空腹をスパイスに、したくはない 9
「まぁ」
「これは、お酒が進む味ね」
そう言って、マーナは
「バッカス君はこちらに来ないの?」
「厨房で摘みながら作ってるから気にするな――だ、そうです」
「本人がそれで良いって言うなら良いのだけど……」
クリスの言葉にどことなく残念そうに口にして、もう一口エパルグを飲んだ。
その時、マーナはクリス以外の面々が料理に手をつけていないのに気づいた。
「どうぞ皆さんもお食べになって。
堅苦しく考えなくて良いのよ。この場で作法などをうるさく言うつもりはないから」
「まぁ、作ってるのがバッカスで運んでくるのがクリスちゃんなら、毒の心配もないですしね」
「その通りよシノンさん。そして出来立て熱々をはしたなく頬張れるのって幸せなのよ」
「それを貴女に口にされると何も言えませんね」
シノンはそう苦笑し、同意するようにクリスも苦笑してみせる。
「そういうワケだからみんなも食べてちょうだい。
時間が時間だから、準備も食べるも片づけも一気にやっちゃいたい――ってバッカスが言ってたし」
クリスの言葉に、それでも護衛の騎士や何でも屋たちは微妙な様子だ。
シノンはそんな彼らを促すように、軽く手を叩く。
「それじゃあ頂きますか。
護衛騎士のみんなも、おれの護衛の何でも屋のみんなも、好きに食べていいぞ。この場じゃあ、よほどの馬鹿をやらかさない限りは、見逃してもらえるみたいだしな。
何より、このお屋敷のお嬢様に、マーナ妃が一緒に食べて欲しいと言っている以上、断るのはむしろ失礼だぜ」
そこまで言われたら――と、騎士も何でも屋も、ハメをハズしすぎない程度に……と気をつけ、自分に言い聞かせながら、料理やお酒に手を着け始めた。
「あの、シノンさん」
「んー?」
黒エビを油で煮込んだアヒージョという料理に舌鼓を打っている時、シノンは若い何でも屋に声を掛けられ、そちらに視線を向ける。
「昼間の挨拶の時、連れて行ってもらえなかった理由……みんなに聞いてもあまりハッキリと教えて貰えなかったんです。
もう一度、同じコトを聞いてもいいですか?」
若い何でも屋の顔は、多少顔が赤らんでいるものの、瞳は正気のままだ。酔って絡んできているのではなく、本気で知りたがっているのだろう。
「そうだなぁ……」
アヒージョで熱を持った口の中をエパルグを流し込んで冷やしてから、シノンは答える。
「おれとバッカスは……恐らく理由や状況は違うだろうが、王族への不敬が条件付きで許されてるんだよ」
「え?」
「だからバッカスが、マーナ様にめちゃくちゃな口の効き方をしても許して貰えてるワケだ」
そんなことがあり得るのか――という顔をする若い何でも屋を横目に、シノンはダエルブをちぎって、アヒージョの油に浸して口に運ぶ。
黒エビの旨味がたっぷりしみ出した油は、ダエルブに味を添える調味料として申し分のない味だ。これだけで延々食べていられそうで、シノンの顔は綻ぶ。
「じゃあ、バッカスさんの態度って許される範囲でわざとやってるってコトですか?」
若いのの疑問に、シノンはどう答えるか少し考えて――小さくうなずいた。
「まぁそういうコトじゃねぇかと、おれは思うよ」
そんなシノンと若い何でも屋のやりとりを見ていたクリスは、何とも言えない顔をして告げた。
「バッカス君の場合、八割くらいは素じゃないかしら」
「いえ、あれは十割で素かと」
「マーナ様とクリスちゃん。混ぜっ返すのやめてもらえませんかね? ややこしくなりすぎるんで」
勘弁してくれ――と、天を仰ぐシノン。
それに助け船を出すように、マーナは笑った。
「バッカス君がが色々許されてるのはね。バッカス君曰くの、超絶迷惑クソ悪友の面倒を見ていた上に、そのご両親の悩みを解消する魔導具を提供したかららしいわよ」
「超絶迷惑クソ悪友?」
おおよそ貴族が口にしないだろう言葉で形容された人物に、聞いていた者たちは一様に首を傾げる。
それに、マーナはケラケラ笑いながら答えた。
「私の旦那様」
「…………!?」
衝撃的な情報に、聞いていた全員が固まった。
口になんか含んでいた者は思わず吹き出す勢いだ。
だとしたら、その両親とは国王夫妻のことだ。
とんでもない話に、何となく聞いている程度だった者たちも、それを聞き流しきれなかった。
「バッカス君が若い頃――それこそ王都に住んでいた頃は、旦那様のやらかしの大半をバッカス君が奔走して何とかしてたみたい」
殿下のやらかしの後始末に奔走する――その言葉だけで、聞いていた者たちはバッカスに同情を抱く。
だが、歳が近く当時の実状を知っていたシノンだけは反応が違う。
「あー……学園始まって以来の問題児コンビ……殿下の片割れってバッカスだったのか」
「あら、ご存じなの?」
「やからしの三割くらいはバッカスが引き起こしてたはずですよ。その時は殿下が後始末してました」
シノンの言葉に、今度は「あの人なにやってるの!?」という空気になる。
だが、貴族としての知見があるクリスは少々異なった。
「バッカスのやらかしの原因……ほとんどが、ほかの貴族たちからのやっかみでしょう?
大方、殿下と仲が良い上に、学年どころか学園一を狙える好成績の生意気な平民に対して、何らかの攻撃を仕掛けて返り討ちにあってただけだろうと、推測するけど……どう?」
「クリスちゃん、正解。
正直、くだらね~嫉妬だなーって、おれも思ってた」
シノンはそう告げて、グラスに残ったエパルグを一気に煽る。
当時はバッカスをバッカスと認識していなかったシノンだったが、優秀な平民を馬鹿にする学園――いや貴族たちの空気感に嫌気が差していたのは確かだ。
シノンにとっては、家出をしようと思った最初の要因かもしれない。
(そう考えると、バッカスと今日出会えたのは、不思議な縁だよな)
何とも言えない感傷に耽るようにしながら、シノンがグラスを置く。
「シノンさん、どうぞ」
「ああ、悪いね」
空になったグラスに、年嵩の何でも屋がテーブルに置いてあった新しいモノを注いでくれる。
「縁とは不思議なモノですな」
「まったくな」
さすがは年の功と言うべきか。シノンが考えていたことを何となく読みとったらしい。
「さて、少し厨房を覗いてきますね」
「悪いわね。クリスティアーナ」
「好きでやっているコトですので」
そうして部屋を出ていくクリス。
その気配がだいぶ離れたのを確認してから、マーナがみんなに聞こえるように独り言を口にする。
「好きでやっているねぇ……給仕のマネのコトかしら? それともバッカス君との逢瀬かしら?」
クスクスと楽しそうなマーナに、席についている誰もが敢えて聞こえないフリをして黙殺する。
そんな中で空気を読まない若いのが答えようとしたので、横にいたリーダーにはたかれていた。
最初こそガチガチだった空気は、そう悪くないところまで緩み。
続けて届いた食事に舌鼓をうったあとは、気持ちの良い空気のまま、夜食会はお開きとなる。
その後、シノンを含め、何でも屋たちは恐縮したままだったが、彼らも領主邸で一泊し、早朝にそれぞれ解散するのだった。
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書籍版7/14発売です٩( 'ω' )و
前日である今日の時点でもう並んでいるところもあったようです!
よろしくお願いします!
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