空腹をスパイスに、したくはない 7


 シノンが形式ばった挨拶をマーナにし、マーナも同じような形式ばった言葉を返す。


 それだけのことながら、シノンにとっては大事だ。

 なお、その場にいたクリスの顔を見て、正体に気づいたのかシノンは一瞬だけ顔をしかめたことをバッカスは見逃さなかった。指摘もしなかったが。


 シノンが挨拶を終えたあとは、バッカスが元の馬車まで送っていく。

 元の馬車まで戻ってきたところで、シノンが訊ねた。


「なぁ、あっちにいた美人の何でも屋ショルディナーってさ……クリスティアーナ嬢じゃなかったか? ノーミヤチョーク家の」

「お。良く分かったな。パッと見じゃあ、良いとこ出の何でも屋にしか見えないだろうに」

「突然騎士団から姿を消したって噂くらいは聞いてたからなー……」

「ワケあって今は何でも屋だ。そう振る舞ってる時はそう接してやってくれ。家出ってワケじゃねーが……まぁおたくだって似たようなモンだろ?」

「りょーかい。深掘りする気はないよ」


 シノンはふーっと大きく息を吐き、汗を拭った。

 もともと汗かきなのだろうが、今回は別の意味で汗をかいたのだろう。


 一息ついているシノンから視線を外し、バッカスはシノンの護衛たちへと向き直る。


「さて、お前ら。ちょいと話がある」

「今後の護衛の話だな」


 リーダーだろう男が前に出てきた。


「そんなところだ」


 それに、バッカスはうなずいた。




 バッカスとクリスを交え、護衛騎士と何でも屋が状況のすりあわせと相談を行った結果――結論が出る前に話し合いに乱入してきたマーナによって、両者合同でケミノーサの町を目指すこととなった。


