めて、バッカスはマーナを見る。


「昨日のコトで実感したの。私は、庶民の生活っていうのをあんまり知らないな、と」

「まぁそうだな」

「だから、そういう階層の生活を見てみようかなって」

「階層とか言い出している時点でだいぶ色々滲んでいるが、まぁ言いたいコトはわかった」


 小さく嘆息し、少しだけ真面目な顔をルナサに向けた。


「ルナサ」

「……なに?」


 真面目な顔のバッカスに、少しだけ怯えた様子をみせるルナサ。

 恐らくは厄介ごとの予兆を感じ取ったのだろ。それはとても正しい。だがもう逃げ出せるものではない。あと、逃がすつもりもない。


直接依頼ライブクエストだ。あとでギルドには話を付けておく」

「え? 急に?」

「別にやるコトは変わらねぇよ。

 道案内ついでに護衛をしてくれって話だ。んで、最後はコイツを俺の工房に連れて来い」

「ま、まぁ……そのくらいならいいけど……」

「よし依頼成立だな」


 うむ――と、バッカスは一つうなずいてマーナに向き直る。


「……と、いうワケだ。満足したらうちに来い。日が暮れる前にな」

「旦那様の言う通りだわ」

「あん?」

「口ではなんのかんの言いながら結構過保護だって」


 思わず顔を歪めると、横でルナサも大きくうなずく。


「それは確かにそうかもしれません!」


 このガキ――と思いはするものの、良い言葉が思いつかないので、息を吐く。


 そんな時だ――


「見つけたぞ! ルナサ・シークグリッサ!!」


 何やらルナサと同じくらいの年頃の少年三人組が現れた。


「仕事の邪魔だうせろ」


 バッカスは一瞥するなり告げる。


「べ、別にお前の仕事の邪魔をするつもりは……!」

「ルナサの仕事の邪魔だと言っている。こいつは今、こちらの女性の道案内と護衛の仕事の最中だ」


 ふつうの何でも屋同士のトラブルであれば、内容はどうあれこれで相手側が引くことが多い。

 内輪の事情はどうあれ――今回の状況を例にするならば、少年たちがルナサの邪魔をしてしまいえば、護衛対象マーナからの印象が最悪になる。


 そして護衛対象が貴族や商人であれば、そのネットワークでもって少年たちの評価が伝わり、何でも屋として干されかねないのだ。


 つまり護衛や道案内の仕事をしている何でも屋に、内輪の事情でケンカをふっかけることは非常にリスキーなのである。


 だが――それを想定できないから、未熟であり見習いなのだ。


「そ、その程度のコトでこの怨みを持ち帰るワケにはいかない!」

「お前らなぁ……」


 思わず頭を抱えるバッカス。

 軽く横を見れば、マーナが何やら大変良い笑みを浮かべている。


 頭痛が増したのを実感しつつ、バッカスはルナサに訊ねた。


「お前、こいつらに何をしたんだ?」


 しかし、ルナサはその問いに答えずに何やら難しい顔をしている。もしかしたら深刻な事情などがあるのだろうか。


「アンタたちに聞きたいんだけど」

「な、なんだ……?」


 真面目な顔で、ルナサは少年たちへと真っ直ぐに問いかけた。


「誰?」


 バッカスは思わず少年たちへと半眼を向ける。マーナはバッカスの横で笑いを堪えているようだ。


「貴様……ッ! いや、いいだろうッ! 名乗ってやるッ!!」


 ギリリと歯ぎしりするも、気を持ち直したらしい。

 中央の少年はビシっとこちらに指を差した。


 それから少年が持つには仰々しい、装飾過多な鞘に収まった剣を抜いて天に掲げる。


「部長にしてリーダーにしてボス! 革鎧のウイズ!」


 左にいたお下げの少年が名乗りを上げる。


「取り巻きにしてヤジ担当! おさげのメイシズ!」


 さらに右にいた少年も名乗りを上げた。


「取り巻きにして影も薄い! 台詞無き金髪のショーメッズ!」


 三人はそれなりに練習したであろうポーズをキレよく構えて、最後に声を唱和させた。


『我ら、魔術学校戦場いくさば部の名物トリオ! 人呼んで【戦慄の死の風】!』


 三人が名乗り終わると、何とも言えない沈黙が流れ始める。

 ギャラリーたちもどうして良いのか分からなそうだ。


 そんな中、沈黙を破ったのはマーナだった。


「ルナサちゃん」

「はい」

「学校では有名な方々なの?」

「いえ全く。聞いたコトもないです」


『戦慄の死の風』たちはルナサに怨みはあるようだが、当のルナサは歯牙にもかけてないところが、なんとも哀れである。

 

「色々ツッコミどころはあるんだがなぁ……取り巻き二人。特に金髪の方。シューメッズだったか? お前の名乗り、それでいいのか?」

「ボクも色々と思うところはあります」


 バッカスの問いに、台詞無き金髪のショーメッズは素直に答えた。


「名乗りって台詞に含まれるのか?」

「含まれないのでこうやって話しかけてくれて感謝です」

「お、おう……」


 どこか悲壮感があるが、これ以上は触れてはいけない気がする。

 バッカスは気を取り直して、リーダーへと向き直った。


 革鎧のウイズと名乗る通り、革の胸当てを付けている。だが、それ以上に気になるところがある。


「お前のその肩、なに?」

「赤いとなんかカッコいいだろ!」


 なぜか左肩だけ赤い肩パット的なものをつけているのだ。


「そのトゲトゲは?」

「タックルとかすると攻撃力ありそうだろ!」


 言わんとしているところは分かるので、バッカスはそれ以上触れるのはやめた。

 ついでに前世のアニメをいくつか思い出したが、それ以上思い出すのもやめた。


 それからおさげの少年メイシズに視線を向け――バッカスは特に何も言わずに嘆息した。


「オレへの質問はッ!?」

「特に掛けるべき言葉はねぇな。変な格好もしてないし、変な名乗りでもないし、特徴らしい特徴もねぇし」

「いつもそうだ! みんなみんなオレを地味呼ばわりしやがって!」


 血涙を流すかのように叫ぶメイシズ。

 その様子に、バッカス、ルナサ、マーナが顔を見合わせた。


「深刻に泣き叫んじまってどう声を掛けていいかわからねぇんだが」

「トリオとしては濃いけど一人一人見ると彼だけ影が薄いわよね」

「台詞無き金髪の方が存在感ちょっとあるの面白い現象だと思わない?」

「聞こえてるぞお前らぁぁぁぁぁ!!」


 くそぉ……とうめきながら、両手と膝を地面について涙を流し始めるメイシズ。


「涙を拭けメイシズ。おれの横に居てくれ。そこがお前の一番輝ける場所だろ?」

「リ~~ダ~~!!」


 メイシズの手を取って慰めるウイズ。

 その様子を見ながら、バッカスがぼやく。


「俺たちは何を見せられてるんだ?」

「暑苦しくてっすい友情?」

「ルナサちゃん、そういうの茶番って言うのよ」


 女性陣の辛辣さに苦笑しながら、バッカスは改めて三人組へと視線を向けて、問いかけた。


「それで? 結局、お前ら何なんだ?」


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