 護衛対象の数は増えるが、それ以上に護衛が増えることをよしとしたようである。


 とはいえ双方ともに馬が怪我していたり、馬車がダメージを受けてたりする為、徒歩よりもやや早い程度の鈍行で進むこととなった。


 先頭はクリスが操る馬車。

 中央にはマーサの馬車。

 最後尾にシノンの馬車という並びだ。


 そんな中、御者をクリスに任せたバッカスは、馬車を降りて早歩き――どころか小走りしながら、マーナに声を掛ける。


「マーナ。向こうの連中が畏れ多いって怯えてるぞ」

「私、そんなに怖い王太子妃かしら?」

「ふつうは王太子妃ってだけで怖がるもんだよ……ってかアイツ、いつの間に太子になったんだ?」

「内々の話よ。大々的にはまだね。まぁ漏れたところで問題のない話なんだけど」

「ふーん」


 お家騒動というか後継者問題による嫌がらせ合戦ごときで、悪友が負けるとは思えない。

 バッカスにはなるべくしてなったようにしか感じない話だ。


 マーナと話をしていると、護衛騎士の一人がなにやら妙な顔をしているのに気がついた。それにはマーナも気づいていた為、その騎士に水を向けた。


「そちらの護衛の方。どうかされました?」

「恐れ入ります。少し、バッカス殿にお伺いしたいコトがありまして」

「だ、そうよ?」


 バッカスは小さくうなずくと、訊ねる。


「ふむ。なんだ?」

「ええっと……走りながらお話されるのは大変では?」

「大変は大変だが、暇だしな」

「いや、いくら暇だと言っても……」


 護衛騎士がその言葉の全てを言う前に、クリスの大音声に上書きされた。


「総員ッ、警戒ッ!!」


 バッカスも、バッカスと話をしていた騎士も即座に気持ちを切り替える。


「マーナを頼んだ」

「もちろんです」


 小走りから全力に切り替えて、バッカスはクリスの元へと向かう。


「クリス」

「バッカス、前方」


 言われるがままに視線を向けると、黒ずくめの男が三人いる。


「囮か?」

「可能性は高い」

「潰してくる。不意打ちへの対応は任せる」

「了解」


 バッカスは魔噛マゴウの鞘の鯉口を握りつつ、一気に加速。


 そんなバッカスの背中を見つつ、クリスは騎士団の止まれの合図を、マーナの馬車の御者に見えるように送る。


 クリスの合図を見た御者は、護衛の騎士たちにもその合図をして見せ、騎士の一人はシノンの護衛の何でも屋に止まるよう声を掛けていた。


 加速したバッカスは後方のことは気にせずに、黒ずくめの一人へと肉薄する。


 そして――


「ま、待ってくれッ!」


 バッカスが剣を抜くより先に黒ずくめが声をあげてきた。


「……この状況で命乞いとかナメてるのか?」

「違う。こちらは確認をしたいんだ」

「確認?」

「ゲッコード・アウマ・ウルートーという貴族を探している」

「知らねぇな。うちの馬車にはいねぇよ」


 答えつつ、バッカスは内心で首を傾げる。

 ウルートー家という貴族の家名に心当たりがないのだ。


(ヤーカザイ王国の貴族じゃねーのかもな……)


 バッカスとて全ての貴族家を把握しているワケではない。

 だが、学生時代に貴族の子供たちをやりこめる為だけに、色々と各家の名前と歴史と財政状況などを調べたことがあるのだ。


 その時調べた際には見かけたことが無い名前の為、妙に引っかかった。


「それで、お前らの目的は?」

「……暗殺だ」


 答えた黒ずくめに、バッカスは盛大に――見せつけるように盛大に嘆息してみせる。


「バカかお前ら」


 こいつらが勘違いする要素がこちらにあったのかもしれない。だが、あまりにも間抜けな発言に、さすがに頭を抱えた。


 そこへ、女性の声が一つ混ざってくる。


「バッカス君」


 その声の主を確認して、バッカスはうめく。


「……お前さんさぁ、何で前に出てきてんの?」


 俺たち護衛の意味分かってる――と暗に訊ねれば、マーナの護衛たちが視線でもっと言ってくれと訴えてくる。


「彼らの話は聞かせてもらいませした。

 シノンさんが良いというのであれば、我々の馬車の中も見せましょう。それで、探し人がいないのだと分かれば手を出して来ないのではありませんか?」

「理屈としてはまぁそうかもしれんが……」


 どうしたものかとバッカスが悩むと、黒ずくめたちが前のめりで叫ぶ。


「是非!」

「お前ら、立場わかってんのか?」


 犬歯を剥いてうめくも、マーナが許可を出そうとしている時点で、バッカスが何を言っても無駄だろう。


 頭痛を覚えながら、シノンに確認しようとした時、なぜかシノンの声がしてきた。


「バッカス。話は聞いてた。おれもそちらの方の提案を受け入れる」

「そうかよ……。

 それはそれとしてお前も護衛ぶっちして前出て来てんじゃねーよ」

「お前にクリスちゃんもいるから平気かと思ってな?」

「……そうかよ」


 もう、それ以外に言葉がない。


「馬車の中を荒らすな。必ず護衛連中をお前らの周囲に付ける」

「十分だ!」


 うなずく黒ずくめの三人。

 そのうち一人の胸ぐらをバッカスが掴んだ。


「な、なにを?」

「お前は人質だ」


 恐らくはこいつがリーダー格だ。

 そんな黒ずくめの胸ぐらを掴んだまま告げる。


「ほかの二人が妙なマネをしたら即座に首を刎ねる」

「…………」


 先のやや違和感のある盗賊ども。

 そしてこの場に現れた違和感のある暗殺者たち。


(正体は分からねぇが、まっとう裏社会の人間じゃあなさそうだしな――いやまぁまっとうな裏社会って何だよって話だが)


 本物の悪党であれば通じない可能性もある手段だが、なんちゃって悪党のこいつらには十分だろうとバッカスは当たりをつけた。


「わ、分かった。二人とも頼む」


 そうして、それぞれの馬車の護衛たちに見られながら、二人の黒ずくめはそれぞれに馬車の中を確認するのだった。




「ほら、そんな人の影なんてないでしょう?」


 馬車の中に入った黒ずくめにマーナが訊ねる。

 マーナのその手にはいつの間にか、翡翠色に輝く刀身をしたナイフが握られていた。


「そのようだな……」


 背後でナイフを抜いているマーナに気づかず、黒ずくめは背中越しにうなずく。


「満足しまして?」

「ああ。悪かったな」


 答える黒ずくめの背に向けて、マーナはその切っ先を向けた。


「では――」

「ああ。もう手を出さない。馬車も降りる」

「いえ。降ろすワケにはいきませんので」

「え?」


 次の瞬間、その刀身が無数の茨になると黒ずくめに向かって一斉に襲いかかる。


「な、なにを……!?」

「ふふ。中央の学校で護身術は嗜みましたしね。

 色々な魔導具なども身につけるなどしておりますし、自衛手段は色々ありましてよ?」


 なすすべも無く茨の群れに巻き付かれた男は目を見開く。


「それにしても、どこの馬の骨とも分からない者の分際で、何を偉そうにしているのかしらねぇ」

「あ、ぐぁ……」


 トゲの生えた堅い蔦に全身を絡め取られている男がうめき声をあげる。だが、マーナは気にせず下目遣いで見下した。


「暗殺を生業としている者が、手違いでしたすみませんで許して貰えるワケがないでしょう?」


 バッカス同様に、マーナも彼らが本物の裏社会の人間ではないと気づいていながら、敢えて告げる。


 かたりだろうがなんだろうが、暗殺者を名乗った者が、王侯貴族の馬車の中に入った時点で、もう何の言い逃れもできないのだ。


「もしかして、私たちが手を出さないと思っておりましたか?」


 ギリギリとキツく締め上げながら、マーナは笑う。


「ごめんあそばせ。最初からこうするつもりでしたの」


 直後、シノンの馬車を確認しにいっていた男の悲鳴も聞こえてくる。


「ぐあっ!?」


 その悲鳴のあとに聞こえてくるのは、シノンののんびりとした声だ。


「暗殺者を名乗ってんならそんな簡単に悲鳴あげちゃダメだって」


 マーナがそちらに視線を向ければ、シノンの周囲に鉄で出来た扇のようなものが、くるくると回転しながら浮いているのが見えた。


 仕組みは不明ながら、あれがシノンの武器なのだろう。


 黒ずくめの一人は、左腕を押さえながら尻餅をつている。

 腕からは血が流れているので、あの宙を舞う鉄の扇で切り裂かれたようだ。


「芸人とはいえあっちこっち旅するしさ、自衛手段は必要なんだよな。

 出先で芸を披露する機会が少なかったり、収入が微妙な時とかは、何でも屋のマネゴトも必要になってくるのさ。路銀ってのはなぜかすぐ尽きるからな」


 広がった鉄扇てっせんの数は四つ。

 それらがくるくると回転しながら、シノンの周囲を回っている。


「そうそう。

 それと、一応まだおれも貴族籍が残ってるらしいのよ。あちらのやんごとなき身分の女性と同じように、おれもお前らを罰するコトができるワケだな」


 そもそもからして貴族こちらの歩みを不必要に妨害しているのだ。それが簡単に許されると思っているのがおかしい。

 この黒ずくめたち、暗殺者を名乗るのくせにあまりにも警戒心がなさすぎる。


「んじゃあ、護衛の皆さん。

 コイツとソイツと、ふんじばってくださいな」


 シノンがそう宣言すると、ハッとした護衛たちが動き出す。


 その様子を遠巻きに見ていたバッカスとクリスは、お互いに顔を見合わせてから苦笑混じりに肩を竦める。

 こうなることは予想していたとはいえ、実際に目の当たりにする何とも言えない気分になる。


「何が……」


 その光景を見ていた人質にしていた男が、思わずうめいた。


「この期に及んで『何が』とか言ってんなよ」


 それを聞いていたバッカスは、人質にしていた男のこめかみを魔噛の柄元で強打し意識を刈り取ると、小さく息を吐く。



 その後、三人の黒ずくめは簀巻きにされ、猿ぐつわを咬まされ、バッカスたちの馬車へと放り込まれるのだった。



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